第6話(前編1)――「公爵の襲撃計画」
秋が深まるにつれ、ローデン領では冬に備える仕事が増えていた。
鉱山や工房では相変わらず多くの職人が働き、王都へ向かう荷車も頻繁に出発している。領内の人口が増えたことで食料や薪の需要も大きくなり、商人たちは冬が来る前に必要な品物を運び込もうと忙しく動き回っていた。
ローデン子爵家の屋敷では、エレオノーラが領内の住宅建設について管理官と相談していた。
卓の上には工房周辺の地図が広げられ、建築予定の住宅や井戸の候補地が記されている。エレオノーラは管理官から職人たちの暮らしについて説明を受けながら、必要な施設を確かめていた。
「工房で働く方たちの住まいを増やすなら、こちらの土地がよさそうね。仕事場まで歩いて通えますし、近くに井戸を設ければ、家族の方たちも暮らしやすくなると思うわ」
管理官は用意していた資料を確かめ、建築に必要な木材や石材について報告した。
「木材は領内で調達できますが、石材が少し不足しております。採石場からの運搬を増やすよう手配しておりますので、予定どおり進められる見込みでございます」
「それなら安心ね。ただ、家を建てるだけでなく、冬の間に困らないよう薪を保管する場所も考えておきたいわ。小さなお子さんのいる家庭も増えているのでしょう?」
「はい。最近は職人が家族を呼び寄せることも多くなりました。来年には、さらに人数が増えると思われます」
エレオノーラは管理官の説明を聞き、住宅を建てる予定地の近くに薪置き場を設けるよう提案した。
公爵家で暮らしていたころも、自分の所領では住宅や井戸の整備に関わってきた。その経験をローデン領でも生かせることが、彼女には嬉しかった。
そこへ、王軍への納入予定を確認していたレオンが入ってきた。
「ずいぶん計画が進んでいますね。もう住宅を建てる場所まで決まったんですか?」
「ええ。工房にも近いし、家族で暮らすには便利な場所だと思うの。ただ、井戸を掘る場所については、もう少し調べてもらう必要がありそうね」
「それなら、私が占ってみてもいいですよ。水が出る場所なら、以前にも調べたことがありますから」
「それは助かるわ。でも、あなたもお仕事が忙しいのでしょう? 王軍への納入も、また始まると聞いているわ」
「ええ。今度は鉄製品だけでなく、保存肉や薬も運ぶ予定です。品物の種類が増えたので、検査や輸送の手配にも気を遣わなければなりません」
レオンは管理官から出荷予定表を受け取り、今度の輸送について説明した。
鉄製品は種類ごとに箱へ収め、保存肉と薬についても、それぞれに適した梱包を施すことになっている。以前のサルヴィ商会による不正事件以降、荷札と数量だけでなく、出荷を担当した職人や御者の名前、途中で利用した宿駅も記録に残していた。
王軍へ納める品物については、到着後の検査結果も確認する方針だった。
「今回も、領地の御者さんたちが運ぶのね?」
「そうです。以前のように、事情の分からない商会へ預けてしまうのは避けたいですからね。費用は多少かかりますが、自分たちで管理した方が安心です」
「その方がよいと思うわ。王軍との取引は、これからも長く続けていきたいのでしょう?」
「もちろんです。鉱山の収入はありがたいですが、それだけに頼るつもりはありません。工房の品物を継続して買ってもらえれば、職人たちの仕事も安定しますから」
エレオノーラはレオンの考えに賛成した。
鉱山の利益を領地の整備へ回し、工房や住宅を増やす。働く人が増えれば商店も潤い、領内の暮らしが豊かになる。レオンが進めている領地経営は、彼女にも理解しやすいものだった。
「それなら、私も安心して住宅の計画を進められるわね。あなたが働く場所を増やしてくださるのなら、私は皆さんが暮らしやすい領地を作るお手伝いをしたいの」
「ぜひお願いします。あなたが来てくれて、本当に助かっています。これからは領地のことも、2人で相談して決めていきたいですね」
エレオノーラは嬉しそうに笑った。
正式な婚姻は公爵家の事件が片付いてからになるが、今は同じ屋敷で暮らし、将来のことを一緒に考えられる。レオンにとっても、彼女が領地の仕事へ積極的に関わってくれることは心強かった。
ただ、王都ではまだアルベルトとセシリアへの調査が続いている。
エレオノーラの財産を無断で使用した件については、支払いの記録や偽造された承認書が見つかっていた。しかし、サルヴィ商会による納入妨害については、公爵夫妻が直接指示したことを示す証拠が十分にそろっていない。
レオンは、アルベルトがこのまま何もせずに引き下がるとは思っていなかった。
