第6話(中編2)――「証拠を消せという手紙」
そのころグランツ公爵邸では、アルベルトとセシリアが襲撃の結果を知らせる報告を待っていた。
2人は、レオンが占術によって襲撃を予知し、王軍と協力して実行役を捕らえたことを、まだ知らなかった。
◇ ◇ ◇
王軍の輸送隊が襲撃された翌々日の午後、グランツ公爵邸を1人の男が訪れた。
公爵家と以前から取引している商人の使いで、アルベルトへ急ぎ報告したいことがあるという。家令が取り次ぐと、アルベルトは執務室へ通すよう命じた。
「公爵閣下、申し訳ございません。先日の件で、思いがけない事態が起きました」
「荷車の襲撃に失敗したのか?」
「はい。手配した者たちは予定どおり街道へ向かいましたが、荷車を襲おうとしたところ、王軍の兵に包囲されたそうでございます。実行役の大半が捕らえられ、逃げられたのは数人だけと聞いております」
アルベルトは椅子から立ち上がった。
「王軍に包囲されただと? なぜ兵が待ち構えていたのだ。誰かが計画を漏らしたのではないか!」
「そのような話は聞いておりません。襲撃する場所や時刻も、実行役には直前まで知らせないようにしていたそうでございます」
「それで、肝心の荷物はどうなった?」
「荷車に木箱が積まれていたことは確認できたそうですが、中身までは分かりません。火をつけようとした者も捕らえられ、荷物を焼くことはできなかったようでございます」
アルベルトは机を拳で叩いた。
今度の襲撃には相応の金を使っている。サルヴィ商会を使った納入妨害が失敗したため、今回は武装した男たちを雇い、街道で荷車を襲わせた。
それでもレオンは、襲撃を待ち構えていたらしい。
「捕らえられた男たちは、依頼主を知っているのか?」
「いいえ。主人が直接雇っておりますので、公爵家からのご依頼であることは知らせておりません」
「ならば、お前の主人にも余計なことを話すなと伝えろ。王軍に何を尋ねられても、公爵家の名前を出してはならん」
使いの男は了承したが、アルベルトにはそれだけで安心できなかった。
実行役が仲介商人の名前を話せば、軍務局は当然その商人を調べるだろう。公爵家から支払った金の記録でも見つかれば、今回の事件への関与を疑われることになる。
男を帰したあと、アルベルトは執務机に広げた書類を片付けた。仕事を続ける気にはなれなかった。
そこへセシリアが入ってきた。
「旦那様、今度も失敗したそうですわね。先ほど家令から聞きました。まさか王軍の兵に待ち伏せされるとは思いませんでしたわ」
「あの若造が、どうやって襲撃を知ったのか分からん。実行役はほとんど捕まったそうだ」
「それでしたら、仲介した商人のことも調べられるのではありませんか? 私たちからお金を受け取った記録が残っていたら大変ですわ」
アルベルトは妻の指摘を聞き、顔をしかめた。
今回の費用は公爵家自身の資金から支出している。帳簿上は臨時の取引費用として処理したが、商人の側にも受領記録があれば、金の動きを照合される可能性があった。
「商人には口を閉ざすよう伝えてある。だが、帳簿までは考えていなかった」
「それなら、今すぐ処分させましょう。支払いの控えも、こちらから送った書類も残しておくべきではありませんわ」
「分かった。お前から伝えておけ。ただし、公爵家の者が何度も商館へ出入りすれば目立つ。書状を届けたら、それ以上は関わらせるな」
セシリアは自室へ戻り、商人宛ての書状を書いた。
今回の取引に関する帳簿と支払いの控えを処分すること。軍務局から尋ねられた場合は、通常の商取引で受け取った金だと説明すること。武装した男たちを雇ったのは商人自身の判断であり、公爵家は関与していないと答えること。
さらに、指示に従わなければ公爵家との取引を打ち切ると書き添えた。
セシリアは書状を封じ、信頼する使用人に届けさせた。
商人も長年の取引を失いたくはないだろう。そう考えていた彼女は、この書状が自分たちを追い詰める証拠になるとは思っていなかった。
◇ ◇ ◇
王都の軍務局でも、襲撃者たちの供述をもとに仲介商人の身元を調べていた。
王都に近い駐屯地からは、襲撃当日の夜に詳しい報告が発送され、翌日には軍務局へ届いていた。捕らえた男たちは、王都で商売を営む人物から金を受け取り、決められた荷車を襲うよう命じられたと供述している。
軍務局の調査によって、商人は軍馬の飼料や運送用の資材を扱い、グランツ公爵家とも長年取引していることが分かった。
襲撃の数日前にはまとまった金を受け取り、その後、複数の男に報酬を支払っていたという証言も得られている。
軍務官は担当の役人から報告を受け、商人の店と倉庫を調べる準備を進めさせた。
「実行役を雇ったことは、捕らえた男たちの証言から確認できている。あとは、商人が誰の依頼で動いたのかだ。本人に事情を聞く前に、取引の記録を確保したい」
「承知いたしました。ただ、相手もすでに襲撃の失敗を知っているはずです。証拠を隠す可能性がございます」
「だから急ぐのだ。王都の城門にも連絡し、逃亡を防ぐよう手配しておけ」
役人たちは商館の出入りを調べ始めた。
ところが翌朝、軍務局へ意外な知らせが届いた。
調査対象の商人が、自分から出頭を申し出てきたのである。
◇ ◇ ◇
商人が出頭を決意したのは、セシリアからの書状を受け取った夜だった。
商館の執務室では、机の上に帳簿と数通の書状が広げられていた。商人はその中からセシリアの手紙を取り上げ、何度も読み返していた。
武装した男たちを雇ったのは自分だ。それは否定できない。しかし、仕事を持ちかけたのは公爵家であり、資金も公爵家から受け取っている。
襲撃を成功させれば、追加の報酬を払うという約束まであった。
それなのに、失敗した途端、すべて自分の判断で行ったことにしろという。
「勝手なことを……。こちらに罪を押しつけて、自分たちだけ逃れるつもりか」
商人は以前のサルヴィ商会事件を思い出した。
あの事件でも公爵家の関与が疑われたが、不正が発覚すると、公爵家は商会が行ったことだと主張していた。今回も同じように切り捨てられるのなら、自分だけが重い処罰を受けることになる。
幸い、商人は公爵家との取引記録を別に保管していた。
長年商売を続けるうちに、貴族との取引では口約束だけを信用しない方がよいと学んでいたからである。特に今回の仕事は危険が大きかったため、受け取った金の額や日付、指示された内容を控え、公爵家から届いた書類も残してあった。
商人は帳簿を開き、今回の支払いを確かめた。
公爵家から受け取った金は、武装集団を雇う費用として記録されている。セシリアの指示を示す書状に加え、アルベルトの署名が入った支出承認書もあった。
さらに、今夜届いた証拠処分の命令まである。
これらを提出すれば、自分も罪を免れないだろう。しかし、何もせず捕らえられれば、公爵家の命令に従って襲撃を手配した事情さえ聞いてもらえない恐れがあった。
商人は翌朝まで考え、帳簿の控えと書状を革袋へ収めた。そして店の者に行き先を告げ、軍務局へ向かった。




