第3話(中編2)――「二つの姿と前世の因縁」
レオンは老人の説明を聞き、まだ確かめるべきことが多いと理解した。
それでも、こちらの世界で占術が的中するたびに身体適応が進み、さまざまな能力を獲得してきたことを考えると、今後さらに新しい能力を得られる可能性はある。
「爺さん、今は無理でも、そのうち私が姿を変えられるようになるかもしれないってことか?」
「可能性はあるな。身体が別の世界や時代へ適応できるようになれば、今のお前と昔のお前、どちらの姿も扱えるようになるかもしれん」
「そうなったら面白いな。日本へ帰る時は真理子の姿で生活して、必要な時にはレオンにもなれるわけだ」
老人はその言葉を聞き、愉快そうに笑った。
「お前、今度は何を企んでおる? 男前になったことを、随分気に入っているようじゃないか」
「別に悪いことを考えているわけじゃないよ。ただ、せっかくこれだけ若くなったんだから、日本でもこの姿で歩いてみたいだろう。38歳の真理子に戻ったとしても、18歳のレオンになれるなら、ずいぶん便利じゃないか」
「便利には違いないな。だが、姿を変えられるようになったからといって、何をしてもよいわけじゃないぞ」
「爺さん、まだできると決まったわけでもないのに、もう説教かよ」
「お前の顔を見ておると、先に言っておいた方がよさそうだからな」
老人は声を上げて笑った。
レオンも、つられて笑ってしまった。
もし本当に2つの姿を使い分けられるようになれば、前世では考えられなかったことができるだろう。
だが、今はまだ想像にすぎない。レオンは鏡から離れ、老人とともに卓へ戻った。
卓へ戻ったレオンは、しばらく考えたあと、もう1つ話しておきたいことがあると切り出した。
「爺さん、実はこの世界でも、前世の修一と沙也香に関係する問題が起きているんだ」
老人は不思議そうな顔をした。
「前の夫と愛人の話か。さっきは日本での離婚が悔しいと言っておったが、こちらの世界でも何かあったのか?」
「信じられないかもしれないけど、あの2人がこちらの世界にもいるんだよ。名前も姿も違うけど、私が修一と沙也香だと分かった相手がいるんだ」
老人はレオンの顔を見つめた。
「お前だけでなく、あの2人まで別の世界へ来ているというのか。それはまた、随分妙な話じゃないか」
「私だって最初は驚いたよ。前世で散々な目に遭わされた2人と、まさかこちらの世界でも関わることになるなんて思わなかったんだからな」
レオンは、アルベルト・フォン・グランツ公爵と第二夫人セシリアのことを話した。
アルベルトは王国でも有力な貴族であり、セシリアはその第二夫人として公爵邸で暮らしている。しかも、公爵の正妻は、レオンが愛しているエレオノーラである。
老人は途中から呆れたような顔になった。
「待て待て。お前の前の夫が、こちらでは公爵になっているのか。しかも、前世で浮気相手だった女まで第二夫人になっている。そのうえ、お前が愛している女性は、その公爵の正妻だというんだな?」
「そういうことだよ」
「お前、随分ややこしいところへ入り込んだものだな。わしは昔から、人間関係の相談を随分受けてきたが、ここまで込み入った話は聞いたことがないぞ」
「私だって好きでこんな関係になったわけじゃないよ。エレオノーラを好きになったのは、彼女が公爵の妻だと知る前なんだから」
「それはさっき聞いた。しかし、以前の夫と浮気相手が、また夫婦同然の関係で暮らしておるとはな。わしなら、顔を見た途端に引き返したくなるところだ」
老人はそう言って笑ったが、レオンの話はまだ終わっていなかった。
レオンは、アルベルトがローデン領の金銀に関心を持っていることや、王軍との取引に使う荷車が妨害されたこと、そして、その輸送に関わったサルヴィ商会がセシリアの紹介によるものだったことを説明した。
ただし、軍務局の調査はまだ続いており、公爵夫妻が不正を命じたという証拠は得られていなかった。
「サルヴィ商会の者が荷物をすり替えようとしたことと、車軸に細工したことは確認できた。現場の男たちも捕まっている。でも、それをアルベルトやセシリアが命じたかどうかは、まだ分かっていないんだ」
レオンは、エレオノーラの財産からサルヴィ商会へ不審な支払いが行われていたことも説明した。
彼女自身は承認した覚えがないのに、公爵家の会計では本人の承認を得た支出として処理されているらしい。
老人は話を聞き終えると、腕を組んだ。
「なるほど。今のお前には、日本へ帰ることより先に片付けなければならん仕事があるわけだな。王軍の物資を妨害するなど、単なる商人同士の争いでは済まんだろう」
「そうなんだ。しかもエレオノーラの財産まで関係している。もし本人の承認もなく金を使っていたのなら、きちんと返してもらわなければならない」
「それなら、まず証拠を調べることだ。相手が前の夫だったからといって、それだけで罪人にするわけにはいかん。公爵本人が何をしたのか、今の世界で確かめなければならんぞ」
「もちろん、そのつもりだよ。私は軍の輸送妨害について調べるし、エレオノーラは自分の財産について調べている。誰が何をしたのか分かれば、国王にも正式に報告するつもりだ」
老人は、その答えに納得したようだった。
「なら、わしから口を出すことはない。お前の力も立場も、こちらの世界で築いたものだ。どう使うかは自分で考えるといい」
レオンは卓の上に置かれていたタロットカードへ目を向けた。
最初にこの部屋を見つけた時、隙間から見えたのは「愚者」のカードだった。日本の占い店では何度も扱ったことがあるが、今は以前とは違う意味を持つものに思えた。
自分がどこへ向かうのか分からないまま、別の世界へ来てしまった。しかし、そこで暮らしてきた2年間に、家族も領地も大切な女性も手に入れた。
もう、夫に押し切られて離婚届を出すしかなかったころの真理子ではない。
「爺さん、私はまず、こちらの世界で決着をつけるよ。アルベルトとセシリアが何をしたのか、きちんと調べて、罪があるなら責任を取らせる。そのあとで日本へ戻る方法を考えたい」
「それがよかろう。何より、お前が愛している女性も困っているんだろう。昔の男のことより、まずは今の相手を大切にしてやれ」
「分かっているよ。エレオノーラを大切にすることは、私にとって一番大事なことだからな」
老人は茶碗を持ち上げ、笑った。
「それにしても、日本で夫に裏切られた女が、異世界で立派な貴族になって、今度は過去の日本へ戻ろうとしておる。もし本当に38歳へ戻れたら、修一という男も驚くだろうよ」
「驚かせるだけじゃ済ませないつもりだよ。今度はちゃんと証拠を集めて、取るべきものは取る。10万円で追い払えると思っていたあいつに、離婚の条件を決めるのは私だって分からせてやるんだ」
「大した意気込みだ。昔のお前に聞かせてやりたいものだな」
「今の私が昔の私なんだから、聞かせる必要はないだろう」
「そうだったな。男になったせいか、口まで達者になりおった」
2人はまた笑い合った。




