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48歳バツイチ占い師、異世界の貧乏士族の倅になる ~占いを当てるほど強くなる16歳の成り上がり~  作者: ひまえび
第三章――「二つの世界の復讐」

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第1話(後編)――「妻が見つけた支払い」

 グランツ公爵邸では、月末になると各部門の収支をまとめた帳簿が作られ、必要に応じて公爵夫妻へ報告されることになっていた。


 エレオノーラ・フォン・グランツも、自分の持参金と王家から認められた所領の収入については、毎月欠かさず確認していた。婚姻によって公爵家へ入ったとはいえ、持参金やそこから生じる利益のすべてが夫の自由になるわけではない。公爵家の共通経費へ一定の金を充てることは認めていたが、それ以外の支出には用途の説明と本人の承認が必要だった。


 その日もエレオノーラは私室で帳簿を調べていたが、持参金の運用収入を管理する勘定から、公爵家の共通会計へまとまった金が移されていることに気付いた。同じ月に2件の支出があり、どちらも普段の生活費や屋敷の維持費とは別に処理されている。


 エレオノーラは前後の記載を確かめ、向かいに座っていた会計係へ帳簿を差し出した。


「この2件について、詳しい説明をしていただけるかしら。公爵家の共通会計へ移されたことは分かるけれど、私が認めている通常の経費とは違うようね。どのような目的で使われたお金なの?」


「こちらは公爵家の事業費に充てるため、共通会計へ繰り入れた金でございます。最終的な支出先は公爵家の財務担当が管理しておりますので、私の手元には詳しい記録がございません」


 エレオノーラは説明を聞き、該当する2件の日付と金額を別の紙へ書き写した。


 公爵家の会計は長年、アルベルトの家臣たちが管理しており、エレオノーラ自身もすべての事業に関与しているわけではない。夫の判断で進められる取引もあれば、家臣へ任されている支払いもあるため、会計係が詳細を知らないこと自体は不自然ではなかった。


 しかし、今回の金は彼女自身の財産から支出されている。持参金の運用収入は、所領の維持や今後の生活にも使う予定であり、用途の分からない支払いを放置するわけにはいかなかった。


「事業に必要な費用だったのであれば、その内容を確かめておきたいわ。財務担当から支出の内訳と、共通会計へ金を移すことになった時の書類を取り寄せてください。公爵家の事業帳簿をすべて見る必要はありませんから、私の財産に関係する部分だけで結構よ」


「承知いたしました。財務担当へ問い合わせ、必要な書類を用意してもらいます」


 会計係が退室したあと、エレオノーラは帳簿の確認を続けた。支出額は日常の経費として見過ごせるものではなかったが、現時点で不正があったと判断することもできない。帳簿の記載が簡略化されているだけで、正当な理由があるのかもしれなかった。


 彼女は以前の月の記録も取り出し、同じような支出がないか調べ始めた。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の午後、公爵家の財務担当から支出の内訳が届いた。


 エレオノーラは会計係とともに書類を確認したが、そこに記されていた内容は、かえって疑問を増やすものだった。


 最初の支出は運送に関わる費用、もう1件は商会への特別準備金として処理されていた。どちらにもサルヴィ商会の名前があり、公爵家の共通会計を経由して支払われている。


「サルヴィ商会は、以前から公爵家と取引している商会だったわね。確か、西部の領地と王都を結ぶ運送を扱っていたと思うのだけれど」


「はい。そのとおりでございます。最近も公爵家との取引があったようですが、何を運んだのかといった詳しい内容までは、こちらへ伝えられておりません」


 運送費そのものは、公爵家の事業に必要な経費である。領地から王都へ商品を運ぶこともあれば、工房で使う材料を買い付けることもあるため、商会への支払いがあっても不思議ではない。


 ところが、今回の内訳には、運送した品物も出発地も記されていなかった。特別準備金についても通常の運送費とは別に計上されているだけで、どの事業に必要だったのか説明がない。


