第2話(後編2)――「爺さんの占い指南」
話が一段落したところで、老人は卓の上に置かれていたタロットカードを手元へ引き寄せた。
「ところで、お前の占いの腕がどれほど上がったのか、少し見せてもらおうか。話を聞くだけでも面白いが、実際にどんな力を使っているのか確かめてみたい」
「占いなら、こちらの世界へ来てから何度も使っているよ。さっきも扉が開くところを当てたじゃないか」
「それは聞いた。しかし、お前がどうやって未来を見ているのかまでは分からん。せっかく久しぶりに会えたんだから、昔のように少し練習してみようじゃないか」
老人はカードを混ぜ、卓の上へ伏せて置いた。その手つきを見ていると、日本の占い店で練習していたころのことが思い出された。
「爺さん、昔と同じだな。客がいない時間になると、よく私に練習させていたよな」
「覚えておるなら結構。もっとも、今のお前には普通のカード占いでは物足りんだろう。まずは、さっき強くなったという探索の能力を見せてもらおうか」
老人は卓の端に置かれた木箱から、小さな金属の輪を取り出した。
飾り気のない古い輪で、特別な価値があるものには見えなかった。
「わしがこれを部屋のどこかへ隠すから、見つけてみろ。ただし、隠すところを見てはいかんぞ。昔のお前なら、こういう時にもカードを何枚もめくって悩んでおったな」
「分かったよ。今は【探索Ⅱ】が使えるから、隠した場所を見つけられるか試してみよう」
レオンは老人に背を向け、目を閉じた。
老人が椅子を引き、本棚の方へ歩いていく音が聞こえた。しばらくすると足音が戻ってきて、もう振り返ってよいと告げられた。
「さあ、見つけてみろ。わしがどこへ隠したのかは教えんぞ」
レオンは部屋の中を見渡し、【探索Ⅱ】を使った。
最初は卓や椅子、本棚といった家具の位置が普段より詳しく分かる程度だったが、意識を集中していくと、本棚の一部に違和感を覚えた。
下から3段目に並んだ本のうち、茶色い背表紙の本がわずかに手前へ出ている。その奥には、周囲の木材とは異なる小さな金属製のものがあるらしい。
レオンは本棚へ近づき、茶色い本を取り出した。
その奥には、老人が隠した金属の輪が置かれていた。
「これだろう。下から3段目の、本の後ろにあったよ」
レオンが金属の輪を差し出すと、老人は感心したように受け取った。
「ほう。そこまで分かるのか。わしが教えた占いでは、こんなに簡単に探し物を見つけることはできなかったぞ」
「今回は占いじゃなくて、探索の能力を使ったんだ。さっき【探索Ⅱ】に強化されたばかりだけど、以前より細かな違いまで分かるようになっている。もちろん、何でも見つけられるわけじゃないけどな」
「なるほど。占術の的中をきっかけに、別の能力が強くなるわけか。お前の話を聞いて、少し仕組みが分かってきたよ」
老人は金属の輪を木箱へ戻し、今度は椅子に腰を下ろした。
「それなら、次は未来を見せてもらおう。明日のわしの行動を占ってみてくれ」
「明日の行動と言っても、爺さんは何をするつもりなんだ?」
「まだ決めておらん。朝になってから考えるつもりだ。だからこそ、お前にはどこまで見えるのか確かめてみたい」
レオンは老人の顔を見ながら、これまでの占術について考えた。
未来の光景が見えることはあっても、そのとおりに出来事が起きるとは限らない。本人の判断や周囲の事情によって結果が変わることもあり、まだ予定を決めていない相手の行動は、はっきり見えない場合があった。
それでも試しに翌日の老人の様子を占ってみると、卓に向かって何かを書いている姿が一瞬だけ現れた。しかし、何を書いているのか、いつの出来事なのかまでは分からなかった。
「爺さんが机に向かって、何かを書いているところは見えたよ。でも、時間も書いている内容も分からなかった。これじゃ、明日のことかどうかも確信できないな」
「それで十分だ。見えなかったところまで無理に言い当てようとしないのは、昔と同じだな」
「だって、分からないものは分からないだろう。爺さんにもそう教わったんだから」
老人は満足そうに笑った。
「なら、もう少し問いを絞ったらどうなるか考えてみろ。明日の朝なのか昼なのか、書き物をしているのはこの部屋なのか、それとも別の場所なのか。知りたいことをはっきりさせれば、もう少し詳しい結果が得られるかもしれん」
レオンには思い当たることがあった。
昨日、迷宮の石壁を占った時も、最初は向こう側の様子が見えなかった。ところが扉が開く時刻に問いを絞ると、翌日の夕方に石壁が動く光景を確認できたのである。
「確かにそうだな。今までも、何を知りたいのかはっきりさせた方が、結果が見えやすかったよ」
「それだけ力があるなら、なおさら使い方を考えなければならん。便利だからといって、何でも占いだけで決めようとするのは危ないぞ」
老人は卓の上のカードをそろえながら続けた。
「例えば、誰かに騙されそうになったとしても、占いで見えたことだけを証拠にして相手を責めるわけにはいかんだろう。実際に何が起きたのか調べる必要がある。未来に危険が見えたなら、それを避けるために行動すればよいんだ」
レオンは、先日発覚した王軍への納入妨害を思い出した。
占術では荷車の車輪に異常が起きる光景が見えたが、誰が細工をするのかまでは分からなかった。そこで家臣や御者に警戒させ、現場で実行犯を捕らえることができたのである。
「実は、つい最近もそんなことがあったんだ。王軍へ納める荷車が途中で故障するところを占いで見たから、家臣たちに注意してもらった。そうしたら、本当に車軸へ細工していた男が捕まったんだよ」
「それなら、占いをうまく使えたわけだな。危険を予知しただけで満足せず、実際に防ぐための手を打ったんだから」
「ただ、誰が命じたのかまでは分かっていないんだ。今は軍務局が調査しているところだよ」
「それでいい。占いが当たったからといって、分からないことまで勝手に決めつけなければよい。お前が今の立場で誰かを疑えば、その影響も大きいだろうからな」
レオンは苦笑した。
「爺さん、結局、私が男になって子爵になっても、昔と同じように説教するんだな」
「当たり前だろう。身分が変わったからといって、教えたことまで忘れていいわけじゃない。それに、お前が立派な貴族になったからと遠慮していたら、師匠として面白くないじゃないか」
「まったく、そういうところは少しも変わらないな」
「お前だって、昔から負けず嫌いなところは変わっておらん。顔と身体が変わっても、弟子は弟子だよ」
老人はそう言って笑った。
レオンもつられて笑ってしまった。
以前なら、占い店の休憩時間に交わしていたような会話だった。場所も姿もまるで違うのに、老人と向かい合っていると、日本で仕事を覚えていたころの記憶が自然によみがえってくる。




