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48歳バツイチ占い師、異世界の貧乏士族の倅になる ~占いを当てるほど強くなる16歳の成り上がり~  作者: ひまえび
第三章――「二つの世界の復讐」

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第1話(中編)――「第二夫人の紹介状」

 ローデン領の管理所へ王都の商会から使者が訪れたのは、軍需品の出荷を3日後に控えた朝だった。


 使者が持参した書状は2通あり、1通には王都で運送業を営むサルヴィ商会の名前が、もう1通にはグランツ公爵家の紋章が記されていた。管理官は書状を確認すると、執務室にいたレオンへ差し出した。


「王都のサルヴィ商会から、軍需品の輸送を請け負いたいという申し出が届きました。グランツ公爵家の第二夫人、セシリア様の紹介状も添えられております」


 レオンが公爵家の書状を開くと、サルヴィ商会は以前から公爵家と取引しており、王都への運送にも十分な実績があると書かれていた。ローデン領の発展を聞き、今後の商売に役立ててもらいたいと考えて紹介するという内容だった。


 商会からの書状には、王都までの運送を現在の費用より安く引き受けられる理由が説明されていた。西部の領地と王都を結ぶ運送を定期的に扱っており、帰り荷も確保できるため、空の荷車を走らせる費用を抑えられるという。


「条件だけを見れば悪くないな。今後、王軍との取引が増えれば、運送を専門とする商会に仕事を任せることも考える必要がある」


「サルヴィ商会は王都で何年も商売を続けており、公爵家との取引があることも確認できました。ただ、最近の仕事ぶりについては、まだ十分に調べられておりません」


 管理官の説明を聞いたレオンは、改めて紹介状に目を通した。


 運送費を抑えられれば、それだけ領地の利益は増える。しかし、今回の紹介者がセシリアであることは気になった。アルベルト公爵がローデン領の金銀に関心を持っていることは知っているし、公爵家と付き合いのある商会だからといって、無条件に信用するわけにはいかない。


「使者から詳しい条件を聞いてみよう。こちらはすでに荷車も御者も用意しているから、運賃が安いというだけで全部を任せるつもりはないよ」


 管理官が案内してきた使者は40歳ほどの男で、商会の印が押された契約書の案を持参していた。挨拶を済ませると、王都までの運賃と荷物の管理方法について説明を始めた。


「弊商会では、西部から王都へ向かう荷車を定期的に走らせております。帰路には布地や日用品を運んでおりますので、片道だけの運送より費用を抑えられます。子爵様が今後も王軍へ継続して納入なさるのでしたら、ぜひ弊商会にもお仕事をお任せいただきたいと考えております」


「なるほど。運賃を下げられる理由は分かった。ただ、王軍との最初の取引だから、今まで使ってきた御者たちを急に外すわけにはいかない。今回は荷車4台分のうち、1台だけ任せるという条件なら考えてもいい」


 使者は持参した契約書に目を落とした。商会としては4台すべての運送を引き受けたいところだったが、最初の取引である以上、1台分でも仕事を得られれば次につながる。


「ありがとうございます。まずは弊商会の仕事ぶりをご覧いただき、問題がなければ次回以降もご利用いただければ幸いです」


「ただし、今回は王軍へ納める品物だから、途中で勝手に積み替えたり、別の品物と混ぜたりすることは認めない。荷札と木箱の数も記録してもらうし、王都の軍需倉庫で受け取りが終わるまで、きちんと責任を持ってほしい」


「もちろんでございます。弊商会の倉庫を経由する場合も、ほかのお客様の荷物とは分けて保管いたします」


 レオンは管理官に運送経路と途中で利用する倉庫を確認させ、契約条件を具体的に詰めた。


 当初予定していた荷車4台分の品物は変更せず、そのうち1台分だけをサルヴィ商会の荷車へ積む。残り3台はこれまでどおりローデン領の御者が運び、商会が担当する荷車にはレオンの家臣を同行させることになった。


