第6話(中編1)――「囮の荷車と王軍の包囲」
翌朝、街道沿いの林には冷たい霧が残っていた。
背の高い木々の間には落ち葉が積もり、地面は夜露で湿っている。林の中から街道の様子を確かめることはできるが、道の上から木々の奥を見通すのは難しかった。
レオンは王軍の指揮官とともに、街道から少し離れた場所で待機していた。
兵の配置はすでに終わっている。
林の外側には兵を伏せさせ、襲撃者が逃げ出した場合に備えて後方の道にも兵を置いてあった。囮の荷車を進ませる御者役には、合図を確認したらすぐに退避するよう伝えている。
レオンは出発前にも占術を使い、今回の配置で新しい危険が起きないか確かめようとしたが、はっきりした光景は見えなかった。
占術は万能ではない。具体的な未来を知ろうとしても、必ず見えるわけではなかった。
それでも、最初に見えた襲撃場所と時間は分かっている。
レオンは王軍の指揮官へ合図し、予定どおり作戦を進めることにした。
しばらくすると、街道の向こうから荷車が近づいてきた。
御者役の男たちは、普段の輸送隊と同じように馬を進ませている。荷台には木箱が積まれ、遠くから見ただけでは中身が軍需物資ではないことは分からなかった。
荷車が林の近くまで進んだところで、突然、前方の道へ数人の男が現れた。
男たちは剣や槍を持ち、荷車の進路を塞ぐように立っている。
御者役が馬を止めた。
ほぼ同時に、林の中からさらに武装した男たちが現れた。
レオンが占術で見た光景と同じだった。
ただし、今回は荷車のそばに護衛兵を並べていない。御者役の男たちは決めていた合図を出すと、馬を止めたまま荷車から離れ、あらかじめ確認していた方向へ退避した。
襲撃者たちは、その動きを見て戸惑ったらしい。
本来なら荷車を守るはずの男たちが、戦おうともせず逃げ出したからである。
しかし、襲撃者にとっては好都合でもあった。
男たちは荷車へ近づき、積み荷を壊そうとした。
その時、林の外側から王軍の兵が現れた。
「王軍だ! 武器を捨てろ! お前たちは包囲されている!」
指揮官の声が響き、兵たちが一斉に前進した。
襲撃者たちは慌てて周囲を見回した。
街道の前方には王軍の兵が並び、後方にも別の部隊が現れている。さらに林の両側から兵が近づき、逃げ道を塞いでいた。
「罠だ! 逃げろ!」
襲撃者の1人が叫び、林へ向かって走り出した。しかし、その方向にも兵が配置されていたため、思うようには逃げられなかった。
別の男は弓を構え、王軍へ矢を放った。
矢は兵たちの手前に突き刺さったが、それをきっかけに双方の戦闘が始まった。
王軍の兵は盾を前に出し、襲撃者を街道の中央へ追い込んでいく。抵抗する男たちには剣や槍で応戦し、武器を捨てた者はその場で取り押さえた。
レオンも剣を抜き、王軍の指揮官とともに戦況を確認していた。
襲撃者のうち数人が荷車の陰に隠れ、抵抗を続けている。その1人が火のついた布を取り出し、荷台へ投げ込もうとした。
「あの男を止めろ! 荷車に火をつけようとしている!」
レオンは近くの兵へ指示すると、自分も男へ向かって走った。
【俊敏Ⅱ】の能力で距離を詰め、男が布を投げるより先に剣で腕を打った。
男は悲鳴を上げ、火のついた布を地面へ落とした。
レオンは男の武器を奪い、駆け寄った兵に拘束させた。落ちた布の火も、近くの兵がすぐに消した。
その間にも、王軍の包囲は狭まっていた。
数人は林の奥へ逃げ込もうとしたが、先回りしていた兵に捕らえられた。最後まで剣を振るって抵抗した男たちも、数の差を覆すことはできず、次第に追い詰められていった。
戦闘は長く続かなかった。
王軍は襲撃者の大半を捕らえ、一部の男たちは散り散りになって逃げていった。
レオンは戦闘が終わると、負傷した兵と襲撃者の手当てを命じた。
囮の御者役は全員無事だった。王軍側にも負傷者は出たが、命を失った者はいない。実際の軍需物資も、すでに別の道を進んでいる。
レオンは作戦が成功したことを確かめ、王軍の指揮官へ礼を述べた。