「これでは、私の財産から支出する必要があったのか判断できないわ。元の支出命令書と、承認の記録を確認したいのだけれど、どこに保管されているのかしら」


「支出命令書は家令が保管しているそうです。ただ、公爵家の事業に関わる書類ですので、通常の帳簿より取り寄せに時間がかかるかもしれません」


「構わないわ。必要な手続きを踏んで、私の財産に関係する部分を見せてもらいましょう。事業の内容をすべて知りたいわけではないけれど、自分が承認したことになっている支出なら、確認する権利があるはずです」


 会計係は了承し、家令へ書類の閲覧を申し入れることになった。


 エレオノーラが内訳を整理していると、侍女がアルベルトの来訪を知らせた。夫は王都の商人たちとの面会を終え、邸宅へ戻ったところだった。


 エレオノーラが帳簿を閉じて迎えると、アルベルトは机に積まれた書類を見て、何を調べているのか尋ねた。


「持参金と所領の収支を確認しておりました。今月は公爵家の事業費へ移された金が多いようですので、用途を調べてもらっています」


「事業には金がかかるものだ。新しい取引が増えれば、一時的に支出が多くなることもある。そうした細かいことは財務担当に任せておけばよいだろう」


「もちろん、必要な事業費を問題にするつもりはありません。ただ、私の財産から出した金については、何に使われたのか把握しておきたいのです。今後の収支計画にも関わりますから」


 アルベルトは帳簿を手に取ることもなく、家令に尋ねればよいと答えた。


「必要な書類があれば用意させよう。私は商人たちとの仕事で忙しいのでな。事業の細部まで、いちいち確認してはいられん」


「ありがとうございます。家令にはすでにお願いしておりますので、書類が届きましたら確認いたします」


 夫は別の用件をいくつか話したあと、自分の執務室へ戻っていった。


 エレオノーラは閉じていた帳簿を開き、先ほどの会話を振り返った。アルベルトが今回の支出をどこまで知っているのかは分からない。本人が承認した事業費かもしれないし、家臣の判断で処理された金かもしれなかった。


 夫が財務担当に任せればよいと考えていることは分かったが、エレオノーラ自身はそうするつもりになれなかった。自分の財産から支出された金について、用途も承認の経緯も知らないままでは、管理を任せている意味がなくなってしまう。


 彼女は今後、持参金から共通会計へ金を移す際には、用途と承認の記録を必ず確認する必要があると考えた。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、レオンは王軍への最初の納入が完了したとの報告を受け、軍務局で必要な確認を済ませるため王都へ出ていた。


 先に到着した3台分の鉄製品は、数量と品質の検査に問題なく合格していた。細工された4号車の荷物も、別の荷車へ積み替えたうえで改めて検査を受け、納入期限内に受け取られている。


 軍需物資の調達を担当する軍務官は、レオンを迎えると、今回の取引について説明した。


「輸送中には厄介な問題が起きましたが、子爵家の出荷記録が詳しく残されていたおかげで、品物そのものに問題がなかったことを確認できました。軍としても、期限内に納入を終えられたことを評価しております。今後も引き続きお取引をお願いしたいと考えています」


「ありがとうございます。荷物の入れ替えを防げたのは、同行した家臣や御者たちが注意してくれたおかげです。今後は運送を外部へ任せる場合にも、管理を徹底したいと思っています」


 レオンは次回以降の納入について確認し、サルヴィ商会への運送委託を中止したことも伝えた。軍務官はその判断を了承し、王軍との契約については従来どおり続ける方針を示した。


 一方、輸送妨害の調査はまだ終わっていなかった。現場で捕らえられた男たちからは、商会の責任者に命じられたという証言が得られていたが、その指示がどこから出たのかまでは分かっていない。


 レオンは出荷帳の控えとサルヴィ商会との契約書を提出し、セシリアから紹介状を受け取っていたことも報告した。商会と取引を始めた経緯を説明するためであり、それだけで公爵家が不正に関わっていたと主張するつもりはなかった。