 使者も家臣の同行を了承したため、双方は運賃と責任の範囲を定めた契約書を取り交わした。


 使者が帰ったあと、管理官は公爵家からの紹介であることを気にしていた。


「セシリア様のご紹介ですから、こちらが厳しい条件を付けたことで、公爵家から何か言われる心配はないでしょうか。先方は以前から公爵家と取引している商会ですので、少々気になります」


「紹介状があるからといって、特別扱いする必要はないよ。こちらは正当な運賃を払うんだし、荷物をきちんと運んでもらえればそれでいい。それより、出荷前の検査は予定どおり続けてくれ」


 レオンは以前の占術で見た、街道で立ち往生する荷車と、暗がりで車軸に手を伸ばしていた男の姿を思い出していた。


 誰かが荷車に細工をする可能性がある以上、運送業者が変わったからといって警戒を緩めるつもりはない。管理官には4台すべての車輪と車軸を点検させ、荷札の番号と木箱の数を出荷帳に記録するよう改めて指示した。


 さらに、同行する家臣には商会の倉庫へ荷物を入れた後も管理に立ち会わせ、出荷時の記録と食い違う点があれば必ず調べさせることにした。


 ◇ ◇ ◇


 その2日後、王都のグランツ公爵邸では、セシリアがサルヴィ商会の主人を私室へ招いていた。


 商会からはローデン子爵家との契約が成立したとの報告が届いており、セシリアもすでにその内容を把握していた。卓には茶と焼き菓子が用意されていたが、彼女はほとんど手を付けず、商人に今回の仕事について説明させていた。


「子爵様は、あなたの商会へ荷車1台分だけ任せることにしたそうね。最初から全部を引き受けるのは難しかったようだけれど、それでも予定どおり進められるのでしょう?」


「はい。1台分でも取引を始められたことは大きな成果でございます。今後のお付き合いにもつながりますし、先日お話しいただいた件についても準備を進めております」


 商人の説明によれば、外見だけならローデン領の製品と大きな違いのない、品質の劣る鉄製品を用意してあるという。金具の形は似せているものの、厚さや加工精度が不十分なため、王軍の検査で詳しく調べられれば不良品と判断される品物だった。


 セシリアはその説明を聞き、商人に計画の続きを話すよう促した。


「商会の倉庫で荷物を一時保管する際に、良質な鉄製品を粗悪品と取り替える手はずでございます。取り出した良質品は別の取引先へ売却し、以前のお約束どおり、その利益の3割を奥様へお渡しいたします」


「王軍へ粗悪品が届けば、ローデン子爵も納入した品物の品質について説明を求められるでしょうね。せっかく陛下に認められて始めた取引なのですから、最初から問題を起こせば信用にも響くはずですわ」


 商人はうなずいたものの、気になる点があると申し出た。


「ただ、今回は子爵家の者が1人同行することになっております。荷札や品物の確認をする役目らしく、商会の倉庫へ入れる際にも立ち会うそうです。その者に気付かれないよう、現場には十分注意させる必要がございます」


「その程度のことは、商売をしているあなた方で考えなさい。こちらが紹介した以上、失敗すれば私の名前にも傷が付きます。必要な費用は約束したとおり手配しますから、仕事を引き受けた者として責任を果たしていただきたいわ」


 セシリアは商人の不安を聞き流し、荷物の到着が多少遅れても構わないと付け加えた。品質の問題だけでなく納入まで遅れれば、王軍との最初の取引を失敗させる材料が増えると考えたのである。


 商人はそれ以上の異議を唱えず、現場の責任者と相談して準備を進めることを約束した。


 セシリアがようやく茶器を手に取ると、商人は一礼して部屋を出た。


 廊下へ出た商人は、持参した書類を改めて確認した。


 公爵家からの紹介で運送の仕事を得たうえ、良質な鉄製品まで手に入る。計画が成功すれば利益は大きいが、王軍へ納める品物を勝手に取り替えたことが発覚すれば、商会そのものが処罰される恐れもあった。


 それでも、すでにセシリアとの間で約束は成立している。商人は予定どおり部下に作業を進めさせることにした。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、ローデン領の管理所前には、軍需品を積んだ4台の荷車が並んでいた。


