第5話(後編1)――「ローデン家の新しい家族」
王都を出発して6日目の午後、レオンたちはローデン領へ到着した。
領内へ入ると、街道を行き交う荷車が増え、工房からは槌を打つ音が聞こえてきた。鉱山へ続く道では鉄や銅を運ぶ荷車が列を作り、商人たちも忙しそうに働いている。
かつては貧しかったローデン領も、鉱山の開発と王軍への納入が始まってから、少しずつ豊かになっていた。
エレオノーラは馬車の窓から景色を眺め、感心していた。
「レオン、ずいぶん活気のある領地ね。あなたが仕事を増やしていると聞いていたけれど、ここまで賑やかになっているとは思わなかったわ。働いている人たちの表情も明るいわね」
「ありがとうございます。でも、まだまだこれからですよ。鉱山が増えたおかげで仕事も増えていますが、働く人たちの暮らしまで十分に整っているとは言えません。そのあたりは、これからあなたにも手伝ってもらいたいんです」
エレオノーラは嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんよ。明日からでも、ぜひ領地を案内してちょうだい。どんな仕事があるのか、楽しみにしているわ」
レオンは笑って頷いた。
やがて一行は、ローデン子爵家の屋敷へ到着した。
門の前では、父ゲオルグ、母エルザ、妹リナが待っていた。国王の妹を迎えると聞いて、家族は朝から落ち着かなかったらしい。
馬車が停まると、レオンは先に降り、エレオノーラへ手を差し出した。
「さあ、着きました。ここが私の家です。王宮のように立派な屋敷ではありませんが、気に入ってもらえると嬉しいです」
エレオノーラは馬車を降り、屋敷を見上げた。
「素敵なお屋敷ね。ここであなたが育ったのだと思うと、何だか嬉しいわ」
2人が話していると、ゲオルグが進み出た。
「エレオノーラ殿下、ようこそお越しくださいました。私はレオンの父、ゲオルグ・ローデンでございます。田舎の屋敷ゆえ、行き届かぬところもあるかと存じますが、どうぞお許しください」
エルザも夫の隣で丁寧に挨拶した。
「私はレオンの母、エルザと申します。殿下をお迎えできるとは、大変光栄でございます。どうぞよろしくお願いいたします」
2人とも、かなり緊張しているようだった。
エレオノーラは、その様子を見て優しく笑った。
「こちらこそ、突然お世話になることになってしまい、申し訳ありません。レオンから、ご家族のことは何度も伺っています。これからは皆さんとも仲良く暮らしたいと思っていますので、どうかそんなにお気遣いなさらないでください」
エルザは少し安心したものの、まだ遠慮しているらしい。
「ですが、王妹殿下をお迎えするなど、私どもには初めてのことでございまして……」
「それなら、少しずつ慣れていただければ嬉しいわ。いつまでも殿下と呼ばれていたら、私も緊張してしまいますもの。よろしければ、エレオノーラと呼んでくださいな」
レオンは横から笑いながら口を挟んだ。
「母さん、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。エレオノーラは、これから家族になる人なんだから」
その言葉に、ゲオルグとエルザは顔を見合わせた。
レオンがエレオノーラを迎えるつもりだとは聞いていたが、本人の前でそこまではっきり言うとは思っていなかったのである。
ゲオルグは、息子の顔を見て少し考えてから答えた。
「そうか。お前がそこまで決心しているのなら、私たちもきちんとお迎えしなければならんな。殿下、レオンはまだ若く、至らぬところもあるかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。レオンには、いつも助けてもらっているのですよ。これからは私も、皆さんのお役に立てるよう頑張りたいと思っています」
そこへ、リナがレオンの袖を引っ張った。
「ねえ、兄さん。エレオノーラ様は、本当に兄さんのお嫁さんになるの? だって、国王陛下の妹なんでしょう。兄さんがそんなに偉い人と結婚するなんて、まだ信じられないわ」
ゲオルグが慌てて娘をたしなめようとしたが、エレオノーラは楽しそうに笑った。
「ふふっ。まだ結婚の約束を正式に交わしたわけではないけれど、私もそのつもりでいるわ。あなたのお兄様が、きちんと迎えてくださるならね」