 軍務局でも、商会の帳簿や関係者の証言を調べたうえで責任の所在を判断するという。


 軍務官との面会を終えたレオンが帰り支度をしていると、エレオノーラからの書状が届けられた。


 王都に来ているのであれば、王宮で少し時間を取ってほしいという内容だった。相談したいことがあるらしく、詳しい事情は会った時に話すと記されている。


 レオンは午後の予定を調整し、王宮へ向かうことにした。


 ◇ ◇ ◇


 王宮の小応接室で待っていたエレオノーラは、レオンが入ってくると椅子から立ち上がった。


 今日は装飾を抑えた青いドレスを着ており、王妹として王宮を訪れる時の落ち着いた装いだった。部屋には2人分の茶が用意され、侍女が給仕を済ませて退室すると、エレオノーラはレオンに向かいの席を勧めた。


「来てくれてありがとう。軍務局でのお仕事があると聞いていたから、無理をさせてしまったのではないかと心配していたの」


「ちょうど用事が終わったところですよ。あなたに会えるなら、少しくらい予定を変えても構いません。それより、相談したいことがあると書いてありましたね。何か困ったことでもあったんですか?」


「実は、公爵家の会計を調べていて、気になる支出を見つけたの。私の持参金から生じた収入が、知らないうちに公爵家の事業費へ回されていたようなのだけれど、何に使われたのか分からないのよ」


 エレオノーラは持参した帳簿の控えを広げ、自分の財産から共通会計へ移された金額と、その後の支出として報告された項目を指し示した。


 レオンは説明を聞きながら記録を確認していたが、商会の名前が目に入ったところで手を止めた。


「サルヴィ商会ですね。実は今回、王軍へ納める鉄製品の輸送を一部任せた商会なんです。ところが、輸送中に不正が見つかったので、今後は取引を続けないことにしました」


 エレオノーラは顔を上げ、何が起きたのか尋ねた。


 レオンは軍務局へも報告している事実に限り、荷物のすり替えと車軸への細工が見つかった経緯を説明した。良質な鉄製品を粗悪品へ取り替えようとした者たちが捕らえられ、荷車を故障させようとしていた男も発見されたことを伝えると、エレオノーラは眉をひそめた。


「王軍へ納める品物を勝手に取り替えるなんて、ずいぶん大胆なことをする商会なのね。あなたの領地で作った品物なのだから、検査で不良品が見つかれば、ローデン家の責任だと疑われたでしょう」


「ええ。幸い、出荷時の記録を残していたので、元の品物に問題がなかったことを証明できました。納入も期限内に終わっています。ただ、現場の者が勝手に行ったことなのか、誰かの指示があったのかについては、まだ調査中です」


「あなたの荷物が無事だったのは安心したわ。でも、そうなると、この支払いが何のためだったのか、余計に気になるわね」


 エレオノーラは帳簿に記された日付を確かめた。


 サルヴィ商会へ金が渡ったのは、ローデン領の荷物が王都へ運ばれる前だった。運送の準備に関する支払いであれば時期としては不自然ではないが、そもそもローデン領の荷物を運ぶ商会へ、公爵家が費用を出す理由は分からない。


「もちろん、サルヴィ商会が公爵家の別の仕事を引き受けていた可能性もあります。名前と時期が一致するだけでは、今回の不正に使われた金だとは言えませんね」


 レオンがそう説明すると、エレオノーラも同意した。


「私も同じことを考えていたの。公爵家は以前からこの商会と取引しているから、別の仕事への支払いだったとしても不思議ではないわ。ただ、持参金から出した金なのに、何を運んだのかさえ記録に書かれていないのよ」


 レオンはそこで、サルヴィ商会からの申し出にセシリアの紹介状が添えられていたことを伝えた。


「セシリア様が、公爵家と付き合いのある商会だからと紹介してくださったんです。最初から全部を任せるつもりはなかったので、荷車4台分のうち1台だけ契約しました。紹介状と契約書は、こちらで保管しています」


「セシリアが紹介した商会だったのね。あの方が商人と付き合いを持っていることは知っているけれど、今回の輸送にどこまで関わっていたのかは聞かされていないわ」


 エレオノーラは考え込んだ。


 セシリアは第二夫人として商人や貴族との付き合いがあり、アルベルトから仕事の相談を受けることもあった。公爵家と取引のある商人をレオンへ紹介したとしても、それ自体は問題ではない。


