第4話(後編1)――「占術が見た逃亡」
翌朝、レオンは王宮の小応接室でエレオノーラと会っていた。
今日は国王がグランツ公爵アルベルトを呼び、妻の財産を勝手に使った疑いについて、直接事情を聞くことになっている。
エレオノーラは前日、アルベルトと離縁したいという気持ちも国王へ伝えていた。兄はその意思を尊重すると約束してくれたが、まずは財産の問題を明らかにする必要がある。
「レオン、今日はアルベルトが兄上に呼ばれるのよ。あの人が素直に本当のことを話すとは思えないわ」
「そうでしょうね。昨日だって、あなたの前で書類を破り捨てたんですから。今日も都合が悪くなれば、何をするか分かりませんよ」
「ええ。兄上の前でも、平気で嘘をつくかもしれないわ」
レオンは少し考えてから、エレオノーラに提案した。
「それなら、また占ってみましょうか。アルベルトが何をするのか、先に分かれば手を打てますからね」
エレオノーラは嬉しそうに顔を上げた。
「ぜひお願いしたいわ。昨日も、あなたの占いのおかげで大切な書類を守れたもの」
レオンは椅子に座り直し、今日の出来事へ意識を集中した。
占術は、知りたいことをはっきりさせた方が結果を得やすい。そこで、国王がアルベルトを問いただした時、隠されている証拠がどうなるのかを占ってみた。
まもなく視界に王宮の廊下が現れた。
廊下を、見覚えのない侍女が急ぎ足で歩いている。彼女は小さな封筒を持ち、奥の部屋へ入った。
そこには中年の男がいた。机には帳簿が積まれており、男は封筒を受け取ると慌てて中身を読んだ。
次の瞬間、男は顔色を変え、机の上にあった帳簿を革袋へ押し込み始めた。
そして、部屋を飛び出した。
男が裏口へ向かって走っていると、前方から兵が現れた。男は引き返そうとしたが、別の兵に取り押さえられてしまう。
その拍子に革袋が落ち、帳簿と何枚もの紙が床へ散らばった。
そこで光景が途切れた。
レオンは目を開けた。
「なるほど。どうやら、今日は逃げ出す男がいるようですね」
「逃げ出す男?」
「ええ。侍女から手紙を受け取った男が、帳簿を持って王宮の裏口から逃げようとするんです。でも、兵に捕まります」
エレオノーラは驚いた。
「その男は誰なの?」
「顔は見えましたが、私の知らない男でした。ただ、帳簿を持っていたので、公爵家の会計に関わっている人物かもしれません」
「それなら、心当たりがあるわ。兄上は今日、アルベルトだけでなく、公爵家の会計係も呼んでいるの。問題のお金について調べるために、帳簿を持ってくるよう命じてあるのよ」
「それなら、その男かもしれませんね。占いでは、誰かから手紙を受け取った途端に逃げようとしていました。何か隠したいことがあるんでしょう」
「まあ……。お金を勝手に使っただけでなく、今度は証拠を持って逃げるつもりなのかしら」
レオンは笑った。
「だったら、逃げるところを捕まえればいいんです。せっかく王宮まで来てくれるんですから、遠くへ探しに行く手間も省けますよ」
エレオノーラも笑ってしまった。
「レオン、あなたは本当に頼もしいわね。アルベルトたちが聞いたら、どんな顔をするかしら」
「今から楽しみですね。ただ、占いで見えた男が誰なのかは、実際に確かめる必要があります。まずは国王陛下にお知らせしましょう」
2人は、すぐに国王のもとへ向かった。
◇ ◇ ◇
国王はレオンから占いの結果を聞くと、側近を呼んだ。
「今日、グランツ公爵家の会計係が帳簿を持ってくることになっておるな」
「はい、陛下。午前中には到着する予定でございます」
「その男を別室で待たせ、兵を配置しておけ。誰かと密かに連絡を取ろうとしたり、帳簿を持って逃げようとしたりするなら、すぐに知らせよ」
「承知いたしました」
側近が出ていくと、国王はレオンへ向き直った。
「ローデン子爵、先日は妹が書類を破られるところを占いで見たそうだな。今度は会計係が逃げるところか」
「はい。占いが外れる可能性もありますが、見張りを置いておけば、何が起きても対応できると思います」
「そうだな。占いだけで人を罪人にするわけにはいかんが、実際に証拠を持って逃げようとするなら話は別だ。今回はその場で確かめよう」
国王はエレオノーラへ顔を向けた。
「お前も、今日の話を聞いていくといい。自分の財産に関することなのだからな」
「ありがとうございます、兄上。私も、アルベルトが何を説明するのか確かめたいと思っています」
国王はレオンにも同席を認めた。
サルヴィ商会は王軍への納入妨害事件に関わっており、レオンも被害を受けた当事者だった。公爵家から商会へ支払われた金が、その事件と関係しているかどうかは、まだ分かっていない。
しかし、両方の事件に同じ商会の名前が出ている以上、無関係と決めつけることもできなかった。
