第6話(後編1)――「公爵家の署名と暗殺計画」
出頭した商人は、担当の軍務官に自分が襲撃を手配したことを認めたうえで、持参した書類を提出した。
「私が武装した男たちを雇ったことは事実でございます。しかし、グランツ公爵家から依頼されて行った仕事です。その証拠をお持ちしました」
軍務官は書類を受け取り、支払いの記録を確かめた。
「この金は、公爵家の誰から受け取ったものだ?」
「セシリア様の手配で、公爵家の会計から支払われました。支出についてはアルベルト公爵閣下の承認も受けております」
「公爵本人も、荷車を襲う計画を知っていたのか?」
「私が呼ばれた際、閣下も同席なさっておりました。王軍へ運ばれる荷物を失わせたいとおっしゃり、具体的な手配はセシリア様から指示されました」
軍務官は供述を記録させ、商人が示した承認書を詳しく調べた。
支出が認められていたことと、アルベルト自身が襲撃を命じたことは、別々に確認する必要がある。しかし、公爵家から金が渡り、その金で実行役が雇われたことは、帳簿によって裏付けられそうだった。
「それでは、この書状についても説明してもらおう」
軍務官が取り上げたのは、セシリアから届いたばかりの手紙だった。
「昨夜、公爵家の使用人が届けたものでございます。帳簿や支払いの控えを処分し、軍務局から尋ねられた場合は、私が勝手に行ったことだと説明するよう命じられました」
軍務官は書状を読んだあと、封筒も確認した。
「届けた使用人について、身元は分かるのか?」
「はい。以前にも公爵家からの書類を持ってきた者です。名前も存じております」
「分かった。その使用人にも事情を聞く。書類はこちらで預かるが、お前自身にも詳しく話してもらわなければならん」
商人は処罰について尋ねた。
「私から出頭し、事情をすべてお話しした場合、少しでも罪を軽くしていただくことはできるのでしょうか」
「それを決めるのは審理の結果だ。協力した事実は記録するが、襲撃を手配した責任が消えるわけではない。ただし、お前の供述と提出した書類については、公平に調べる」
商人はそれ以上の交渉を諦め、軍務官の指示に従った。
王軍への襲撃を手配した当事者であるため、帰宅は認められなかった。提出した書類は担当官の立ち会いのもとで確認され、封印して保管されることになった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、国王は軍務局と財務調査を担当する役人から報告を受けた。
執務机には、商人の帳簿、公爵家の支出記録、アルベルトの署名が入った承認書、セシリアからの書状が並べられていた。
「公爵家から金が出ていたことは確かなのだな?」
「はい、陛下。商人が提出した受領記録と、公爵家から押収済みの会計記録を照合いたしました。支払った日付と金額が一致しております」
軍務官は書類の該当箇所を示した。
国王は承認書を確認し、続いてセシリアの書状を読んだ。
「アルベルトの署名まであるか。しかもセシリアは、証拠を処分するよう自分で書き送っている。商人に責任を押しつけたかったのだろうが、かえって関与を示す書類を残したわけだな」
「商人も、それを恐れて出頭したようです。以前のサルヴィ商会の件を知っており、自分も同じように切り捨てられると考えたと供述しております」
財務調査を担当する役人は、以前から調べていた公爵家の帳簿を開いた。
「もう1点、確認できたことがございます。サルヴィ商会へ支払われた金と、今回の商人へ渡された金は、どちらも臨時の事業費として処理されております。ただし、資金の出どころは異なります。前回はエレオノーラ様の財産が無断で使われ、今回は公爵家自身の資金から支出されておりました」
「同じ名目で金を動かしていたということか」
「はい。セシリア様が支払いの手配に関わっていた点も共通しております。ただし、前回の納入妨害を直接命じたかどうかについては、引き続き確認が必要でございます」
国王は書類を置いた。
エレオノーラの財産を無断で使った件では、署名の偽造を示す証拠も押収されている。そこへ今度は、王軍への輸送を武装集団に襲わせた疑いが加わった。
これ以上、公爵夫妻の地位に配慮して調査を遅らせる理由はなかった。
