第5話(中編2)――「占術が救った旅」
その日の夕方、レオンは国王に呼ばれた。
王宮の執務室へ入ると、国王は書類から顔を上げ、いつもより親しみのある表情で迎えた。
「ローデン子爵、妹から話を聞いたぞ。エレオノーラをローデン領へ迎えたいそうだな。それだけでなく、将来は妻にしたいとも言っているそうではないか」
レオンは姿勢を正した。
「はい、陛下。私はエレオノーラ様を愛しています。将来は正式に妻として迎えたいと思っていますので、どうかお許しいただきたいのです」
国王は声を立てて笑った。
「お前もなかなか大胆な男だな。まだ18歳だというのに、領地を豊かにし、王軍からも信用され、今度は私の妹を妻に迎えたいと言うのか。まったく、最初に会った時には、ここまでやる男だとは思わなかったぞ」
レオンも笑った。
「私も、こんなことになるとは思っていませんでした。でも、エレオノーラ様への気持ちは本当です。これからも大切にしていくつもりです」
「その言葉を信じよう。妹が自分の意思で選んだ相手なのだから、私も反対するつもりはない。ただし、正式な婚姻は公爵家の事件が片付いてからにしてもらいたい。まだ財産の不正使用について調査が続いているし、サルヴィ商会による王軍への納入妨害も終わっておらん」
レオンも、その点は承知していた。
アルベルトとセシリアは国王の前で醜く責任を押しつけ合ったが、王軍の物資に細工をするよう命じた証拠までは見つかっていない。事件の全容を明らかにするには、もう少し時間が必要だった。
「もちろんです。私も、すべて片付いてから正式な結婚をお願いするつもりです。それまでは、エレオノーラ様を大切なお客様として迎えます」
「分かった。それなら、妹がローデン領へ行くことを認めよう。あの子にも所領を管理してきた経験があるから、お前の役に立つだろう。王宮に閉じこもっているより、好きな仕事をして暮らす方が性に合っているかもしれんな」
国王はそこで、少し真面目な顔になった。
「ただし、妹を泣かせるようなことがあれば、たとえお前でも容赦はせんからな。あの子は長い間、アルベルトとの暮らしで苦労してきた。これからは幸せにしてやってほしいのだ」
「そのつもりです。私も、エレオノーラ様を幸せにしたいと思っています」
レオンの返事を聞き、国王は満足そうに笑った。
最後に、公爵家の動きには十分気を付けるよう注意を与えた。アルベルトは今回の離縁で王家との結び付きを失い、財産の返還まで求められている。その不満をレオンへ向ける可能性もあったからである。
「陛下、ご心配いただきありがとうございます。私も、あの男がこのまま大人しくしているとは思っていません。帰る前に一度、占術で確かめておくつもりです」
「そうか。お前の占いには何度も助けられているからな。何か危険が見えたら、遠慮せず知らせてくれ」
レオンは礼を言い、執務室をあとにした。
◇ ◇ ◇
王都を出発する前夜、レオンは旅の安全を占うことにした。
エレオノーラを連れてローデン領へ戻るのだから、途中で事故が起きては困る。しかも、アルベルトとセシリアはまだ自由の身であり、レオンを憎んでいることも分かっている。
何かあれば事前に防いでおきたいと考え、レオンは宿泊している王宮の客室で占術を使った。
しばらくすると、見慣れた街道が視界に現れた。
王都からローデン領へ続く道の途中にある、小さな川を渡る木橋だった。何度も通ったことがあるので、レオンにはすぐに場所が分かった。
そこへ、エレオノーラを乗せた馬車が近づいていく。
先頭を走る護衛の馬が橋を渡り、続いて馬車が進み始めた。ところが、橋の真ん中へ差しかかった瞬間、車輪の下で大きな音がした。
橋板が割れ、馬車が片側へ大きく傾く。
馬が暴れ、御者が手綱を引くものの、車輪は橋の穴へ落ち込み、馬車は今にも川へ転落しそうになっていた。
そこで光景が途切れた。
レオンは目を開けた。
「なるほど。今度は橋か……」
占術で見えたのは、以前から何度も利用してきた木橋だった。見たところ特別な細工をされた様子はなく、単に橋が傷んでいるように思えた。
しかし、馬車が川へ落ちれば、エレオノーラが大怪我をするかもしれない。たとえ占いで見えた未来が必ず起きるわけではないとしても、危険を知った以上、何もせずに通るつもりはなかった。
翌朝、レオンはエレオノーラへ占いの結果を伝えた。
「途中の木橋が壊れるところを見たんです。馬車が橋を渡ろうとすると、途中で板が割れてしまうんですよ。今回は、あの橋を使わずに別の道を通った方がよさそうです」
