第3話(後編1)――「恩師との別れ」
やがて、レオンは部屋の入口で待つ護衛たちのことを思い出した。
すでに相当な時間が経っている。地下10階から地上へ戻るにも時間がかかるため、これ以上長居をすれば、領地の管理官たちにも心配をかけることになる。
「爺さん、そろそろ帰らないといけない。外には護衛も待っているし、領地の仕事も残っているんだ」
「そうか。子爵様は忙しいものだな。昔のように、客が来るまで茶を飲んでいるわけにもいかんか」
「爺さん、その言い方だと、私が日本で仕事をさぼっていたみたいじゃないか」
「さぼっていたとは言っておらん。客がいない時間には、しょっちゅうわしに占いを教えてくれと頼んでおっただろう」
「そうだったな。あのころは少しでも早く仕事を覚えたかったんだよ」
レオンが立ち上がると、老人も椅子を離れた。
「今日の話は、わしも整理しておこう。お前の身体適応については、今までの経験だけでは分からんことが多い。こちらでも調べてみるから、また来るといい」
「それはありがたいけど、次はいつ扉が開くんだ? 今回は昨日の占いで今日の夕方に開くと分かったけど、毎日同じように開くとは限らないんだろう?」
「そうだな。お前の占術で、また開く時刻を調べてみろ。わしの方でも、次に訪ねてこられそうな時期を確かめておこう。ただし、無理に扉を壊そうとするなよ」
「そんなことはしないよ。鉱夫たちにも、勝手に掘り進めないよう指示してあるから安心してくれ」
老人は卓の上のカードをまとめ、最初にレオンが見つけた「愚者」のカードを手に取った。
「こいつは、今日は役に立ったな。お前がこれを見つけてくれなかったら、せっかく扉が開いても、そのまま帰ってしまったかもしれん」
「爺さんも、なかなかやるじゃないか。私に分かるものを置いておいたわけだな」
「昔の弟子に気付いてもらうには、これが一番だと思ったんだよ。もっとも、カードを見つけたからといって、お前がここまで来るとは限らなかったがな」
老人はカードを木箱へ戻した。
「次に来た時には、時間の移動についてもう少し詳しく話そう。その前に、お前自身もよく考えておくんだ。38歳の真理子へ戻って、本当に何をしたいのかをな」
「もう決めているよ。修一と沙也香の浮気をきちんと調べて、離婚の条件を自分で決める。そのためなら、今度は必要な金も使うし、人にも頼るつもりだ」
「それなら、わしも少しは力になれるかもしれんな。ただし、昔と同じように、何でもわしに相談すれば済むと思うんじゃないぞ」
「分かっているよ。爺さんには、占いを教えてもらっただけでも感謝しているんだ。それに、今日ここで会えただけでも嬉しかったよ」
老人はレオンの言葉を聞き、少し照れくさそうに笑った。
「そういうことは、あまり真面目な顔で言うものじゃない。わしも年寄りだからな。弟子にそんなことを言われると、どう返せばいいか困るじゃないか」
「爺さんにも苦手なことがあるんだな」
「あるとも。特に、お前のように口の達者な弟子を相手にするのは苦手だよ」
レオンは笑いながら、老人に別れを告げた。
部屋の入口まで来ると、石の扉はまだ開いたままだった。外では護衛の隊長たちが待機しており、レオンの姿を見つけると近づいてきた。
「子爵様、ご無事で何よりでございます。中の調査は終わりましたか?」
「ああ。部屋の奥には、以前から私が知っている老人がいたんだ。危険な人物ではないし、少し事情を聞くこともできた。ただ、この場所にはまだ分からないことが多いから、勝手に調べたり、道具を動かしたりしないようにしてほしい」
隊長は、部屋の中に人がいたことに驚いたようだった。
「その老人は、こちらへ出てこられるのでしょうか。必要であれば、我々がお話を伺うこともできますが」
「今のところは必要ないよ。本人もここを離れる予定はないようだ。私がまた会いに来るから、それまでは周囲の警備を続けてくれ」
隊長は了承した。
レオンは、部屋の中で老人が日本語を話していたことや、自分の前世を知っている人物であることまでは伝えなかった。護衛たちに説明するには、あまりにも込み入った事情だったからだ。
レオンが扉から離れてしばらくすると、石壁の奥から再び重い音が聞こえてきた。
振り返ると、開いていた扉がゆっくりと閉まり始めていた。
鉱山技師は慌てて扉の動きを確かめようとしたが、レオンは近づかないよう指示した。
左右の石は、開いた時と同じように一定の速さで動いている。やがて中央の継ぎ目が合わさり、最後には細い線を残すだけになった。
「見事なものですね。あれほど大きな石を動かしているのに、周囲の岩盤には何の異常もありません。やはり普通の建造物ではございませんな」
鉱山技師は感心したように石壁を眺めた。
レオンも改めて【探索Ⅱ】を使ってみたが、閉じた扉の向こう側を詳しく調べることはできなかった。能力が強化されたとはいえ、この石壁にはまだ分からないことが多いらしい。
「このままの状態で残しておいてくれ。次に扉が開く時刻は、私が占ってみる。周囲の採掘についても、石壁へ影響が出ない範囲で続けてほしい」
「承知いたしました。ここへは関係者以外を近づけず、引き続き見張りを置きます」
レオンは石壁をもう一度見てから、護衛たちとともに地下10階を離れた。




