第3話(中編)――「父の剣」
5月半ばの朝、ゲオルグは家の裏で、刃を潰した古い剣をレオンに渡した。
短剣より重く、片手で構えると肩に負担がかかる。【腕力Ⅰ】と【握力Ⅰ】のおかげで持っていられるが、振り続けるには持ち方から覚えなければならなかった。
ゲオルグは木剣を手にして正面へ立った。
「短剣より遠くへ届くが、その分、振り回すと隙ができる。まずは構えてみろ」
レオンが父をまねて構えると、すぐに指摘された。
「足をもう少し開け。右肩に力が入りすぎているぞ」
足の位置を直して肩の力を抜くと、剣先の揺れが収まった。ゲオルグは打ち込み方を教え、続いて息子の剣を木剣で受けた。
レオンは短剣ほど自在に扱えず、振った剣に身体を引っ張られることもあった。それでも、繰り返し打ち込むだけの体力はある。ゲオルグは休憩を入れた時、息子の様子を見て言った。
「前よりずいぶん丈夫になったな。これだけ動いても、まだ余裕があるじゃないか」
「このごろ、よく食べてるからな」
「肉を2回食ったくらいで、これほど変わるものか」
「16歳なんだから、これからもっと強くなるかもしれないだろ」
ゲオルグは腑に落ちない顔をしたものの、木剣を構え直した。
「それなら、もう少し続けるぞ。次は振ったあとの足に気をつけろ」
◇ ◇ ◇
午後、市場へ出たレオンは、粉屋で働く男に呼び止められた。
「レオン、占ってほしいことがある。北の村から朝に届くはずの小麦が、まだ来ないんだ。今日中に着くか分かるか?」
「明日では間に合わないのか?」
「ああ。来ないなら別のところで買わないと、明日の仕事が止まってしまう」
レオンは引き受け、報酬を決めてから、北の村と町を結ぶ道を思い浮かべた。意識を集中すると、ぬかるみにはまった荷車と、それにつながれた2頭の馬が見えた。続いて、日が西へ傾いたころ、荷車が北門を通る光景が浮かんだ。
「荷車が泥にはまっているらしい。でも、夕方には北門へ着くと出た」
「それなら買い足さずに済むな」
「俺は待っていいと思う。ただ、必ず当たるとまでは言えないから、それを承知で決めてくれ」
「分かった。お前の占いを頼りに、待ってみるよ」
夕方、車輪や荷台に泥の付いた荷車が北門から入ってきた。途中のぬかるみで車輪が動かなくなり、抜け出すまでに時間がかかったという。
粉屋の男は約束の銅貨を払い、レオンの肩を叩いた。
「助かったよ。ほかで買っていたら、余分な金を使うところだった」
銅貨を受け取ったレオンの視界に、文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【剣術Ⅰ】を獲得しました》
レオンは午前中の稽古を思い出した。振り下ろしたあとに姿勢が崩れたのは、踏み込む足と剣の動きが合っていなかったからだ。父に何度も直された動きを、今なら再現できそうだった。
帰宅すると、レオンは父が戻るのを待ち、練習用の剣を持って声を掛けた。
「父さん、もう一度相手をしてくれないか。朝に教わったことを試してみたいんだ」
「朝はあれだけやったのに、まだやる気があるのか。いいぞ、裏へ出ろ」
ゲオルグが木剣を構えると、レオンも向かい合った。朝とは違い、無理に力を入れなくても剣先が定まる。父の構えを見ながら、どこまで近づけば届くか、打ったあとにどう下がるかを考える余裕もあった。
肩を狙って踏み込み、受けられるとすぐに剣を引いた。次は正面から振り下ろすと見せて脇を狙ったが、ゲオルグの木剣に止められた。剣を打ち合わせる音が、家の裏に響いた。
数合受けたところで、ゲオルグが後ろへ下がった。
「待て。朝とはまるで違うぞ」
レオンは剣を下ろし、父を見た。
「少しはよくなっただろ?」
「少しどころじゃない。俺が上を守れば、脇が空くと考えて打ってきたな。朝は自分の剣を振るので精いっぱいだったのに、どうやって覚えた?」
レオンは返答に詰まった。能力を得たことは、まだ家族に話していない。
「父さんに教わった動きを思い出していたんだ」
「それだけで身に付くなら、誰も苦労はせん」
ゲオルグは息子から剣を受け取り、困惑した顔で続けた。
「短剣もそうだったが、お前は急にできるようになる。何か心当たりはないのか?」
「俺にも、どうしてできるようになったのかは分からないんだ」
占いが当たるたびに能力を得ることは分かっていたが、その理由は知らなかった。誰が何のために与えているのか、レオン自身が教えてほしいくらいだった。
ゲオルグはしばらく息子の顔を見ていたが、やがて剣を返した。
「分からんものを聞いても仕方がないな。腕が上がったのはいいことだ。これからも稽古を続けろ」
「いつか父さんを負かせるかな」
「負かしてから言え。その時は酒をおごってもらうぞ」
「息子が強くなった祝いに、父さんがおごるんじゃないのか?」
「俺より稼ぐつもりなんだろう。うまい酒を頼む」
「分かったよ。楽しみにしていてくれ」
レオンは笑って剣を構え直した。元は48歳の女だった自分が、父親と剣の腕を競おうとしている。以前なら戸惑っただろうが、今は受け止められた打ち込みが悔しく、もう一度試したかった。
ゲオルグも木剣を上げた。
「次はそう簡単に脇を空けてやらんぞ」
レオンは父の剣先を見ながら、足を踏み出した。