エレオノーラは驚いたものの、すぐに納得した。
「あなたの占いなら、きっと何かあるのでしょうね。別の道があるのなら、そちらを通りましょう。それにしても、出発前に占っておいてよかったわ」
レオンは護衛隊長にも事情を説明し、問題の橋へ着いたら状態を確かめるよう頼んだ。
こうして一行は、予定どおり王都を出発した。
◇ ◇ ◇
旅が始まって3日目の午後、レオンたちは占術で見た木橋へ近づいた。
川幅はそれほど広くないが、水量が多い時には流れが速くなる。橋は昔から街道の重要な通り道として使われており、商人の荷車も頻繁に通行していた。
レオンは橋の手前で馬車を停めさせ、護衛隊長とともに状態を確かめた。
橋板は一見すると丈夫そうだったが、よく見ると中央付近の木材が傷んでいる。レオンが【探索Ⅱ】で調べると、内部の腐食が進み、何本かの支えが弱くなっていることが分かった。
「隊長、この橋は危険です。外から見るより傷んでいます。私たちの馬車が渡れば、途中で壊れるかもしれません」
護衛隊長も橋を調べ、レオンの判断に同意した。
「確かに、支えの一部が傷んでおります。このまま重量のある馬車を通すのは危険でございますな。少し遠回りになりますが、上流の石橋を通ることにいたしましょう」
レオンは頷いた。
「それから、このまま放っておくと、ほかの商人が事故に遭います。近くの村へ知らせて、修理が終わるまで荷車を通さないようにしてもらいましょう」
護衛隊長は兵を村へ向かわせ、一行は橋の手前で休憩することにした。
しばらくすると、王都へ向かう商人の荷車が近づいてきた。荷台には大きな木箱が何個も積まれ、馬が重そうに車を引いている。
レオンは護衛の兵に合図し、荷車を橋の手前で停めさせた。
商人は最初、不満そうだった。
「旦那様、ここを通れないとなると、ずいぶん遠回りになってしまいます。荷物を早く届けなければならないのですが……」
レオンは事情を説明した。
「急いでいるのは分かるが、橋の支えが傷んでいる。重い荷車を通したら、途中で壊れるかもしれないんだ。悪いことは言わないから、今日は上流の石橋を使った方がいい」
商人は橋を見たが、まだ納得できないようだった。
その時、川の方から大きな音がした。
橋の中央付近で、太い木材が折れたのである。
続いて橋板が数枚外れ、川へ落ちていった。大きな穴が開き、橋はとても荷車が通れる状態ではなくなっていた。
商人は顔を青くした。
「な、何ということでしょう! もし先に渡っていたら、私も荷車も川へ落ちていたところです!」
レオンは橋を見て頷いた。
「間に合ってよかった。あのまま渡っていたら危なかったですね」
商人は何度も礼を言い、上流の石橋へ向かうことにした。
エレオノーラは馬車から降りてきて、壊れた橋を眺めた。
「レオン、本当に占いのとおりになったわね。もし何も知らずに進んでいたら、私たちがあの橋の上にいたかもしれないのね」
「そうですね。今回は、先に危険が分かって助かりました。橋が壊れてからでは、どうしようもありませんから」
エレオノーラは、レオンの腕に手を添えた。
「あなたの占いは、未来を知るためだけのものではないのね。危険を知って、それを防ぐことができる。今日の商人も、あなたのおかげで助かったわ」
「ええ。占いで見えた不幸を、そのまま起こす必要はないんです。避けられるものなら、避けた方がいいでしょう」
レオンは、エレオノーラの言葉を聞いて嬉しくなった。
前世で真理子として占いを学んでいたころから、占いは人を怖がらせるためのものではなく、困っている人の役に立てるためのものだと考えてきた。
異世界へ来てからも、その思いは変わっていなかった。
その時、レオンの視界に文字が現れた。
《占術による危険の予測が成功しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《次の能力【変身】獲得まで、あと4回》
レオンは表示を見て、思わず笑った。
前回の占いでは、変身能力を得るまであと5回と表示されていた。それが今回の成功によって、あと4回になったのである。
迷宮の地下10階で再会した老人は、身体適応が進めば、前世の高瀬真理子の姿を取り戻せる可能性があると話していた。
今はまだ、18歳のレオンの姿のままである。
しかし、占いを続けていけば、やがてその時が来るらしい。
レオンは、次に老人と会う機会があれば、この進行についても詳しく聞いてみようと思った。