リナは目を輝かせた。
「本当? じゃあ、エレオノーラ様は私のお姉さんになるのね。こんなに綺麗なお姉さんができるなんて、嬉しい!」
リナが大喜びすると、エレオノーラも嬉しそうに笑った。
「ありがとう。私も、こんなに可愛い妹ができるなら嬉しいわ。これから、いろいろお話ししましょうね」
その言葉にリナはますます喜び、エレオノーラのそばから離れなくなった。
エルザもようやく緊張が解けたらしい。
「さあ、いつまでも外に立っていては申し訳ありません。お部屋をご用意しておりますので、どうぞ中へお入りください。お食事も、いつもより少し豪華にしてみましたのよ」
エレオノーラは礼を言い、家族に案内されて屋敷へ入った。
レオンはその様子を見ながら、彼女を連れてきてよかったと思った。
◇ ◇ ◇
その日の夕食は、いつもより賑やかだった。
エルザは領地で採れた野菜や肉を使い、いつもより手の込んだ料理を用意していた。レオンは王宮の食事に慣れたエレオノーラの口に合うか少し心配していたが、彼女は一口食べると嬉しそうに褒めた。
「まあ、とてもおいしいわ。お肉も柔らかいし、野菜の味もしっかりしているのね。王宮の料理とはまた違ったおいしさがあるわ」
エルザは安心したようだった。
「そう言っていただけると嬉しゅうございます。こちらは領地で育てた野菜で、肉も近くの村から届けてもらったものでございます。王宮のように珍しい材料は使えませんが、味には自信がありますのよ」
エレオノーラは料理の作り方にも興味を示し、エルザと話が弾んだ。
リナは早速エレオノーラの隣へ座り、王宮の暮らしについて質問を始めた。特にお菓子の話になると夢中になり、レオンが呆れるほどだった。
「兄さん、王宮には毎日のようにおいしいお菓子があるんですって。今度エレオノーラ様が王都へ行く時には、私も連れていっていただきたいわ」
レオンは笑った。
「お前は本当に食べ物のことばかりだな。エレオノーラだって、これから忙しくなるんだから、あまり困らせるなよ」
「構わないわよ、レオン。私もリナと一緒に王都へ行くのを楽しみにしているの。おいしいお菓子のお店なら、いくつか知っているもの」
エレオノーラがそう言うと、リナはますます喜んだ。
その様子を見て、ゲオルグとエルザも笑っていた。
しばらくして、話題は領地の仕事へ移った。
ゲオルグは、鉱山や工房の仕事が増えたことを喜びながらも、人手が足りなくなっている現状を説明した。
「レオンが戻ってきてくれて助かったところです。最近は鉱山でも工房でも働く者が増えておりますが、それに伴って、住まいや生活の問題も出てきておりましてな。ありがたいことではありますが、何から手を付ければよいのか迷うこともございます」
エレオノーラは、興味深そうに話を聞いた。
「それなら、明日から私にもお手伝いさせてください。これまで自分の所領で家や井戸の整備を進めた経験がありますので、何かお役に立てるかもしれません。まずは働いている人たちの暮らしを見せていただきたいわ」
ゲオルグは驚いた。
「殿下に、そこまでしていただいてよろしいのでしょうか。せっかくお越しいただいたのですから、しばらくはゆっくりお休みいただければと思っておりましたが……」
「ありがとうございます。でも、何もしないで暮らすのは退屈ですもの。レオンの領地で、私にもできる仕事があるなら嬉しいわ」
レオンは父へ笑いかけた。
「父さん、エレオノーラは本気だよ。王都から来る途中も、ずっと領地の仕事について話していたんだ。私も、ぜひ手伝ってもらいたいと思っている」
ゲオルグは感心した。
「それなら、私からもお願いしたいですな。これからは、レオンだけに仕事を背負わせずに済むかもしれません」
エルザも嬉しそうに話へ加わり、夕食の席はさらに賑やかになった。
レオンは、家族とエレオノーラが楽しそうに話している様子を眺めていた。
前世では、夫の裏切りによって家庭を失った。離婚したあとも苦しい暮らしが続き、もう一度こんな時間を過ごせるとは思っていなかった。
それが今は、父も母も妹もいる。
そして、その家族の中へ、愛するエレオノーラが加わろうとしている。
レオンは、この暮らしを大切に守っていこうと思った。




