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48歳バツイチ占い師、異世界の貧乏士族の倅になる ~占いを当てるほど強くなる16歳の成り上がり~  作者: ひまえび
第三章――「二つの世界の復讐」

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第3話(前編1)――「日本へ帰る道」

 しばらく話していると、入口の方から護衛の隊長がレオンを呼ぶ声が聞こえた。


「子爵様、ご無事でしょうか。中へ入られてから随分時間が経っておりますので、念のためお声をかけました」


 レオンは椅子を離れ、部屋の入口へ向かった。


「大丈夫だよ。中に人がいて、話をしていたんだ。危険なことは起きていないから心配しなくていい。ただ、まだ聞きたいことがあるから、もう少し待っていてくれ」


「承知しました。扉は今のところ開いたままでございます。何か異常がありましたら、すぐにお知らせいたします」


「頼む。私も扉の様子には気を付けるよ」


 隊長は了承し、兵たちのもとへ戻った。


 レオンは老人のいる場所へ戻りながら、今の会話がこちらの世界の言葉だったことに改めて気付いた。


 老人とは先ほどから日本語で話している。久しぶりに使う日本語なのに、言葉を思い出そうとする必要はなかった。高瀬真理子として身につけた言葉も、レオンの中にそのまま残っていたのである。


 老人も興味深そうにレオンを眺めた。


「外にいるのは、お前の家来か? こちらの言葉で話していたようだが、日本語も忘れておらんのだな」


「ああ。外にいるのは迷宮の護衛をしている兵たちだよ。私が急にいなくなったら困るから、入口で待ってもらっているんだ。こちらの世界の言葉は最初から分かったし、日本語も忘れていない。レオンとして16年間生きてきた記憶と、日本で暮らしていた記憶の両方があるんだ」


「なるほど。身体が変わっても、昔の記憶はそのまま残っているわけか。不思議な話だが、わしにもその仕組みまでは分からんな」


「私だって分からないよ。ただ、こちらの世界で暮らすには困らなかったし、家族との思い出もあったから助かった。もし日本の記憶だけで、突然16歳の少年になっていたら、もっと苦労していたと思う」


「そうだろうな。何も知らない世界で暮らし始めるだけでも大変なのに、言葉も家族も分からなければ、途方に暮れていたかもしれん」


 老人はレオンが席へ戻るのを待ち、茶を注ぎ足した。


「ところで、お前はこれからも、こちらの世界で暮らしていくつもりなのか?」


 レオンは少し考えた。


 日本へ戻る方法など、今まで現実的に考えたことはなかった。戻る手段が分からない以上、こちらの世界で生きていくしかないと思っていたからだ。


 しかし、今は領地もあり、家族もいる。エレオノーラという心から愛する女性にも出会った。


「今のところ、こちらで暮らしていくつもりだよ。日本へ戻る方法なんて分からなかったし、何より今の生活を捨てる気にはなれないんだ。父さんも母さんも妹もいるし、エレオノーラとの将来だって考えている。領民たちの暮らしにも責任があるからな」


「そうか。こちらにも、大切なものができたわけだな」


「ああ。最初は何も分からない世界だったけど、今じゃ私の家はここなんだ。せっかく築いてきた生活を、簡単に手放すつもりはないよ」


 老人はレオンの話を聞き、満足そうな表情を浮かべた。


「それなら、わしが心配することもなさそうだ。昔のお前は、自分の暮らしを立て直すだけでも精一杯だったが、今はほかの者の生活まで考えられるようになったんだからな」


「でも、まだやり残していることもあるんだよ」


 レオンは、ふと前世のことを思い出した。


 老人はその様子を見て、日本での暮らしが気になっているのかと尋ねた。


「お前がわしの店へ来た時、どんな顔をしていたか覚えておるからな。離婚のことは、なかなか気持ちの整理がつかんようだった。仕事を覚えて少し元気になったころでも、時々思い出しては腹を立てておっただろう」


「そうだったな。爺さんにもずいぶん愚痴を聞いてもらったよな。あのころは話を聞いてくれる人も、あまりいなかったから」


「客の相談を受ける仕事なのに、自分の相談は店主に持ち込むんだから、困った弟子だったよ。もっとも、あれだけのことがあれば、誰かに話したくなるのも無理はないがな」


 老人は茶碗を置き、レオンの顔を見た。


「もう10年も前の離婚だったのに、お前は随分悔しがっておった。慰謝料もほとんど取れず、その後の生活でも苦労した。今はそういう心配がなくなったようだが、あの時のことはまだ忘れておらんのだろう?」


「忘れられるわけがないよ。あの2人のせいで、私の人生は随分変わってしまったんだからな」


 レオンは、前世の夫と不倫相手の顔を思い浮かべた。


 夫の高瀬修一と、その愛人だった水野沙也香である。


 2人は真理子を裏切っただけでなく、離婚の際にも自分たちの都合を優先した。真理子は十分な証拠を集めることもできず、ほとんど言いなりになる形で婚姻を終わらせてしまった。


 当時はその後の生活を立て直すだけで精一杯だったが、今のレオンには財産も能力もある。もし、あのころへ戻ることができたら、同じような結末にはならないだろう。


 しかし、過ぎてしまった時間をやり直すことなどできるはずがないと、これまでは考えていた。


 老人はレオンの話を聞き、しばらく考えていた。


「真理子、お前は今の暮らしが幸せだと言ったな。それなら、その幸せを大事にすることだ。昔のことに腹を立てるのは構わんが、今の自分まで台無しにしてはいかんぞ」


「分かっているよ。私は今の生活を捨てるつもりなんてない。エレオノーラとの将来だって考えているし、領地の仕事も続けたい。でも、あの2人に何も言えなかったことだけは、今でも悔しいんだ」


「なるほど。そこまで気にしているなら、少し考えてみてもよさそうだな」


 老人はそう言うと、本棚から1冊の古い本を取り出した。


 表紙には、レオンの知らない文字が書かれていた。こちらの世界で使われている文字とも違うようで、何と書かれているのか分からない。


 老人は本を卓へ置き、何ページかをめくった。


「爺さん、その本には何が書いてあるんだ? この世界の文字とも違うようだけど」


「世界の境について、わしが調べてきたことを書き留めたものだ。まだ分からんことも多いが、少なくとも、お前が思っているほど道がないわけではない」


 レオンは老人の顔を見た。


「世界の境というのは、さっき話していた、日本とこの世界をつなぐ道のことか?」


「そうだ。お前は今まで、こちらの世界へ来たら二度と日本には戻れないと思っていたんだろう。だが、わし自身が別の世界へ渡った経験を持っている以上、道が存在しないわけではない」


「それなら、日本へ戻ることもできるのか? 私がこちらへ来た理由も、その道と関係があるのかもしれないな」


「お前がこちらへ来た理由については、わしにも分からん。ただし、世界の境を越える方法については、少しは教えてやれることがある」


 老人は本を閉じ、レオンへ向き直った。


「そこで聞いておきたいんだが、もし日本へ帰る道が見つかったら、お前は行ってみたいと思うか?」

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