 工房から運ばれた木箱は前日のうちに品目と数量を確認し、王軍へ納める品物であることが分かるよう、専用の荷札を付けてあった。出荷帳には番号と中身が記録されており、通常の商売で扱う荷物とは区別されている。


 レオンは管理官とともに、積み込みと荷車の整備状況を確認した。


「車輪と車軸については、昨夜も見張りを付けていたんだろう。今朝の点検では異常がなかったか?」


「はい。整備担当者にも改めて調べさせましたが、今のところ問題はございません。御者たちには、途中の宿場でも車輪と車軸を確認するよう申し付けてあります」


「それならいい。特にサルヴィ商会の荷車については、同行する家臣が積み荷の管理にも立ち会うよう徹底してくれ」


 管理官は了承し、御者たちへ出発の準備を進めさせた。


 今回サルヴィ商会が担当するのは4号車で、車軸用の金具や馬具の部品など、合計12箱の鉄製品が積まれている。ほかの3台には鍋や工具、槍の穂先などが分けて積まれていた。


 商会が用意した御者も出発前の点検に立ち会い、ローデン家の家臣が荷札を確認している間に、車体の下へ入って車軸に異常がないことを確かめていた。


 レオンはその様子を見ながら、占術で見た男の姿と比べてみた。しかし、以前の光景では顔も服装もはっきりしなかったため、同じ人物かどうか判断することはできなかった。


「今回の荷物は王軍との最初の取引だから、何より無事に届けることを優先してほしい。途中で問題が起きた場合は、勝手に処理せず必ず報告してくれ。出荷時の記録と違うことがあれば、その理由も確かめてもらいたい」


 同行する家臣にそう伝え、レオンは出荷帳の控えを渡した。


 この家臣は管理所で帳簿の仕事も担当しており、品物の検査や数量の確認には慣れている。今回は商会側の記録と照合する役目も任されていた。


「承知いたしました。王都の軍需倉庫へ届けるまで、責任を持って確認いたします」


 やがて出発の準備が整い、4台の荷車が管理所前の道を進み始めた。積み荷の重さで車輪がきしみ、馬の蹄が乾いた道を踏む音が次第に遠ざかっていく。


 レオンは荷車が街道へ入るまで見送った。


 出荷までにできる準備は済ませてあるが、先日見た未来については、まだ分からないことが多かった。あれから何度か同じ光景を占おうとしたものの、詳しい様子は見えていない。


 事前に対策を取ったことで未来が変わったのか、それとも別の危険が残っているのか、現時点では判断できなかった。


 ◇ ◇ ◇


 荷車が出発してから3日目の夕方、一行は王都の手前にある宿場へ到着した。


 サルヴィ商会の倉庫は宿場の近くにあり、王都へ運ぶ荷物を一時的に保管できるようになっていた。翌朝にはそこを出発し、王都の軍需倉庫へ届ける予定である。


 ローデン家の家臣は、4号車に積まれた12箱を商会の倉庫番と一緒に確認し、受け入れの手続きを進めた。木箱の封は破られておらず、荷札も出荷時のままだったが、倉庫番が持ってきた帳簿には見過ごせない食い違いがあった。


「こちらの帳簿では、4号車の11番と12番が一般用の補修金具になっています。しかし、領地の出荷帳には王軍用の馬具金具と記されております。荷札の番号は合っていますから、品目の記載を間違えたのではありませんか?」


 家臣が指摘すると、倉庫番は帳簿を引き寄せて確認した。


「申し訳ありません。おそらく、こちらの記入間違いだと思います。荷札が合っているのでしたら、問題はないはずです」


「王軍へ納める品物ですから、入庫と出庫の記録が違っていては困ります。現物と照合すれば確認できますので、今ここで訂正していただきたい」


 倉庫番は訂正を約束したものの、責任者の確認が必要だと言い始めた。家臣が現物を照合するだけなら問題ないはずだと説明しても、責任者が戻るまで待ってほしいと繰り返す。


 単なる記入間違いであれば、その場で確かめて直せば済む。ところが倉庫番は何度も訂正を先延ばしにしようとするため、家臣は不審に思った。


 そこで、記録を確定する前に、荷物の保管状況も確認させてもらうことにした。


 倉庫にはローデン領から運ばれた木箱のほか、別の商人から預かった鉄製品や布地、酒樽などが置かれていた。入口に近い場所には翌朝の出荷を待っているらしい木箱が並んでおり、その中にローデン領の荷物とよく似たものが2つあった。