「ローデン子爵、お前にも残ってもらおう。軍への納入妨害について、アルベルトが何か知っているかもしれん」
「承知しました。お役に立てることがあれば、何でもお申し付けください」
準備が整うと、国王はアルベルトを呼び入れるよう命じた。
◇ ◇ ◇
ほどなくして、グランツ公爵アルベルトが姿を現した。
アルベルトは国王へ丁寧に挨拶したが、エレオノーラとレオンが同席していることに気付くと、不愉快そうな顔になった。
「陛下、本日は私にお尋ねになりたいことがあると伺いましたが、なぜローデン子爵までこちらにいるのでございましょうか」
国王は答えた。
「サルヴィ商会は、ローデン子爵が王軍へ納める品物に不正な細工をした事件で調べられておる。その商会へ公爵家から金が支払われている以上、子爵にも関係のある話だ」
「しかし、陛下。あれは商会が勝手に起こした事件でございましょう。私には関係がございません」
「関係がないなら、それでよい。今日は、まず妹の財産について聞きたいのだ」
国王は机の上に置かれた書類をアルベルトへ示した。
「エレオノーラの金が、本人の承認もなくサルヴィ商会へ支払われている。しかも、妹が署名していないという書類に、本人の名前と印章が使われていた。これはどういうことだ」
アルベルトは平静を装って答えた。
「陛下、それは誤解でございます。公爵家の事業に必要な支出であり、妻も承知しているものと思っておりました」
エレオノーラは、すぐに口を開いた。
「私は何も聞かされていませんし、あの書類に署名した覚えもありません。昨日もあなたに説明を求めましたが、結局、何に使ったお金なのか教えていただけませんでした」
「エレオノーラ、お前はまだそんなことを言っているのか。公爵家には多くの事業があるのだ。すべてをお前に説明する必要などないだろう」
国王の顔が険しくなった。
「アルベルト、妹の金を使っておきながら、その言い草は何だ。私が聞いているのは単純なことだ。金を何に使ったのか、説明してみよ」
アルベルトは一瞬、返事に詰まった。
「運送に関する費用でございます」
「何を運んだのだ」
「それは……商会へ任せておりましたので、詳しいことは分かりかねます」
「お前が必要だと判断して金を使ったのだろう。それなのに、何を運んだのかも知らんのか」
アルベルトの額に汗が浮かんだ。
「陛下、私は公爵家のすべての仕事を直接見ているわけではございません。商会との取引については、主にセシリアへ任せておりました」
エレオノーラは呆れた。
昨日は公爵家の事業に必要だったと偉そうに言い張っていたのに、今度はセシリアに任せていたと言い始めたのである。
国王も同じことを感じたらしく、アルベルトを厳しく見た。
「つまり、金を使うことは認めたが、何に使ったかは知らんというのだな」
「そのようなつもりでは……」
「ならば、セシリアを呼んで聞くしかあるまい」
国王は側近へ命じた。
セシリアも、今日は公爵とともに王宮へ来ていた。自分が紹介したサルヴィ商会のことで調べられていると聞き、別室で待機していたのである。
アルベルトは落ち着かない様子で扉の方を見た。
すると、セシリアが入室するよりも先に、別の兵が急いでやってきた。
「陛下、申し上げます。先ほど、ご指示いただいた会計係が逃亡を図りました!」
レオンはエレオノーラの顔を見た。
どうやら、占いで見たことが起きたらしい。
兵は、捕らえた男の様子を詳しく報告した。
「セシリア様付きの侍女が、会計係の待つ部屋へ封筒を届けました。会計係はそれを読むと、持参した帳簿を革袋に詰め、裏口から出ようとしたのでございます。見張りの兵が声をかけたところ、突然走り出したため、その場で取り押さえました」
国王はレオンへ目を向けた。
「ローデン子爵、お前が占ったとおりではないか」
「はい。私が見たのも、その場面です。革袋を落として、中の書類をばらまくところまで見えました」
「まさにそのとおりでございます!」
報告に来た兵は、驚いてレオンを見た。
「男を取り押さえた際、革袋が床へ落ち、中から帳簿と紙が散らばりました。念のため中身を確かめたところ、妙なものが見つかったのでございます」
「妙なものとは何だ」
「エレオノーラ様の署名を何度も練習した紙と、印章の形を写し取った型でございます」
エレオノーラは驚いた。
「私の署名を練習した紙ですって?」
「はい。それも1枚や2枚ではございません。何度も書き直した跡がございます」
国王は机を強く叩いた。
「その男をここへ連れてこい。侍女も一緒だ!」
兵はすぐに部屋を出た。
アルベルトは青ざめていた。
先ほどまで、妻の金を使ったのは公爵家の事業のためだと説明していた。しかし、今度は偽の署名を作った証拠まで出てきたのである。




