第2話(前編1)――「地下10階の古い扉」
ローデン領の迷宮では、地下10階でも採掘が進められていた。
以前、魔物の群れを討伐した際には、地下10階で金銀を多く含む鉱石や珍しい結晶が見つかっている。その後も鉱山技師たちが調査を続け、新しい鉱脈を発見するたびに採掘範囲を少しずつ広げていた。
ただし、地下10階は地上から遠く、鉱石を運び出すだけでも相当な人手が必要になる。レオンは採掘量を急に増やさず、通路の安全を確認しながら作業を進めさせていた。
その日の午前、領地の管理所で工房からの報告を確認していたレオンのもとへ、迷宮の採掘責任者から使者が訪れた。
「子爵様、地下10階で妙なものが見つかりました。鉱山技師が、ぜひ直接ご覧いただきたいと申しております。鉱石ではなく、人工的に造られたと思われる石壁だそうです」
使者の説明によれば、金銀を含む鉱脈を追って岩盤を掘り進めていたところ、奥から平らな石壁が現れたという。周囲の岩とは明らかに材質が違い、採掘用のつるはしを当ててもほとんど傷が付かなかった。鉱夫たちはどう扱えばよいか判断できず、その場所の作業を中断しているらしい。
レオンは報告を聞き、古い建造物が岩盤の中に埋まっている可能性を考えた。
「地下10階には、まだ調べていない場所が多いからな。現場を見てみよう。管理官、護衛の手配を頼む。それから、私が確認するまで石壁には手を出さないよう、採掘責任者へ伝えてくれ」
「承知しました。地下10階には引き続き守備隊を配置しておりますので、そちらにも連絡いたします。周囲の採掘を止めたことで作業が遅れるようでしたら、別の場所へ鉱夫を回すよう指示しておきましょう」
「そうしてくれ。正体の分からないものを見つけたからといって、無理に掘り進める必要はないよ」
管理官は迷宮の守備隊へ連絡を送り、護衛の準備を整えた。
午後になると、レオンは兵を連れて北の岩山へ向かった。
迷宮の入口には見張りの兵が立ち、鉱石を積んだ荷車が順番に出入りしていた。周囲には鉱石の選別場も設けられ、以前は人がほとんど近づかなかった場所が、今では領地の重要な生産拠点になっている。
地下へ下りる通路には必要な補強が施され、荷運びのために足場が整えられていた。それでも階段の多い場所や狭い通路は残っており、深い階層へ向かうほど慎重に進む必要がある。
レオンは途中で守備隊から警備状況を聞き、異常がないことを確かめてから地下10階へ向かった。
◇ ◇ ◇
地下10階では、以前の討伐で地竜と戦った広間の一角に、鉱夫たちの作業場所が設けられていた。
天井の高い広間には何本もの松明が立てられ、鉱夫たちが採掘した鉱石を選別していた。岩壁の近くには道具と木箱が並び、集めた鉱石を別の通路から地上へ運び出すための準備が進められている。
採掘責任者はレオンを迎えると、広間の奥にある作業を中断した場所へ案内した。
「こちらでございます。最初は大きな岩が埋まっているだけだと思ったのですが、掘り進めるうちに表面が平らなことに気付きました。さらに周囲の岩を取り除いたところ、石を組み合わせたような継ぎ目が見つかったのです」
そこには、幅が人の背丈の数倍もある灰色の石壁が露出していた。
周囲の岩盤にはつるはしで削られた跡が残っているが、中央の石壁だけは表面が滑らかで、岩の中に別の建造物を埋め込んだように見える。
鉱山技師が近づき、壁の端を指し示した。
「周りの岩は鉄のつるはしで削れますが、この部分には刃が立ちません。石の種類も違うようですし、表面には規則的な継ぎ目がございます。自然にできたものとは考えにくいのです」
レオンは、石壁がどこまで続いているのか尋ねた。
「左右の端を確認しようとしましたが、まだ全体の大きさは分かっておりません。上方にも続いておりますし、下の部分は岩盤に埋まったままです。無理に掘れば周囲が崩れる恐れもありますので、途中で作業を止めました」
「それで正解だよ。地下10階で天井や壁を崩したら、助けを呼ぶだけでも大変だからな。まずは、この石壁そのものを調べてみよう」
レオンは壁の近くへ進み、表面を手で確かめた。