 家臣が近づいて確かめると、大きさだけでなく、木箱を留める金具の形まで似ている。しかし、ローデン家の工房で使っている荷札は付いていなかった。


「この2箱も、明日の便で王都へ運ぶ品物ですか?」


「はい。別のお客様からお預かりしております。王都の取引先へ届ける予定でございます」


 倉庫番はそう答えたが、家臣が中身の品目を確認しようとすると、今度も責任者の許可が必要だと言った。


 他人の荷物であれば、勝手に開けて調べることはできない。家臣もそれ以上は求めず、ローデン領の木箱を置いた場所と、近くにあった2箱の特徴を記録しておいた。


 受け入れの手続きを終えると、家臣は同行していた御者たちを集め、倉庫帳に不審な記載があったことを説明した。


「商会の倉庫帳と、こちらの出荷帳で品目が一致しない箇所がありました。単なる記入間違いかもしれませんが、まだ訂正されておりません。今夜は4号車の荷物を特に注意して見ておきたいので、倉庫の入口と荷車を置いている場所を、交代で見張ってください」


 御者たちは了承した。


 家臣は、レオンから車輪や車軸にも注意するよう指示されていたため、翌朝の出発前には商会の荷車をもう一度点検することにした。帳簿の食い違いと荷車の故障に関係があるとは考えていなかったが、どちらも王軍への納入に影響する問題であり、見過ごすわけにはいかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、宿場の周囲が寝静まったころ、サルヴィ商会の倉庫へ裏口から2人の男が入ってきた。


 どちらも商会で働いている者で、昼間から倉庫の荷物を扱っていた。男たちはランプを持って奥へ進むと、入口近くに置かれていた木箱2つを運び出し、ローデン領から届いた荷物の前へ並べた。


「11番と12番だったな。昼間の帳簿も、その品目にしてある」


「ああ。元の荷札を付け替えれば、出荷する時には同じ番号の箱になる。明日の朝には軍の倉庫へ運ぶんだから、それまでに済ませよう」


 男たちはローデン領の木箱から荷札を外し、別の木箱へ付け替える作業を始めた。


 入れ替えようとしている箱には、ローデン領の工房で作られたものより品質の劣る鉄製品が入っていた。外見は似せてあるものの、金具の厚さは不ぞろいで、加工の仕上がりも粗い。


 王軍の検査で発覚すれば、ローデン子爵家が不良品を納めたと疑われる可能性がある。男たちは良質な鉄製品を別の場所へ移し、代わりに粗悪品の箱を置くつもりだった。


 ところが、作業を始めて間もなく、倉庫の入口から声がした。


「王軍へ納める品物の荷札を、どうして別の木箱へ付け替えているのですか。説明していただきたい」


 2人が振り返ると、入口にはローデン家の家臣と御者たちが立っていた。


 男の1人は慌てて荷札を隠そうとしたが、家臣はすでに作業の様子を見ていた。


「これは倉庫の整理をしていただけです。明日の出荷に間に合うよう、荷物を並べ直しておりました」


「整理するだけなら、荷札を付け替える必要はないでしょう。昼間の倉庫帳で11番と12番の品目が違っていたことも確認しています。まず、ここにある木箱の中身を確かめさせてもらいます」


 家臣は御者たちに2人を見張らせ、ローデン領から出荷した木箱の封を外した。中には出荷帳に記されているとおり、王軍用の馬具金具が入っている。


 一方、入れ替えようとしていた木箱を調べると、形こそ似ているものの、仕上がりの悪い金具が詰められていた。いくつかを取り出して並べると、穴の位置や厚さが違い、同じ規格の部品として使用できるものではなかった。