「アルベルトとセシリアから正式に事情を聞く。だが、その前に商人の証言を裏付けるものを確保せよ。公爵家の使用人と、捕らえた襲撃者たちの供述も照合するのだ」
「承知いたしました」
「それから、出頭した商人を厳重に守れ。セシリアが証拠を処分しようとした以上、本人に危害を加える可能性もある」
軍務官は、商人への面会を制限し、軍務局内の別室で管理していることを報告した。
「よろしい。公爵家から誰かが訪れても、許可なく面会させるな。関係者を調べ終えたら、アルベルトとセシリアの拘束命令を執行する」
国王は役人たちを下がらせ、机に残った承認書へ目を向けた。
アルベルトは公爵という身分でありながら、王軍へ納める物資を襲わせた疑いをかけられている。さらに、国王の妹であるエレオノーラの財産を、本人に知らせず使っていたことも明らかになりつつあった。
これまで公爵家に一定の配慮をしてきた国王も、今回は最後まで事実を明らかにするつもりだった。
◇ ◇ ◇
翌朝、セシリアのもとへ商人の動向を調べていた使用人が戻ってきた。
「奥様、商館の者によりますと、主人は昨日の朝、書類の入った革袋を持って軍務局へ向かったそうでございます。そのまま戻っておりません」
セシリアは椅子から立ち上がった。
「書類を持っていったのですか? 私は処分するように命じたはずでしょう!」
「はい。商館には帳簿の一部も残っておりませんでした。主人が持ち出したものと思われます」
セシリアは使用人を下がらせ、急いでアルベルトの執務室へ向かった。
事情を聞いたアルベルトは、妻が見せた報告を机へ放り出した。
「だから商人など信用できんのだ。帳簿を持って軍務局へ出頭したとなれば、こちらが金を払ったことまで知られてしまうではないか!」
「旦那様だって、あの商人を使うことに賛成なさったでしょう。私だけを責められても困りますわ」
「私は証拠を残すなと言ったのだ。お前が余計な書状を送らなければ、商人もここまで動かなかったかもしれん」
「でも、もう出頭してしまったのでしょう。今さら責め合っても仕方がありません。それより、あの男がどこまで話しているのか調べなければなりませんわ」
アルベルトは家臣を呼び、軍務局にいる知り合いを通じて商人の様子を探るよう命じた。
しかし、戻ってきた家臣の報告は芳しくなかった。
「商人は軍務局の建物内で管理されており、面会できる者も制限されております。取り調べの内容についても、詳しい情報は得られませんでした」
アルベルトは家臣を下がらせた。
セシリアは窓の外を眺めながら考えていた。
商人が帳簿を提出したのなら、金を渡したことは調べられてしまうだろう。しかし、アルベルトが具体的な襲撃計画まで知っていたかどうか、セシリア自身がどこまで指示したのかは、商人の証言に左右される部分もある。
「旦那様、あの商人がこれ以上証言できなくなれば、少なくとも私たちに不利な話が増えることはなくなるのではありませんか?」
アルベルトは妻を見た。
「まさか、あの男を殺すつもりなのか?」
「今のままでは、あの男に何を話されるか分かりませんわ。軍務局の建物へ出入りする者はいるでしょうし、近づく方法がまったくないとは思えません」
「すでに帳簿が提出されているのだぞ。本人を黙らせたところで、証拠が消えるわけではない」
「それでも、証言がなければ分からないこともあるはずですわ」
アルベルトはしばらく考えた。
妻の提案が危険なことは分かっていた。しかし、王宮の調査が進めば、自分も厳しい追及を受けることになる。証言を止めることができるのなら、その可能性にすがりたくもなった。
「勝手なことをして、また証拠を残すなよ。今度こそ公爵家への関与を知られないようにしろ」
「承知しております。慎重に手配いたしますわ」
セシリアは自室へ戻ると、以前から公爵家の用事を請け負っていた男に連絡を取らせた。
男は金さえ払えば、人に知られたくない仕事も引き受ける人物だった。
セシリアは商人の居場所を伝え、二度と証言できないようにしてほしいと命じた。必要であれば殺しても構わないと告げ、仕事が終われば報酬を支払うと約束した。
男は依頼を引き受けた。
しかし、軍務局ではすでに商人の身辺警護が強化されていた。