 しかし、その商会で不正が起きた時期に、自分の財産から金が支出されていたとなれば、用途を確かめずに済ませるわけにはいかなかった。


「セシリアが不正に関わっていたかどうかも、今の段階では分かりません。ただ、必要になれば紹介状や契約書は正式に提出できます。王軍も調査を進めていますから、いずれ商会側の事情は明らかになると思います」


「ありがとう。でも、公爵家の会計については、まず私自身で調べたいの。家令が保管している支出命令書を取り寄せるよう頼んであるから、それを確認してから考えるつもりよ」


 エレオノーラは書類を重ね、これまでの財産管理について話し始めた。


「公爵家の事業はアルベルトや家臣たちに任せてきた部分が多かったの。持参金や所領の収支は毎月調べていたけれど、共通会計へ移した後のお金については、詳しく確かめていなかったわ。今回のような支出にも、もっと早く気付くべきだったと思うの」


「公爵家にはいくつもの事業があるんでしょう。すべての支払いをあなた1人で調べるのは難しいと思いますよ。それに、帳簿を確認して不審な点を見つけたから、こうして調べ始めたんじゃないですか」


「そう言ってもらえるとありがたいわ。でも、私の知らないところで勝手に金を使われていたのだとしたら、今後も同じことが繰り返されるかもしれないでしょう。今回は納得できるまで調べるつもりよ」


 レオンはエレオノーラの考えに賛成した。


 王軍への納入妨害については、軍務局と宿場の役人が調査を進めている。一方、持参金や所領の収入については、所有者であるエレオノーラが正式な手続きを通じて確認できる。今はそれぞれが扱える記録を調べ、必要になった時に照合するのがよいだろう。


「俺の方では、輸送中の不正について軍務局の調査に協力します。あなたは持参金の支出を確認してください。もし同じ商会への支払いに不自然な点が見つかったら、その時に改めて相談しましょう」


「ええ、そうするわ。私も家令から書類が届いたら、以前の帳簿と照らし合わせてみるつもりよ。あなたに相談したおかげで、確かめておくべきことが少し整理できたわ」


 エレオノーラは書類を片付けると、レオンの顔を見つめた。


「それにしても、あなたはいつも厄介なことに巻き込まれてしまうのね。魔物との戦いが終わったと思ったら、今度は王軍へ納める荷物を狙われるなんて。領地の仕事が増えるのは喜ばしいことだけれど、危険まで増えてしまうのは困るわ」


「今回は誰も怪我をせずに済みましたし、品物も無事に納められました。これからはもっと気を付けますよ。相手が誰なのか分からない以上、次も同じようなことが起きるかもしれませんからね」


「本当に気を付けてちょうだい。あなたに何かあったら、私は困るのよ」


 エレオノーラはレオンの手に自分の手を重ねた。


 レオンもその手を握り返し、彼女の顔を見た。


「俺だって、あなたに何かあったら困ります。今回の帳簿のことも、無理をしてまで1人で抱え込まないでください。調べていて危険だと思うことがあったら、必ず知らせてほしい」


「分かっているわ。でも、私にも自分で確かめなければならないことがあるの。あなたに心配をかけたくないからといって、何も知らないままでいるつもりはないわ」


 エレオノーラはレオンの手を握ったまま微笑んだ。


 レオンは、彼女が国王の妹として教育を受け、自分の財産や所領についても責任を持ってきたことを知っている。そのエレオノーラが自分の判断で調査を進めようとしているのなら、できる限り意思を尊重したかった。


 2人はその後、領地の近況や最近の出来事について話して過ごした。


 レオンは今回の納入を終えたことで、今後も王軍へ安定して品物を供給できる見通しが立ったと説明した。エレオノーラも領地の発展を喜び、無理な拡大だけは避けるよう気遣った。


 公爵家の会計についてはまだ分からないことが多かったが、互いに今後の方針を確認できたことは収穫だった。エレオノーラは支出の根拠となる書類を調べ、レオンは軍務局の調査に協力する。