◇ ◇ ◇
そのころ王都のグランツ公爵邸では、アルベルトが家令から財産に関する報告を受けていた。
エレオノーラとの離縁が成立したことで、公爵家がこれまで利用していた彼女の持参金や所領収入は、すでに使えなくなっている。本人の承認を得ずに支出された金については返還を求められ、国王が派遣した役人による調査も続いていた。
「まったく、いつまで調べるつもりなのだ。必要な金は返すと言っているではないか。それなのに、毎日のように帳簿を見せろと要求してくる」
「陛下からのご命令でございますので、調査を拒むわけにはまいりません。それに、返還する金額を確定させるためにも、支出の記録を調べる必要がございます」
「そんなことは分かっておる。だが、公爵家の事業にまで役人が口を出すのは我慢ならん」
アルベルトは帳簿を閉じた。
国王からは王都を離れることも禁じられている。領地へ戻りたいと申し出ても認められず、取引先の商人たちも、以前ほど気軽に金を貸さなくなっていた。
王妹との離縁と財産調査によって、公爵家の信用が低下しているのは明らかだった。
「ところで、ローデン子爵の方はどうなっている。相変わらず王軍との取引を続けているのか?」
「はい。鉄製品に加えて保存肉や薬の納入も増えております。次の輸送も近日中に行われる予定でございます」
「また取引を増やしたのか。まったく、陛下もよほどあの若造を気に入っておられるようだな」
家令が退室すると、アルベルトは机の引き出しから街道の地図を取り出した。
王都とローデン領を結ぶ道には、山沿いを通る区間がいくつかある。そのうちの1つは両側に林が続き、荷車がすれ違うにも場所を選ぶほど道幅が狭かった。
以前から商人が利用している街道であり、ローデン領から王軍へ運ばれる品物も通っているはずだった。
アルベルトが地図を広げていると、セシリアが入ってきた。
「旦那様、またローデン子爵のことをお調べになっているのですか?」
「ああ。あの男は相変わらず王軍へ大量の品物を納めているらしい。エレオノーラまで迎え入れ、ますます得意になっているのだろう」
セシリアは夫の隣へ来て、地図を眺めた。
「以前の商会の件では失敗してしまいましたでしょう。今度も同じような方法では難しいのではありませんか?」
「だから別の方法を考えている。商会の倉庫で品物を取り替えようとしたから、あの男に見破られた。だが、街道で荷車を襲われたらどうなる?」
「盗賊を使うおつもりですか?」
「盗賊である必要はない。金を払えば危険な仕事を引き受ける男たちはいる。そいつらに荷車を襲わせ、積み荷を焼き払わせればよいのだ」
アルベルトは地図の一角を指した。
「この辺りは林が深く、荷車の進む道も狭い。武装した連中を隠しておけば、護衛がいても簡単には逃げられまい」
セシリアは、しばらく考えてから尋ねた。
「でも、盗賊に襲われたのでしたら、ローデン子爵の責任にはならないのではありませんか?」
「護衛が不十分だったとか、危険な道を選んだとか、責任を追及する理由はいくらでもある。何より、王軍が必要としている品物を届けられなくなれば、あの男の信用にも傷が付くはずだ」
アルベルトは、王軍との取引を失敗させればレオンの立場が悪くなると考えていた。
セシリアも次第に夫の計画へ賛成するようになったが、サルヴィ商会の事件で疑われていることが気にかかっていた。
「それなら、公爵家が関わったと分からないようにしなければなりませんわ。また私たちの名前が出てしまったら、陛下の調査も厳しくなってしまいます」
「分かっておる。今回は仲介の商人を使う。実際に襲う連中には、誰が金を出したのか知らせる必要もない」
アルベルトは以前から公爵家と取引している商人を呼び、武装した男たちを雇うよう指示することにした。
実行役には、指定した日に指定した荷車を襲い、積み荷を焼くよう命じる。品物を奪うことより、王軍への納入を妨害することが目的だった。
セシリアが費用の支払いを引き受けた。
ただし、エレオノーラの財産を無断で使用した件は、まだ調査が続いている。そこで今回は公爵家自身の資金から支出し、帳簿には商人への臨時の取引費用として記録させることになった。
「準備が整えば、あとは知らせを待つだけですわね」
「ああ。今度こそ、あの若造に痛い目を見せてやる」
アルベルトは地図を畳み、机の引き出しへ戻した。
王軍へ納める物資を武装集団に襲わせれば、どれほど重大な犯罪になるのか。2人はその危険を承知しながらも、レオンへの憎しみを優先した。




