第2話(後編1)――「18歳の子爵になった弟子」
レオンは、自分がレオン・ローデンという16歳の少年として目覚めたことから話し始めた。
この世界で暮らしてきた少年の記憶が残っていたため、家族のことも言葉も自然に分かったが、日本で高瀬真理子として生きていた記憶も失われていなかった。
最初は貧しい士族の家で、日々の暮らしを少しでも良くするために占術を使った。やがて能力が増え、領地の仕事や魔物との戦闘にも役立てられるようになったという。
老人は途中で話を遮らず、分からないところだけを確かめながら聞いていた。
「占いが当たるたびに能力が増えていくというのか。剣を扱えるようになったり、危険を察知できるようになったりするわけだな」
「そうなんだ。軍の仕事をしているうちに、兵の指揮にも役立つ能力を覚えたし、鑑定や探索もできるようになった。今日だって扉が開くところを当てたら、【探索Ⅰ】が【探索Ⅱ】に強化されたんだ」
「占いを教えたつもりが、ずいぶん物騒な弟子になったものだな。剣を持って迷宮へ入るなんて、日本にいたころのお前からは想像もできん」
「仕方ないだろう。この世界には魔物がいるんだぞ。占いだけしていれば安全に暮らせるわけじゃない。私だって何度も危ない目に遭ったんだからな」
「そうか。それでも生き延びて、ちゃんとここまで来たわけだ。なら、剣の腕も多少は上がったんだろう」
レオンは魔物の討伐で兵を率いたことや、国王から特任士官に任じられたことを話した。さらに、迷宮で金銀が採掘できるようになり、その功績などを認められて子爵になったと説明すると、老人は目を丸くした。
「子爵だと? お前、貴族にまでなったのか」
「そうだよ。今じゃ領地もあるし、工房も増やしている。王軍へ鉄製品を納める仕事まで始めたんだ」
「こいつは驚いた。日本では生活費を稼ぐのに苦労していた女が、こちらでは領地持ちの貴族か。しかも18歳で。ずいぶん景気のいい話じゃないか」
「景気がいいところだけ聞けばそう思うだろうけど、ここまで来るのは大変だったんだぞ」
「分かっておるよ。何もせずに子爵になれるほど、世の中は甘くない。お前が苦労したことくらい、今の話を聞けば分かる」
老人は茶碗を手に取り、愉快そうに笑った。
「しかし、昔のお前に教えてやりたいな。『もう少し頑張れば、18歳の男前になって金山を持てるぞ』とな。さぞかし驚くだろう」
「そんな占いをする爺さんがいたら、絶対に信用しないよ」
「だろうな。わしだって、そんなことを言う占い師がいたら店から追い返す」
2人は声を上げて笑った。
レオンにとって、前世の自分を知る相手と話すのは初めてのことだった。こちらの世界でレオンとして暮らしている間、日本で48年間生きた記憶を誰かに詳しく話す機会はほとんどなかった。
家族にも家臣たちにも深い愛情と信頼を感じているが、高瀬真理子として過ごした人生まで理解してもらうのは難しい。そうした事情を改めて説明しなくても、老人は昔の真理子を知っていた。
老人はレオンの顔を眺め、感慨深そうに話した。
「それにしても、随分いい顔になったな。昔は客がいなくなると、これから先どうやって暮らしていくか心配しておっただろう。今は、そんな心配をしている顔には見えん」
「まあ、金の心配はあまりなくなったよ。領地の仕事は忙しいけど、家族も元気だし、生活はずいぶん良くなったからな」
「家族というのは、こちらで生まれた家の者たちか?」
「ああ。父さんと母さん、それに妹がいる。最初に目覚めた時は知らない家族だと思って驚いたけど、今じゃ本当の家族だよ。みんな大事にしたいと思っている」
「それならよかった。お前は昔から、自分のことよりほかの者の心配をしているところがあったからな。今は家族を養えるだけの力もあるわけだ」
「私だって自分のことは大事にしているよ。せっかく若返ったんだから、今度こそ楽しい人生を送りたいしな」
老人はそこで、思い出したように笑った。
「ところで、男前になったのなら、女にも随分もてるんじゃないのか? 日本では夫の浮気で散々な目に遭ったお前が、今度は若い男になっているんだ。どんな暮らしをしているのか、気にならん方がおかしい」
「爺さん、今度はそっちの話かよ」
レオンは苦笑したが、老人にはエレオノーラのことも聞いてほしかった。
「実は、心から愛している女性がいるんだ。エレオノーラという人で、初めて会った時から好きになった。美しいだけじゃなくて、気品もあるし、自分の考えをしっかり持っている。人の言いなりになるような女性じゃないんだ」
「お前の方から惚れたんだな。それほど気に入った女性なら、ぜひ大事にしてやれよ。もっとも、そこまで嬉しそうに話すからには、相手もお前の気持ちを知っているんだろう?」
「もちろんだ。彼女も私を愛してくれている。今の私には、何より大切な人だよ」
「結構なことじゃないか。ところで、そのエレオノーラという人は、どんな家の娘なんだ?」
「国王の妹なんだ」
老人は茶を飲もうとしていた手を止めた。
「国王の妹だと? お前はまた、とんでもないところへ手を伸ばしたものだな。貴族になっただけでは飽き足らず、王族の女性にまで惚れたというのか」
「私だって最初から身分を知っていたわけじゃないんだよ。好きになった時には、ただ美しい女性だと思っていたんだから」
「いやはや、わしの弟子も大したものだ。若返って貴族になったばかりか、王様の妹にまで惚れられるとはな。日本で占い店に来た時には、想像もできなかった話だよ」
老人は笑っていたが、レオンはエレオノーラの置かれている事情についても説明しておくことにした。
「ただ、彼女は今、公爵の正妻なんだ。夫との間に問題があって、最近は自分の財産についても不審な支出が見つかっている。私も相談を受けたけど、詳しい事情はまだ分からないから、彼女自身が調べているところなんだ」
老人は話を聞き、笑みを収めた。
「なるほど。お前が惚れた相手にも、簡単には片付かん事情があるわけだな」
「そうなんだ。でも、私は彼女を本気で愛している。今の結婚に問題があるから好きになったわけじゃない。最初に会った時から、ずっと気持ちは変わっていないんだ」
「分かったよ。そんな顔をして説明せんでも、お前の気持ちは伝わっておる」
老人は茶を飲みながら、少し考えてから続けた。
「それなら、相手のことも大切にしてやれ。お前が幸せにしてやりたいと思うのは結構だが、本人にも自分の考えや望みがあるだろう。その女性が何を選ぶのか、きちんと聞いてやることだな」
「もちろん、そのつもりだよ。エレオノーラは自分の人生を自分で決められる女性だ。私も、彼女の気持ちを大事にしたいと思っている」
「なら、わしから言うことはない。どうやら昔より、ずいぶん頼もしくなったようだな」
老人は満足そうに笑い、空になったレオンの茶碗へ茶を注ぎ足した。