 それぞれの記録から何が分かるのか、今はまだ結論を急ぐつもりはなかった。


 ◇ ◇ ◇


 王宮でレオンと別れたエレオノーラは、その日の夕方、公爵邸へ戻った。


 私室では会計係が待っており、家令へ依頼していた支出命令書について、新しい返答が届いたと報告した。


「家令からは、該当する書類を確認したうえで、閲覧の準備を進めるとの返事がございました。ただし、公爵家の事業に関わる記録も含まれておりますので、必要な部分を整理してからお渡ししたいそうです」


「私が確認したいのは、自分の財産から支出された金についてだけよ。ほかの事業の内容まで見せてもらう必要はありません。その点を伝えて、できるだけ早く用意していただきたいわ」


 エレオノーラは会計係へそう指示すると、持参金と所領収入の帳簿を取り出した。


 通常の維持費として認めていた支出については、以前の記録と照合できる。事前に説明を受けたものには承認の記録も残っていたため、そこまで調べる必要はなかった。


 しかし、サルヴィ商会へ支払われた2件については、依然として用途も承認の経緯も確認できていない。


 エレオノーラは以前の月の帳簿も並べ、同じような支出がなかったか詳しく調べた。


 すると、数か月前にも、通常の事業費とは別に共通会計へ金が移されていることが分かった。今回ほど大きな金額ではないものの、支出の名目が似ている。


 その時は比較的少額で、ほかの経費と一緒に処理されていたため、特に問題にしていなかった。しかし、改めて見ると、何の事業に必要だった金なのか分からない点は今回と同じだった。


「この支出についても、元の記録を取り寄せられるかしら。数か月前のものだけれど、今回と似た名目で共通会計へ移されているわ。どちらも同じ目的だったのか、確かめておきたいの」


 会計係は帳簿を確認し、必要な書類を追加で依頼すると答えた。


 エレオノーラはその後も収支を調べ、持参金の運用収入と所領から納められた金の流れを整理した。


 すべての支出に問題があるわけではなかった。帳簿の記載だけでは用途が分からなくても、別の書類を見れば正当な理由が確認できるものもある。自分が承認した記録が残っている支払いについては、以前の取り決めとも一致していた。


 それだけに、サルヴィ商会に関わる支出の記録が不十分なことは気になった。


 エレオノーラは調べ終えた帳簿を閉じ、会計係へ今後の管理について指示した。


「これからは私の持参金や所領の収入を公爵家の共通会計へ移す時、用途と承認の記録を必ず確認してください。以前からの取り決めで認めている経費は構いませんが、それ以外の支出については、私にも分かるようにしておいてほしいの」


「承知いたしました。今後はそのようにいたします。今回お調べになっている支出についても、家令から書類が届き次第、お知らせいたします」


 会計係が退室すると、エレオノーラは自分で書き写した支出の一覧を引き出しへ収めた。


 問題の金がアルベルトの指示で使われたのか、それとも家臣やセシリアが処理した支払いなのか、今は分からない。夫がどこまで事情を知っているのかも確認できていなかった。


 エレオノーラは、憶測で誰かを責めるつもりはなかった。まずは支出命令書と承認の記録を見て、実際に何が行われたのか確かめる必要があった。


 ◇ ◇ ◇


 エレオノーラが公爵邸で帳簿を調べていたころ、王都に残っていたレオンも、帰途につく前に軍務局へ立ち寄っていた。


 軍務官から、宿場の役人による調査がどこまで進んでいるのか説明を受けるためだった。


「荷物の入れ替えを行おうとした者と、車軸へ細工していた者については、すでに事情を聞いております。商会の責任者から命じられたという証言もありますので、今後はその指示がどこから出たのか調べることになります。ただ、商会の主人が関与していたかどうかについては、まだ確認が必要です」


 軍務官は宿場から届いた記録を示し、証拠として保管されている木箱や荷札についても説明した。


 レオンは関係書類に目を通し、必要な資料があれば正式な依頼に応じて提出すると伝えた。


「王軍への納入に関わることですから、原因をはっきりさせておきたいと思っています。こちらでも出荷帳や契約書の控えは保管していますし、同行した家臣からの報告も残っています。調査に必要なら、いつでも確認していただいて構いません」