「これでは王軍の検査に通りません。良質な品物を抜き取り、粗悪品と取り替えようとしていたのでしょう。誰の指示で、このようなことをしたのですか?」


 家臣が問い詰めると、男の1人は商会の責任者から命じられた仕事だと答えた。もう1人は何も話そうとしなかったが、荷札を付け替えていたところを見つかっている以上、倉庫の整理だったという説明では通らなかった。


 家臣は木箱と荷札をそのまま保管するよう御者たちへ指示し、ほかの荷物にも異常がないか確認しようとした。


 その時、外で荷車を見張っていた御者が倉庫へ駆け込んできた。


「荷車の下に、もう1人おります。車軸の金具を外そうとしていたので、逃げないよう取り押さえました!」


 家臣は御者とともに外へ出た。


 倉庫の脇に止めてあった4号車の下で、男が地面に押さえられていた。御者に見つかって逃げようとしたところを捕らえられたらしく、男の手には金具を外すための道具が握られている。


 車輪を調べると、車軸の留め具が緩められていた。地面には取り外しかけていた金具も落ちており、そのまま荷物を積んで街道を走れば、振動で留め具が外れて車輪が傾く恐れがあった。


 家臣はレオンから聞いていた占術の内容を思い出した。


 街道で車輪に異常が起き、荷車が立ち往生する。その直前らしい光景では、薄暗い場所で男が車軸に手を伸ばしていたという。


 今回捕らえた男は、まさに車軸へ細工をしていたのである。


「子爵様が心配されていたのは、このことだったのか。出発前にお聞きしていなければ、車輪の異常まで見つけられなかったかもしれない」


 家臣は御者たちに捕らえた男たちを逃がさないよう指示し、商会の責任者を呼ばせた。


 ただし、王軍へ納める品物に関わる不正である以上、商会内部だけで処理するわけにはいかない。家臣は宿場の役人にも事情を伝え、荷物の入れ替えに使われた木箱と荷札、車軸から外されかけていた金具を証拠として保管してもらうことにした。


 その夜のうちに、家臣はローデン領から持参した出荷帳と、商会の倉庫帳に食い違いがあった箇所を整理した。


 良質な鉄製品は回収できたが、4号車には細工の跡が残っている。安全が確認できるまでは使用せず、必要なら別の荷車へ積み替えることにした。


 翌朝には王軍の担当者へ事情を説明し、残りの荷物を予定どおり納められるよう手続きを進める必要があった。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、サルヴィ商会の主人は、宿場から届いた報告書を読んで顔色を変えた。


 良質な鉄製品と粗悪品を取り替えようとした男たちが捕まり、車軸へ細工していた者まで発見されたという。しかも、ローデン家の家臣は商会の倉庫帳と出荷帳を照合し、荷札の食い違いを記録していた。


 これでは単なる運送中の事故として処理することは難しかった。


 商人は急いで宿場の責任者へ書状を送り、捕らえられた者たちが独断で行った仕事として説明するよう命じた。しかし、現場で押収された木箱や荷札はすでに役人の管理下にあり、商会側が自由に動かせる状態ではない。


 さらに、荷物の入れ替えを商会の責任者から命じられたと証言した男もいた。今後は責任者にも事情を聞くことになるため、現場の者だけに罪を負わせることは難しくなっていた。


 商人は報告書を机に置き、今後の対応を考えた。


 今回の計画は、セシリアからの依頼で始まったものだった。王軍への納入を失敗させればローデン子爵の信用を傷つけられ、良質な鉄製品を売却すれば商会にも利益が残るはずだった。


 ところが、予定どおりに進んだのは、レオンから荷車1台分の仕事を任されたところまでだった。肝心の荷物の入れ替えに失敗したばかりか、別に手配した車軸への細工まで見つかってしまった。


 商人はセシリアへ事情を報告することにし、書状を持たせた使者を公爵邸へ向かわせた。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夕方、グランツ公爵邸のセシリアの私室へ、サルヴィ商会から使者が訪れた。


