第4話(中編1)――「セシリアの言い分」
そこへ、部屋の外から声が聞こえた。
「旦那様、エレオノーラ様、失礼いたします」
入ってきたのはセシリアだった。
アルベルトがエレオノーラと激しく言い争っていると聞き、様子を見に来たのである。
「まあ、どうなさったのです? 廊下までお声が聞こえておりましたわ」
アルベルトは不機嫌そうに答えた。
「エレオノーラが、サルヴィ商会へ支払った金のことで騒いでいるのだ」
「まあ、そのことでしたの」
セシリアはエレオノーラへ顔を向けた。
「お姉様、あのお金は公爵家の事業に必要だったのですわ。旦那様もお忙しいのですから、あまり困らせないで差し上げてくださいな」
エレオノーラはセシリアを見た。
「あなたは、あのお金が何に使われたのか知っているの?」
「ええ、もちろんですわ。サルヴィ商会は私が紹介したところですもの。運送の仕事に必要なお金だったのです」
「それなら、何を運ぶためのお金だったのか教えてちょうだい」
セシリアは答えに詰まった。
「それは……いろいろな品物ですわ。公爵家では、たくさんの商会とお付き合いがありますでしょう?」
「ええ。でも、私は今回の支払いについて聞いているのよ。私のお金を使ったのだから、何に使ったのか知りたいだけなの」
セシリアはアルベルトへ助けを求めるような視線を向けたが、夫は何も言わなかった。
それでもセシリアは、何とか話を収めようとした。
「お姉様、そんなに細かいことを気になさる必要はありませんわ。お姉様には、まだたくさんの財産がおありでしょう? 少しくらい公爵家のために使われても、お困りにはならないと思いますけれど」
エレオノーラは、その言葉を聞いて呆れた。
「セシリア、あなたは本当にそう思っているの?」
「ええ。だって、旦那様のお仕事のためですもの。私たちは家族なのですから、協力し合うべきではありませんか」
「それなら、あなたのお金を使えばよかったのではなくて?」
セシリアの笑顔が消えた。
「私のお金、ですか?」
「そうよ。あなたは、私のお金を勝手に使っても構わないと言うのでしょう? それほど公爵家の事業を大切に思っているなら、まずは自分の財産を差し出したらいかが?」
「そ、それは……私には、それほどの財産はございませんし……」
「そう。では、私のお金を使うべきだったという理由にはならないわね」
セシリアは顔を赤くした。
エレオノーラは、さらに続けた。
「それに、あなたはサルヴィ商会を紹介したそうね。だったら、あの商会が何を運んでいたのか、もう少し詳しく知っているのではないかしら」
「私は紹介しただけですわ。実際の仕事のことまで、全部知っているわけではありません!」
「それなら、なおさら私のお金が必要だったなどと言い切れないでしょう?」
セシリアは黙り込んだ。
いつものように愛想よく笑ってごまかそうとしても、今日はまったく通用しなかった。
アルベルトは、とうとう怒鳴り始めた。
「セシリア、余計なことを言うな! もう部屋へ戻っていろ!」
「でも旦那様、私はお姉様に分かっていただこうと思って……」
「いいから下がれ!」
セシリアは不満そうに唇を尖らせたが、それ以上逆らうことはできなかった。
彼女はエレオノーラを睨みつけてから、部屋を出ていった。
エレオノーラは夫へ向き直った。
「あなた、私が言いたいことはお分かりいただけましたね。私のお金を返してください。そして、私の名前で署名したのが誰なのか、明らかにしてください」
「金のことなら、あとで家令に確認させる!」
「では、いつまでに返していただけるのですか?」
「だから、今すぐには分からんと言っているだろう!」
エレオノーラは夫が怒鳴っても態度を変えなかった。
「分かりました。それなら、兄上に相談いたします。今後のお金の管理についても、王家に確認していただくつもりです」
アルベルトは慌てた。
「待て! そこまでする必要はないだろう! 公爵家の金について、国王陛下にまで口を出していただくつもりか!」
「これは公爵家の金ではありません。私の財産です。あなたに任せておくわけにはいかないから、兄上に相談するのです」
エレオノーラは立ち上がり、夫の顔を見た。
「これまで私は、あなたを夫として信頼してきたつもりです。でも、今日のお話を聞いて、これ以上信頼するのは難しいと分かりました」
「エレオノーラ、お前は何を言い出すつもりだ?」
「今は、お金のことをきちんと調べるだけです。それが済んだら、私たちのこれからについても考えなければならないと思っています」
アルベルトは妻の顔を見つめた。
これほどはっきり自分に逆らうエレオノーラを、今まで見たことがなかった。
しかも、国王の名前まで出てきた。
王妹であるエレオノーラとの婚姻は、アルベルトにとって大きな意味を持っていた。王家とのつながりがあるからこそ、公爵家の信用も高まっていたのである。
もし国王が今回の件に介入すれば、ただでは済まないかもしれない。
「エレオノーラ、少し落ち着いて話し合おうではないか。私たちは夫婦なのだぞ」
「私は落ち着いてお話ししています。あなたが怒鳴っているだけですわ」
アルベルトは、また言葉に詰まった。
「あなたが私の財産を勝手に使っていないというのなら、何に使ったのか説明してください。それができないのであれば、お金を返していただきます」
エレオノーラは卓の上に残っていた書類をまとめた。
「それから、私の名前を使って署名した者についても、必ず調べていただきます。これ以上、私の財産を勝手に使わないでください」
アルベルトは何も答えなかった。
エレオノーラは夫を残し、部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
エレオノーラが出ていったあと、アルベルトはしばらくその場に立っていた。
床には、先ほど自分が破り捨てた紙が散らばっている。
怒りに任せて破ったものの、本物の書類はすでに王宮へ届けられているという。
アルベルトは家令を呼びつけた。
「おい、どうなっているのだ! エレオノーラが署名のことで騒いでいるぞ!」
「申し訳ございません。奥様は、ご自分で署名した覚えがないとおっしゃっております」
「そんなことは分かっている! いったい誰があの書類を作ったのだ!」
家令は困った顔をした。
「その点につきましては、現在確認しているところでございます」
「今すぐ調べろ! エレオノーラが国王陛下へ相談するなどと言い出したのだぞ!」
「承知いたしました。ただ、奥様はすでに書類を王宮へ届けておられます。今後、王宮から説明を求められることも考えられますが……」
「そんなことは分かっておる! だから早く調べろと言っているのだ!」
家令は頭を下げ、急いで部屋を出ていった。
アルベルトは椅子へ腰を下ろした。
妻が金の使い道に不満を持っている程度なら、適当になだめれば済むと考えていた。
ところが、今回は違う。
エレオノーラは本人が署名した覚えのない書類を王宮へ届け、国王に調べてもらうつもりらしい。
そうなれば、公爵家の金の使い道まで明らかにされるかもしれない。
「まったく、余計なことをしおって……」
アルベルトは腹立たしそうに卓を叩いた。
しかし、いくら怒ったところで、書類が戻ってくるわけではなかった。




