16 不穏な王子様
どくどくと心臓は早鐘を打ち、ぶわりと顔が熱を持つ。きっと彼の前の私はリンゴのように真っ赤なのだろう。
「き、昨日は私もすぐ寝てしまいましたから!」
驚きのあまり腰が浮いたが、馬車の揺れでバランスを崩しどすりと座り込む。衝撃は彼にも伝わったに違いない。恥ずかしさのあまり、彼を直視できず床を見た。
「マーカスは来なかったんだね? 起こしてくれて構わなかったのに。体は痛くないかい」
「いえ……日中のご公務の後に遠出をしたら、お疲れかと思い……」
「それでアメリア。俺、君に何か言わなかったかな」
「え? な、何かとは」
ぎくりと体をこわばらせる。クロヴィスは恐らく、昨日話したことも覚えているのだ。何かなんて、ルートの話しかない。
ここでおかしな回答をしたら、私はアメリアの偽物として捕まってしまうかもしれない……。
チラリと彼を見れば、じっと私を見据えている。続く沈黙。カラカラと馬車の動く音が、この空間を静寂を支配していた。
「そうだレナードことも……先程彼と会ってきたが君を気にかけていた。無理やり連れ出してしまってすまないと。どうやら彼も、誰か連れて行く必要があったみたいでね。側にいた君を選んでしまったそうなんだが」
レナード目線ではきっと、クエストメンバーの選択画面が出ていたことだろう。王国に来てからの彼の味方は、あの時点では私しかいないはず。
「そ、そうなのね…………ユニットがいないんじゃ仕方ないか」
「そうだね」
「あ、クロヴィス様、今のは」
私がつぶやいた言葉をクロヴィスの耳はしっかりと拾ったようだ。だけど、どうして当たり前のように聞き取れた?
「っ!」
「どうして、と思ってる?」
穏やかな表情を浮かべた彼は、隠し事なんてお見通しだとにこりと笑う。
手元が震え出した。指先が冷えていく。本物のアメリアじゃないって気付かれている。
終わった。短い転生生活だった。
「アメリア」
「ご、ごめんなさい、クロヴィス様。わざとではないんです、アメリア様のことは、私もわからなくて、本当にごめんなさい」
この世界で殺されたらどうなるのかわからないが、アメリアも共に死んでしまうのだろうか。
膝の上で拳を握り目を閉じる。馬車の中はこんなにも静かなのだ。もしかしたら、外にいるマーカスにも聞かれているのかもしれない。
彼の香りが近付いた。顔の横に熱を感じる。
「落ち着いて。怖がらなくていい……」
俺は君のことを知っているよ、ーー。
最後に紡がれた言葉はほとんど吐息に近いが、聞こえた単語にハッと目を見開いた。聞き間違えでなければ、クロヴィスが言ったのは……。
「どうして……私の名前を……」
「……君が教えてくれたんだよ」
声が震える。
クロヴィスが呼んだのは、前世の私の名前。
「ねえ、ホタル」
名乗った覚えなんてないのに。
口元が震え、私はただ彼を見つめ返すしかできなかった。