 セシリアは使者を部屋へ通し、差し出された書状を読んだ。読み進めるうちに表情が険しくなり、最後まで目を通すと、書状を机へ置いた。


「ずいぶん手際の悪いことをしてくれたものね。子爵の家臣1人を相手に、荷物の入れ替えもできなかったの? 車軸の細工まで見つかるなんて、何を考えているのかしら」


 使者は返事に困り、商会の主人から預かった伝言を説明した。


「主人からは、現場の者が独断で行ったこととして対応したいとの申し出がございました。商会としては、奥様のお名前を出すつもりはないそうです」


「当然でしょう。私が紹介したのは、運送の仕事ができる商会としてよ。それ以上のことを勝手に話されては困ります。主人には、自分の商会で起きた問題なのですから、責任を持って対処するよう伝えなさい」


 セシリアは使者を下がらせると、もう一度書状に目を通した。


 アルベルトには、商人を紹介すればローデン子爵の輸送状況を調べやすくなると説明していた。しかし、粗悪品への入れ替えや、その利益の分配については、セシリア自身が商人と取り決めたことである。


 計画が成功していれば、ローデン子爵の信用を傷つけたうえ、良質な鉄製品の売却利益まで得られるはずだった。そのために必要な費用も、すでに手配していた。


 問題は、商会の帳簿を詳しく調べられた場合だった。


 今回の仕事に使った金の一部は、公爵家の会計から支出されている。商会との取引そのものは珍しいことではないが、通常の運送費として説明しにくい支払いも含まれていた。


 セシリアは机の引き出しを開け、商会との取引に関する書類を取り出した。


 帳簿に記された金額を見直すと、支払いの時期と用途が気になった。もし商会側の記録と照合されれば、ローデン子爵への妨害に使われた金ではないかと疑われる恐れがある。


 商人たちが余計なことを話さなければ、今回の失敗は商会内部の不正として処理されるかもしれない。しかし、捕らえられた男たちがどこまで事情を知っているのか、セシリアには分からなかった。


 彼女は書類を整理し、必要なものを引き出しへ戻した。


 翌日には商会の主人から詳しい報告を受け、現場の者がどのような証言をしているのか確かめるつもりだった。


 ローデン子爵への妨害は失敗したが、セシリアにとっては、今回の不正をきっかけに公爵家の金の動きまで調べられることの方が心配だった。


 ◇ ◇ ◇


 それから2日後、ローデン領の管理所へ、王都から早馬で報告書が届いた。


 レオンは執務室で書状を受け取り、同行させた家臣からの報告を読んだ。


 最初に記されていたのは、サルヴィ商会の倉庫で荷札と帳簿の内容に食い違いが見つかったことだった。続いて、良質な鉄製品を粗悪品と取り替えようとしていた男たちを捕らえ、さらに荷車の車軸へ細工していた者まで発見した経緯が詳しく報告されている。


 車軸の留め具が緩められていた位置や、放置すれば車輪が傾く恐れがあったことも記されていた。


 レオンは報告書を最後まで読み、以前の占術で見た光景を思い出した。


「やっぱり、誰かが車軸に細工していたんだな。出発前から警戒しておいてよかった」


 報告書を机へ置いた時、レオンの視界に淡い文字が浮かんだ。


《占術が的中しました》


《天命が1つ満たされました》


《身体適応が進みます》


《能力【鑑定Ⅰ】が【鑑定Ⅱ】へ強化されました》


 レオンは表示された内容を確認した。


 これまでにも占術が的中した際、新しい能力を得たり、すでに持っている能力が強化されたりしてきた。今回も、予知した車軸への細工が実際に確認されたことで、能力が強化されたらしい。


 荷車が街道で立ち往生する事態は防げたが、その原因となるはずだった人為的な妨害は確かに存在していた。


 レオンは机の上に置いてあった鉄製品の見本を手に取り、以前から持っていた【鑑定Ⅰ】が、どの程度変わったのか確かめることにした。


 棚から別の金具も取り出し、2つを並べる。


 どちらもローデン領の工房で製造した品物だが、作った職人と時期が違っていた。以前の能力でも材料の種類や明らかな加工不良なら見分けられたが、今は鍛造の際に生じた細かな傷や、厚さが均一になっていない部分まで分かるようになっている。