「ご協力に感謝いたします。現時点では商会の関係者が不正を行ったことまでは確認できていますが、それ以上のことは調査中です。証拠がそろうまでは、関係者の名前を軽々しく公表するわけにもいきません」


 レオンもその方針に同意した。


 セシリアの紹介状があったことは事実だが、それだけでは不正への関与を証明できない。公爵家との取引が多い商会であれば、紹介した人物と実際に不正を命じた人物が違う可能性もある。


 レオンが今できるのは、正式な調査に協力し、領地で管理している記録を確実に残しておくことだった。


 軍務局を出ると、レオンは王都の通りを歩きながら、エレオノーラとの会話を思い返した。


 彼女の財産からサルヴィ商会へ金が渡っていたとしても、その金が今回の妨害に使われたのかどうかは分からない。ただ、同じ商会の名前が公爵家の帳簿にも記されていた以上、双方の取引を確認する意味はあるだろう。


 もし不正の背後に公爵家の者がいたとすれば、王軍への納入妨害だけでなく、エレオノーラの財産についても問題が生じている可能性がある。


 レオンにとって、エレオノーラが巻き込まれることは避けたかった。しかし、彼女が自分の財産を守るために調査を進めると決めた以上、その判断を妨げるつもりもなかった。


 軍務局が調べている記録と、エレオノーラが確認しようとしている書類が、いずれ同じ支払いを示すことになるかもしれない。それを確かめるためにも、今は事実を積み重ねることが必要だった。


 ◇ ◇ ◇


 翌日、グランツ公爵邸のエレオノーラの私室へ、家令から新たな返答が届いた。


 依頼していた支出命令書は、数日以内に閲覧できるよう準備するという。会計係はその返答をエレオノーラへ届けたが、書状にはもう1つ、気になることが記されていた。


 問題となっている支出は、いずれも公爵夫人の承認を受けたものとして処理されているというのである。


 エレオノーラはその部分を読み直した。


 公爵家の事業費として金を使うこと自体に反対しているわけではない。必要な費用であれば、説明を受けて承認することもあったし、以前から取り決めていた経費については、家臣たちへ管理を任せていた。


 だが、今回のサルヴィ商会に関わる支出については、承認した覚えがなかった。


 金額も小さくはない。何のために使うのか説明を受けていれば、何らかの記憶が残っているはずだった。


「家令の返答には、私の承認を受けたと書かれているわね。でも、この2件については承認した覚えがないの。もし私が認めたというのであれば、その時の記録があるはずでしょう」


 エレオノーラは会計係へ書状を返し、支出命令書だけでなく、承認の根拠となった書類も閲覧できるよう家令へ伝えてほしいと指示した。


「私が確認したいのは、実際に誰が金を使ったのかということだけではありません。どのような書類に基づいて、私の財産から支出できると判断したのかも知りたいのです。承認したことになっているのなら、その経緯を確かめなければなりません」


「承知いたしました。支出命令書と承認の記録を、一緒に見せていただけるようお願いしてまいります」


 会計係はその場で返書を用意し、家令へ届ける手配を進めた。


 エレオノーラは窓際の机へ戻り、これまで書き写した支出の一覧を広げた。


 公爵家の帳簿には、彼女が知らない金の動きが記されていた。しかも、その一部は本人の承認を得たものとして処理されている。


 単なる記載の間違いであれば、元の書類を確認すれば分かるだろう。何らかの事情で別の用途に使われたのなら、その説明も必要になる。しかし、本人の承認を得ずに財産を動かしながら、承認済みとして処理していたのであれば、話はそれだけでは済まなかった。


 エレオノーラは、家令から書類が届き次第、自分の記録と1件ずつ照合することにした。


 支出命令書に誰の署名があるのか、承認したことになっている日付に自分は何をしていたのか、そしてサルヴィ商会へ渡った金が実際には何に使われたのか。確認すべきことは明らかになっていた。


 エレオノーラは帳簿を閉じ、返答を待つことにした。


 夫アルベルトが今回の支出に関わっているかどうかは、まだ分からない。だが、自分の財産が本人の知らないところで使われている可能性がある以上、曖昧な説明で終わらせるつもりはなかった。

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