第6話(後編2)――「証人を狙った男」
その日の夕方、軍務局へ1人の男が訪れた。
男は商人の知人だと名乗り、本人へ渡したい品があるので面会させてほしいと申し出た。
受付の兵士は、面会には担当官の許可が必要だと説明した。
「本人へ直接渡さなければならない品なのです。少しの間だけでも会わせていただけませんか」
「事情があるなら担当官へ申し出てください。許可なく中へ入れることはできません」
男は小さな包みを見せたが、兵士は受け取らなかった。
結局、男は一度建物を出ていった。
ところが、しばらくして裏手の通路へ入り込もうとしているところを、巡回中の兵に発見された。
「そこで何をしている!」
呼び止められた男は逃げ出したが、軍務局の周囲には警備兵が配置されていた。男は敷地の外へ出る前に取り押さえられ、持ち物を調べられた。
衣服の内側からは短剣が見つかった。
さらに所持品の中には、公爵家の関係者から仕事を請け負ったことを示す書状と、報酬の一部とみられる金もあった。
男は最初、商人に金を返してもらうため訪れただけだと主張した。しかし、短剣を隠し持って建物の裏手へ回った理由を説明できず、取り調べの末、セシリアから依頼を受けたことを認めた。
「公爵家の奥様から、あの商人を黙らせてほしいと頼まれたんです。仕事が終われば残りの金を払うと言われました」
軍務官が依頼の内容を確かめると、男は観念した様子で答えた。
「二度と余計なことを話せないようにしろと……。必要なら殺しても構わないと言われました」
軍務官は供述を記録させ、誰を通じて依頼を受けたのか、報酬はどこで渡されたのかを確認した。
商人が提出した帳簿に続き、セシリアが証人への加害を企てたことを示す新たな証拠まで見つかったのである。
軍務官は男を拘束し、関係書類を押収した。そして国王へ急ぎ報告するため、王宮へ使者を送った。
◇ ◇ ◇
レオンは襲撃事件の翌日、現地の駐屯地を発ち、王都へ向かっていた。
馬で先に進み、王都へ到着したあとは軍務局へ報告書を提出している。その後は、捕らえた襲撃者たちの取り調べに協力するため、王都に滞在していた。
迂回路を通った軍需物資も無事に到着し、検査を終えて王軍へ納められている。
そのため、国王から呼び出しを受けた時にも、すぐに王宮へ向かうことができた。
執務室には国王のほか、軍務官と財務調査を担当する役人が集まっていた。
レオンが礼をすると、国王は席を勧めた。
「ローデン子爵、まずは礼を言っておこう。お前の占いのおかげで軍需物資の襲撃を防ぐことができた。品物もすべて検査を終え、王軍が受け取っている」
「ありがとうございます。軍務局の方々がすぐに兵を動かしてくださったおかげです。それで、襲撃者たちの取り調べは進んだのでしょうか?」
「進んだどころではない。予想以上の証拠が出てきた」
国王は机に置かれた書類を示した。
「実行役を雇った商人が出頭し、グランツ公爵家から依頼された仕事だと認めた。セシリアが手配した支払いの記録だけでなく、アルベルトの承認書も残っていたのだ」
レオンは書類を手に取った。
商人の帳簿には、公爵家から受け取った金と実行役へ支払った金が記されている。別の書類にはアルベルトの署名があり、セシリアからの指示書も保管されていた。
「やはり、あの2人が関わっていたのですね」
「セシリアについては、襲撃の手配に関わったことを示す証拠がそろいつつある。アルベルトがどこまで指示したかは、まだ調べる必要があるがな」
国王は別の報告書を取り上げた。
「それだけではない。昨夜、出頭した商人を殺そうとした疑いのある男まで捕らえた。その男は、セシリアに依頼されたと供述している」
レオンは思わず顔を上げた。
「証人を殺そうとしたのですか。すでに帳簿が提出されているのに、そんなことをすれば疑いが深まるだけでしょう」
「アルベルトたちは、そう考えなかったらしい。自分たちに不利な証言を止めれば、何とかなると思ったのだろう」
軍務官は、押収した書状の筆跡や、使いに出された使用人の身元についても調査を進めていると説明した。
レオンは、以前のサルヴィ商会事件についても尋ねた。
「前の納入妨害についても、今回の調査で何か分かりそうでしょうか?」
財務調査を担当する役人が答えた。
「支払いの処理に共通点がございましたので、関連する帳簿を改めて確認しております。ただし、以前の納入妨害については、別に証拠を確かめる必要がございます。今回の事件と同じ人物が関わっていたとしても、すべて同じ罪として扱えるわけではございません」
「分かりました。必要なら、ローデン領で保管している納入記録も提出します」
レオンは書類を返した。
これまでアルベルトとセシリアは、レオンの商売を妨害しても、その都度ほかの人間へ責任を押しつけようとしてきた。
だが、今回は仲介商人自身が出頭し、帳簿や書状を提出している。さらに証人を殺そうとした男まで捕らえられた。
2人の行動は、かつての修一と沙也香を思い出させた。
前世では夫の不倫を知った真理子が傷つき、離婚を余儀なくされた。修一と沙也香は自分たちの都合を優先し、真理子がその後どうなるのかを真剣に考えようともしなかった。
異世界で生まれ変わってからも、2人は地位と財産を守るために他人を利用し、都合が悪くなると切り捨てようとしている。
レオンは、これまで胸の内に抱えてきた怒りを思い出した。
それでも、今ここで感情に任せて行動するつもりはなかった。
国王はレオンが前世の高瀬真理子であることを知らない。今回の事件も、王軍への襲撃を含む重大な犯罪として調査されている。その手続きを妨げる必要はなかった。
「陛下、今回の件は私の領地だけの問題ではありません。王軍の兵士や荷車の御者たちも命を狙われました。関与した者には、正式な審理を受けさせていただきたいと思います」
「もちろんだ。公爵という身分があろうと、王軍への襲撃に関わった疑いを見逃すつもりはない」
国王は軍務官へ向き直った。
「アルベルトとセシリアを王宮へ連れてこい。これ以上、自由にさせておく必要はない。正式な命令を持って身柄を確保し、本人たちから事情を聞くのだ」
「承知いたしました。必要な兵を手配し、命令書を準備いたします」
軍務官は命令を受けて退室した。
国王はレオンに、今後も調査へ協力してほしいと伝えた。
「お前には、襲撃が起きた場所や輸送隊の配置についても証言してもらうことになるだろう。必要な資料は軍務局へ提出してくれ」
「承知しました。御者たちの記録も含め、確認できるものはすべて用意いたします」
レオンは国王へ礼を述べ、執務室をあとにした。
王宮の廊下を歩きながら、レオンはアルベルトとセシリアがどのような言い訳をするのか考えていた。
これまでの2人なら、互いに責任を押しつけるか、商人が勝手に行ったことだと主張するだろう。しかし、今回はそれを裏付ける証拠がないまま言い張っても、簡単には通用しそうになかった。
レオンは、引き続き王都で軍務局からの連絡を待つことにした。