周囲の岩より冷たく感じられるが、湿っているわけではない。細かな凹凸もほとんどなく、手のひらを動かしても引っかかるところがなかった。
そこで【鑑定Ⅱ】を使い、材質と構造を調べてみた。
周囲の岩盤については鉱物の違いや割れ目をある程度見分けられるのに、灰色の石壁は材料の性質をはっきり判断できなかった。それでも、人の手で加工されたものらしいことと、左右の継ぎ目が正確にそろっていることは分かった。
「これは鉱脈の途中にある普通の岩じゃないな。誰かが造ったものだと思う。しかも、かなり丁寧な仕事をしている」
「古い建物の一部でしょうか。周囲の岩盤に埋まっているところを見ると、相当な年月が経っているのかもしれません」
「その可能性はあるけど、今のところは分からないな。壁の向こうに空間があるのかどうか、もう少し調べてみよう」
レオンは【探索Ⅰ】も使い、石壁の周囲を確認した。
岩盤の亀裂や鉱夫たちが通った跡は分かるものの、石壁の向こう側については判断できない。【魔物察知Ⅱ】にも反応はなかったが、それだけで安全だと決めつけることはできなかった。
レオンは鉱山技師に、壁の継ぎ目を詳しく調べるよう頼んだ。
鉱山技師は細い鉄棒を使い、石の合わせ目に何かを差し込める場所がないか確かめていった。やがて、壁の右側で手を止めた。
「子爵様、こちらに隙間がございます。指先も入らないほど狭いのですが、奥まで続いているようです」
レオンが近づくと、確かに石の継ぎ目がわずかに開いていた。松明を近づけても奥まで十分な光は届かなかったが、隙間の位置に合わせて片目でのぞくと、向こう側の一部が見えた。
そこには薄明かりの差す空間があり、木製の卓らしいものが置かれていた。
レオンは立つ位置を変えながら、見える範囲を確かめた。迷宮の地下10階に木製の家具があるだけでも奇妙だったが、卓の上には、それ以上に気になるものが置かれていた。
小さな木箱に立てかけられた1枚のカードである。
カードには、旅人らしい若者と、その足元にいる犬が描かれていた。
レオンは見間違いではないかと思い、もう一度隙間をのぞいた。若者が荷物を持ち、崖の近くへ足を踏み出そうとしている構図は、前世の日本で使っていたタロットカードの「愚者」によく似ている。
真理子が勤めていた占い店には何種類かのタロットカードが置かれていたが、店主から占いを教わる時によく使っていた1組は、今でも絵柄を覚えている。
目の前にあるカードは、その時のものと同じように見えた。
「まさか……」
レオンが思わず声を漏らすと、護衛の隊長が近づいてきた。
「子爵様、何か見つかりましたか?」
「ああ。中に卓があって、その上に絵の描かれた札が置いてある。私が以前に見たものによく似ているんだ。こんな場所にあるとは思わなかったよ」
隊長も隙間をのぞこうとしたが、うまく見えなかったらしい。
「家具があるのでしたら、誰かが使っていた部屋かもしれません。入口を探してみましょうか」
「そうだな。ただ、無理に壊すのはやめておこう。人が出入りするために造られたものなら、開ける方法があるはずだ」
レオンは壁の中央にある継ぎ目へ目を向けた。
左右の石が中央で合わさる形になっており、その境目は下の方まで続いている。取っ手も鍵穴も見当たらなかったが、壁そのものが扉として動くように造られている可能性があった。
鉱夫の1人が、つるはしで周囲の岩を大きく削れば動くかもしれないと申し出た。しかし、レオンは首を横に振った。
「周囲を壊してしまえば、石壁まで傷めるかもしれない。それに、向こう側に何があるのか分からないんだ。今の状態を保ったまま、開ける方法を調べよう」
鉱夫たちは作業道具を片付け、レオンの指示を待った。
レオンはもう一度、細い隙間から室内をのぞいた。木の卓とカードは先ほどと同じ位置にあり、奥の様子までは確かめられない。
この世界へ来てから、日本で使っていた道具を見かけたことはなかった。まして、前世の占い店で使っていたものと同じ絵柄のカードが、迷宮の地下10階にあるなど考えもしなかった。
偶然にしては、あまりにも奇妙な発見だった。
レオンは石壁を調べるだけでなく、どうすれば向こう側へ入れるのか、占術で確かめることにした。




