第3話(前編)――「買うべき馬」
5月上旬、レオンは父ゲオルグに短剣を習うかたわら、市場で占いの相談を受けていた。銀の耳飾りを見つけた話が広まり、買い物の途中で呼び止められることも増えている。決まった店はなく、報酬も銅貨数枚ほどだが、失せ物探しのほかに商売の相談も来るようになった。
その日、馬を数頭つないだ一角を通りかかると、50歳ほどの男が声を掛けてきた。
「お前が占いをする士族の倅か?」
「そうだよ。何を占ってほしいんだ?」
男は馬の売買をしている商人だった。翌朝、近くの牧場で5頭の馬を見せてもらい、その中から1頭を買うという。
「どの馬を買えば得になるか、お前に分かるか?」
「馬を見て占ってみないと、答えられないよ」
「正直だな。占い師なら、任せておけと言うかと思ったぞ」
「何でも分かると言って外したら、次から誰も来なくなるだろ」
商人は声を上げて笑った。
「それもそうだ。明日の朝、一緒に来い。良い馬を選べたら銀貨1枚払う」
「銀貨1枚も出すのか?」
「悪い馬をつかまされたら、その何倍も損をする。良い馬を買えるなら安いものだ」
これまで受け取っていた銅貨数枚とは、桁の違う報酬だった。それだけ馬の仕入れには金がかかるのだろう。引き受けるからには、はっきり分かったことだけを伝えようとレオンは思った。
「分かった。明日の朝、ここで待っていればいいんだな」
「ああ。日の出から1時間後に来てくれ」
◇ ◇ ◇
翌朝、レオンは商人と町を出て、1時間ほど歩いた。牧場のある緩やかな丘には若草が伸び、柵の中で十数頭の馬が草を食べていた。
牧場主が連れてきた5頭は、馬に詳しくないレオンにはどれも立派に見えた。商人は歯や脚を調べ、背中や腹にも手を当てて確かめている。
「俺なら左から2頭目か4頭目を選ぶ。お前も占ってみてくれ」
レオンは5頭を見渡し、この商人が買って得をするのはどの馬かと意識を集中した。頭に浮かんだ馬の姿が次第に絞られ、左から4頭目の栗毛がはっきりと残った。ただ、今すぐ買うのはよくないという感覚もあった。
「4頭目がいい。ただし、買うのは明日の午後まで待ってくれ」
「待てば値が下がるということか?」
「理由までは分からない。4頭目を選ぶことと、明日の午後に買うことだけは、はっきり出た」
商人は栗毛のそばへ戻り、もう一度脚を確かめた。
「俺もこれが一番だと思っていた。買うのを1日延ばしてどうなるか、試してみるか」
牧場主と話をつけ、その日は契約せずに帰った。レオンには待つ理由を説明できなかったが、商人は自分で決めたこととして、それ以上は聞かなかった。
翌日の午後、商人がローデン家を訪ねてきた。玄関へ出たレオンを見るなり、笑顔で銀貨を取り出した。
「待ってよかったぞ。牧場主が銀貨6枚も値を下げてきた」
「何かあったのか?」
「急に金が要ることになったそうだ。昨日の値段から6枚引くから、買ってくれと連絡が来たんだ」
商人はあの栗毛を買い、獣医にも見せてきたという。
「馬にも問題はなかった。約束は銀貨1枚だったが、もう1枚やる」
「2枚も受け取っていいのか?」
「俺は6枚安く買えたんだぞ。お前に2枚払っても、まだ4枚得をしている」
差し出された銀貨を受け取ると、レオンの視界に文字が浮かんだ。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【乗馬Ⅰ】を獲得しました》
前世では馬に乗ったことなどなかった。それなのに、手綱の持ち方や鞍の上での姿勢が、以前から知っていたことのように分かった。
「今度は馬に乗れるのか」
「馬に乗りたいのか?」
商人に聞かれ、レオンは慌てて顔を上げた。
「乗ってみたいとは思ってるよ」
商人を見送ってからも、レオンはしばらく銀貨を手にしていた。父の月給は銀貨8枚である。今回の仕事だけで、その4分の1を稼いだのだ。
夕方、帰宅したゲオルグに見せると、父は銀貨と息子の顔を見比べた。
「馬を選んで2枚もらったのか?」
「買う日も占ったんだ。1日待ったら、銀貨6枚安くなったそうだよ」
「それで2枚か。俺の何日分の働きになるんだろうな」
ゲオルグは銀貨を手に取って眺めたあと、レオンへ返した。
「よく稼いだな。ただし、明日の稽古も休ませないぞ。短剣だけでなく、そろそろ剣も教える」
「分かってるよ。ちゃんとやる」
レオンは父の腰に下がる剣へ目を向けた。短剣の稽古で褒められるのはうれしかったし、今は剣にも興味がある。今日得た乗馬の力も、早く試してみたかった。
身体が勝手に変わっていくことには、まだ分からない点が多い。それでも、稽古で以前できなかった動きができるようになると、もう少し難しいことを試したくなる。明日の稽古を面倒だとは思わなかった。




