第5話(後編2)――「公爵の次の企て」
翌朝、レオンはエレオノーラを連れて領地を案内した。
まず鉱山へ向かうと、職人たちが採掘した鉱石を運び出しているところだった。レオンの姿を見つけた者たちは作業の手を止め、次々に挨拶してきた。
「子爵様、お帰りなさいませ。採掘は順調でございます。先日も新しい鉱脈が見つかりまして、皆で喜んでいたところです」
レオンは仕事の進み具合を確かめ、怪我をしないよう注意を促した。
そのやり取りを見ていたエレオノーラは、職人たちがレオンを信頼していることに感心していた。
「皆さん、あなたと話す時に、とても楽しそうなのね。領主が自分たちの仕事を理解してくれているから、安心して働けるのでしょう」
「そうだと嬉しいですね。私も、働く人たちが困らないようにしたいと思っています。鉱山で事故が起きれば、家族も大変ですから」
次に訪れた工房では、王軍へ納める鉄製品が作られていた。
エレオノーラは職人たちの仕事を見学し、働いていて困ることはないか尋ねた。
すると、ある職人が、最近は遠くから働きに来る者が増え、家族を呼び寄せたくても住む家が足りないと説明した。
エレオノーラは、その話を聞いてレオンへ提案した。
「それなら、新しく家を建てる場所を考えた方がいいわね。仕事場からあまり遠くないところがよいでしょうし、井戸も必要になるわ。家族が増えれば、子供たちが勉強する場所も欲しいわね」
レオンは感心した。
「なるほど。私は家を増やすことばかり考えていましたが、確かに水のことも大切ですね。子供たちのことまで、まだ十分に考えていませんでした」
「領地が豊かになるのは素晴らしいことだけれど、働く人たちの暮らしも一緒に良くしていかなければならないわ。私が少しずつ計画を考えてみるから、あなたも相談に乗ってちょうだい」
「もちろんです。工房の責任者とも話をして、必要な人数や場所を調べてもらいましょう。それから、家を建てる仕事も増えそうですから、今度は大工たちにも頑張ってもらわなければなりませんね」
2人が楽しそうに話しているのを見て、職人たちも嬉しそうだった。
エレオノーラは、ただ領主の恋人として屋敷で暮らすのではなく、自分も領地のために働こうとしている。その姿勢は、レオンにとっても心強かった。
工房を出たあとも、2人はこれからの計画について話し続けた。
エレオノーラは、自分の意見をレオンが真剣に聞いてくれることを喜んでいた。公爵夫人だったころには、自分の考えを夫へ伝えても取り合ってもらえないことが多かったからである。
しかし、レオンは違う。
よいと思ったことは素直に取り入れ、分からないことは一緒に考えてくれる。
エレオノーラは、この領地へ来てよかったと思った。
◇ ◇ ◇
一方、王都のグランツ公爵邸では、アルベルトが怒りを抑えきれずにいた。
エレオノーラがレオンとともにローデン領へ向かったという知らせを受けたのである。
「何だと! エレオノーラが、あの若造の屋敷へ行ったというのか!」
報告に来た家令は、王宮から護衛と侍女も同行していること、エレオノーラが当面はローデン領で暮らす予定であることを説明した。
アルベルトは机を叩いた。
「離縁したばかりだというのに、もう別の男の屋敷へ行くとは! 何を考えているのだ!」
家令は何も答えなかった。
エレオノーラは、すでにアルベルトの妻ではない。どこで暮らそうと本人の自由であり、公爵が口を出せることではなかった。
しかし、アルベルトは納得できなかった。
そこへ、セシリアが入ってきた。
「旦那様、またエレオノーラ様のことでございますか。もう離縁なさったのですから、いつまでも気になさっても仕方がないのではありませんか? これからは私がおそばにおりますわ」
アルベルトは不機嫌そうに顔を上げた。
「お前には分からんのか! エレオノーラがローデン子爵の屋敷へ入れば、あの男はますます王家に近い立場になるのだぞ。すでに国王陛下から信用されているうえに、王妹まで手に入れるとは……。あの若造ばかりが得をしているではないか!」
セシリアも、その言葉を聞いて腹を立てた。
アルベルトは相変わらずエレオノーラのことばかり気にしている。しかも、レオンが国王から評価され、豊かな領地を持っていることが、よほど気に入らないらしい。
「旦那様は、いつもあのローデン子爵のことばかりおっしゃいますのね。そんなに気に入らないのなら、何とかしておやりになればよろしいではありませんか。いつまでも悔しがっているだけでは、何も変わりませんわ」
アルベルトは、しばらく黙っていた。
国王から王都を離れないよう命じられ、公爵家の金の使い道についても調査が続いている。セシリアが偽の署名を作らせたことも明らかになっており、これ以上問題を起こせば、今度こそ厳しい処分を受けるかもしれなかった。
しかし、レオンへの憎しみは消えなかった。
アルベルトは机の上に置かれた書類へ目を向けた。
そこには、ローデン領から王軍へ納められる鉄製品の数量と輸送予定が記されていた。
以前、サルヴィ商会を使って王軍への納入を妨害しようとした計画は失敗した。だが、ローデン領から王軍への輸送は今も続いている。
レオンが王軍から高く評価されているのは、必要な物資を約束どおりに納めているからでもあった。
それなら、その輸送が失敗すればどうなるか。
アルベルトは、書類を手に取って考え始めた。
「……まだ、方法はあるかもしれんな」
セシリアが夫の顔を見た。
「何か思い付かれたのですか?」
「ローデン領から王軍へ運ばれる荷は、今も同じ街道を通っている。あの若造が王軍から信用されているのは、納入をきちんと果たしているからだ。もし、その荷が届かなくなれば、陛下の評価も変わるかもしれん」
セシリアは、夫が何を考え始めたのか理解した。
「それなら、今度こそ失敗しないようにしなければなりませんわね。サルヴィ商会の時のようなことになったら、また私たちが疑われてしまいますもの」
「分かっておる。今度は、あの男が言い逃れできぬような失敗をさせてやる」
アルベルトは、王軍への輸送路を記した地図を広げた。
自分の財産を勝手に使われたエレオノーラが怒り、国王に訴えた。レオンは占術でそれを助けただけである。
それなのに、アルベルトは自分が悪かったとは考えなかった。エレオノーラを失ったのも、王家との結び付きが弱まったのも、すべてレオンのせいだと思い込んでいた。
「レオンめ。今度こそ、王軍への納入に失敗させてやる。そうなれば、陛下もあの若造を信用しなくなるだろう」
アルベルトは地図を睨みつけた。
セシリアも、夫の考えに同意していた。
2人は、自分たちが国王から疑われていることを忘れ、再びレオンへの仕返しを企て始めたのである。
そのころ、ローデン領ではレオンとエレオノーラが、領民のために新しい家を建てる計画を相談していた。
レオンは、次の王軍への納入も予定どおり進めるつもりだった。
アルベルトが輸送を狙っていることは、まだ知らない。
しかし、レオンには占術がある。
これまで何度も危険を見抜き、事故や妨害を防いできた力だった。
アルベルトとセシリアは、またしてもその力を相手にすることになるとは考えていなかった。