「ご協力いただき、ありがとうございました。おかげで荷物を守ることができましたし、襲撃者も捕らえられました」
「こちらこそ、子爵殿の占術がなければ、まともに待ち伏せを受けていたところです。これだけの人数に襲われたら、通常の護衛兵だけでは防ぎきれなかったでしょう」
指揮官は捕らえた男たちへ目を向けた。
「しかし、問題は誰がこの連中を雇ったかですな。普通の盗賊なら、せっかく奪った荷物を焼き払おうとはしないでしょう」
「私もそう考えています。まずは事情を聞きましょう。雇い主が分かれば、次の襲撃を防ぐことにもつながります」
レオンは、捕らえた男たちを王軍駐屯地へ連行するよう依頼した。
◇ ◇ ◇
その日の午後、王軍駐屯地では、捕らえた襲撃者たちへの取り調べが始まった。
最初に尋問された男は、商人の荷物を奪おうとしただけだと言い張っていた。
しかし、ほかの男たちの供述と食い違いがあり、特に荷車へ火をつけようとしていた理由を説明できなかった。
軍務官が追及を続けるうちに、仲間の1人が口を開いた。
「俺たちは金をもらって仕事を引き受けただけだ。決められた日に荷車を襲って、積み荷を燃やせば報酬を払うと言われたんだよ」
詳しく尋ねると、男たちは王都の商人から雇われていたことを認めた。
指定された街道で荷車を襲い、積み荷を焼き払う。報酬の一部はすでに受け取っており、仕事を終えれば残りの金が支払われる約束だったという。
「その商人は、誰の依頼でお前たちを雇ったのだ?」
「そんなことは知らねえ。俺たちは商人から金を受け取っただけだ。荷車の持ち主が誰かなんて、詳しく聞かされちゃいない」
軍務官は商人の名前や容姿、金を受け取った場所について尋ねた。
複数の襲撃者が同じ人物の名前を挙げ、報酬を受け取った時期についても、おおむね話が一致した。
これで今回の事件が偶然の盗賊被害ではなく、特定の輸送隊を狙った計画的な襲撃だったことが明らかになった。
レオンは取り調べの結果を聞き、以前のサルヴィ商会事件を思い出した。
どちらも王軍への納入を妨害しようとしている。アルベルトとセシリアが関わっている可能性は十分に考えられた。
しかし、現時点では実行役が王都の商人から雇われたことしか分かっていない。背後にいる人物を断定するには、証拠が足りなかった。
「商人の名前が分かったのなら、まずはその人物を調べる必要がありますね。金を受け取った記録や、依頼された時の書類が残っているかもしれません」
「そのとおりです。今夜のうちに王都の軍務局へ報告を出します。ここからなら早馬で翌日には着きますので、すぐに調査を始められるでしょう」
王軍の指揮官は、捕らえた男たちの供述を記録させ、王都へ送る報告書をまとめ始めた。
レオンも、占術で襲撃を予知した経緯と王軍との作戦内容を記録に残した。
実際の軍需物資を積んだ輸送隊については、迂回路を進んでいることが確認できていた。到着予定は当初より少し遅れるものの、納入期限には十分間に合う見込みだった。
レオンは、翌日から王都へ向かうことにした。
正式な取り調べが始まれば、襲撃を予知した本人として事情を聞かれる可能性もある。それに、軍需物資が無事に納入されるところまで確かめておきたかった。
その日の夕方、レオンの視界に見慣れた文字が現れた。
《占術による危険の予測が成功しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《次の能力【変身】獲得まで、あと3回》
レオンは表示を見て、嬉しくなった。
これで、あと3回だ。
迷宮の地下10階で再会した老人は、身体適応が進めば、前世の高瀬真理子の姿を取り戻せる可能性があると話していた。
異世界でアルベルトとセシリアへの決着をつけたあと、元の世界へ戻る。そのために必要な能力へ、また1つ近づいたのである。
だが、今は今回の襲撃を命じた人物を突き止めることが先だった。
レオンは軍務官へ今後の調査への協力を約束し、翌朝の出発に備えた。
王都では、軍務局が仲介商人の調査に乗り出そうとしていた。




