17 退路はなさそうです
ぞくりと悪寒が全身を駆け巡った。どうしてと呟こうとしたが声にならない。
「……アメリア、の方がいいかい?」
彼はこの世界での私の名前を呼ぶ。クロヴィスは、アメリア・テンバートンの中身が異なる人物だと気付いている。それも私が前世というものを自覚する前から。
「ク、クロヴィス様にお話ししましたっけ……」
「ううん」
「じゃあ、どうして」
もしかしてこの人も転生者? そう思いつくが、頭の中にあるアメリアの記憶がそれを否定する。それらしい素振りを見せていた思い出がないのだ。
鼓動はずっとせわしなく打ち続けている。
クロヴィスが私と同じようにゲームのプレイヤーだったとは考えられにくい。現代人がいきなり異国で王子をやれと役を任されても、こなせないだろう。
「どういう、ことなの……私、ホタルなんて名乗ってないのに」
「不思議だろう?」
ええ、ほんとうに。
私は小さく頷いた。
「……君なら信じられるだろう。俺にもあるんだ、今とは違う出来事の記憶が」
「そ、それって、クロヴィス様も転生したってことですか」
「転生? どうだろうね。魔法の中には魂に関する術はいくつもある。だけども同じ人間に生まれ直すことはあるんだろうか。……だが、今の俺は君と似た状況に置かれているのは確かだ。前回はレナードがアベルの元に着いてしまって、君は大層残念がっていた」
レナードが帝国側に行ってしまったということは、彼の記憶にあるのは帝国ルート。つまりクロヴィスはこの世界が二周目。
物語の命運を握っているのはレナードだ。だから彼は劇場に行ったあの日、レナードを連れ帰った。
「じゃあ、マーカスに捕まえさせて……」
「そうだよ。先にリリーナ達に見つけられるわけにはいかなかった。それでマーカスに先回りして捕まえてもらったんだ」
「そういうこと、だったんですね……」
外の景色は町並みが消え、木々が生い茂っていく。テンバートン家の敷地までもう少し。
隠し続けてはいられないだろう。私の正体を彼は知っている。
「……クロヴィス様、申し訳ございません。どうお話しすればいいのかわからなくて……。貴方のアメリア様を私が奪ってしまって、本当にごめんなさい」
手をギュッと握った。
「何を謝っているんだ……アメリアは君だ」
「……え」
肩をすくめた彼は、君のことしか知らないと続ける。
「で、でも」
「前世でも今世でも、俺が知るアメリアは君だよ」
彼の青い瞳に、真っ直ぐに射抜かれた。
馬車の動きが止まる。外から人が地面に降り立つ音と、すぐにマーカスが私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「クロヴィス様、到着いたしました」
彼の目線が窓の外へと向かう。
「ああ。誘導ご苦労だった、マーカス。……君の家に着いたよ。フロイスはいるかな、昨日の事情を伝えなければね」
「クロヴィス様、お父様にお話しされるんですか」
「君が勝手に屋敷の外で一夜を過ごしたことは、伝えないと」
扉が開かれ、クロヴィスが先に外へと降り立った。 馬車がつけられているのはテンバートン家の庭の入口。石畳の道の隅には、白い雪の塊が寄せ集められている。
外から冷気が入り込み、服の隙間から肌を撫でた。そっと両腕をさする。
アメリアの父、フロイス・テンバートンに前世のことを知られてしまったら家を追い出されてしまうかもしれない。良くて追放だが、最悪の未来も想定しておかねば。娘を乗っ取ったと恨まれて命を奪われてしまう可能性もある。
普段は王都から離れた国境付近にいる父だが、どうかいませんようにと祈るしか出来なかった。