 レオンはさらに、以前から品質が悪いとして保管してあった見本を取り出した。


 形だけなら同じように見えるものの、詳しく確かめると、金属の仕上がりや加工精度に違いがある。負荷がかかった時に壊れやすそうな箇所も、以前より見つけやすくなっていた。


「なるほど。前より細かいところまで分かるようになったな。これなら、工房で作った品物の検査にも役立ちそうだ」


 もちろん、鑑定能力が上がったからといって、すべての欠陥を見抜けるわけではない。実際に使用する部品の強度は、工房で試験する必要がある。それでも、今回のように粗悪品を混ぜられた場合には、以前より確実に不良品を見つけられるだろう。


 レオンが見本を棚へ戻していると、管理官が執務室へ入ってきた。


「子爵様、王都からの報告をお読みになりましたか。同行させた家臣からも、出荷時の記録が大変役に立ったと連絡がございました。現在は宿場の役人が証拠品を保管しており、王軍の担当者にも事情を説明しているそうです」


「ああ。占いで見たとおり、車軸に細工しようとしていた男が捕まったらしい。荷物の入れ替えまで見つかったのは、同行させた家臣が帳簿をきちんと調べてくれたおかげだな」


 レオンは報告書の続きを確認した。


 良質な鉄製品はすべて回収できており、ほかの荷物にも大きな問題は見つかっていない。細工された車軸についても修理できる見込みで、必要なら別の荷車へ積み替える準備を進めているという。


「王軍への納入期限には、何とか間に合いそうだな。ほかの3台についても、問題なく運べているんだろう?」


「はい。3台は予定どおり王都へ向かっております。問題が起きた4号車についても、荷物を改めて確認してから運べば、納入期限には間に合う見通しです」


「それならよかった。軍務局には事情を隠さず説明してくれ。こちらが出荷した品物に問題がなかったことも、出荷帳と検査記録を使って確認してもらおう」


 管理官は了承し、王都へ送る返書の準備を始めた。


 レオンは改めて、サルヴィ商会から届いた紹介状を取り出した。


 そこにはセシリアの名前が記されており、公爵家が以前から取引している商会だと説明されている。


 今回の不正にサルヴィ商会の関係者が加わっていたことは、すでに明らかだった。しかし、その背後に公爵家がいるのかどうかまでは分からない。


 セシリアが紹介した商会だからといって、彼女自身が不正を命じたと決め付けることはできなかった。


「この紹介状も保管しておいてくれ。商会との契約書や運送費の記録も、ほかの書類とは分けて残しておきたい」


「公爵家との関係をお調べになるのですか?」


「今のところ、何も決まったわけじゃないよ。ただ、公爵家から紹介された商会が、王軍へ納める品物を取り替えようとしたのは事実だからな。紹介状も契約書も、あとで必要になるかもしれない」


 管理官は書類をまとめ、保管用の箱へ入れた。


 レオンは管理所の窓から外を眺めた。


 敷地内では、工房から届いた鉄製品を別の荷車へ運び込んでいる。王軍への納入が始まっても、以前から取引している商人への出荷は普段どおり続いていた。


 今回の妨害は防ぐことができたが、相手がこれで諦めるとは限らない。レオンは次の輸送からも出荷記録と倉庫の管理を徹底し、商会へ運送を任せる場合でも、積み荷の確認を欠かさない方針を決めた。


 さらに、新しく得た【鑑定Ⅱ】を工房での検査にも利用し、王軍へ納める品物の品質をこれまで以上に確実なものにしたいと考えた。


 王軍との最初の取引を守れたことには安心したが、今回の不正については、まだ調べるべきことが残っている。


 サルヴィ商会の者たちが誰の指示で動いたのか、粗悪品をどこから調達したのか、そして荷車の車軸まで壊そうとした理由は何なのか。捕らえられた男たちの証言と商会の記録を調べなければ、詳しい事情は分からなかった。


 一方、グランツ公爵邸には、サルヴィ商会との取引に使われた金の記録が残されていた。


 その支出を確認できる立場にいるのは、アルベルトやセシリアだけではなかった。

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