第1話(前編)――「王命で守られた金山」
グランツ公爵邸の執務室では、夜になっても灯がともっていた。
アルベルト・フォン・グランツは、大きな机に広げた報告書を読み比べていた。いずれもローデン領に関するもので、金銀の産出量や工房の生産状況、王都での取引先などが詳しく調べられている。
机の向かいには、公爵家の財務を担当する家臣が座っていた。
「この金銀の売却収入は、かなりの額になっているな。商人から集めた情報だそうだが、数字は信用できるのか?」
「正確な産出量までは分かりませんが、これまで王都へ運ばれた地金の量から推計しておりますので、大きな間違いはないはずです。ただし、採掘や精錬にも費用がかかりますから、すべてが利益になるわけではございません」
家臣は別の報告書を開き、ローデン領で生産されている品物についても説明した。
金銀のほかに鉄製品や建築資材の販売が伸びており、領地開発に必要な資金も十分に確保できているらしい。金銀を急いで売る必要がないため、市場で価格が下がれば売却量を減らすこともできるという。
アルベルトは不満そうに報告書を机へ戻した。
春には王都の商人を通じ、ローデン領の金銀を安く買い取ろうとした。領地開発に多額の資金を使っているレオンなら、手元の金が不足すれば値下げに応じると考えたのである。
ところがレオンは金銀の売却量を減らしたうえ、新しい取引先まで開拓してしまった。安く買いたたくつもりだった商人たちは思惑が外れ、結局、以前の価格で取引を続けるよう求めることになった。
「商人どもは何をしていたのだ。18歳の若造1人に振り回されおって」
「ローデン子爵は以前から、取引先を1つに絞らない方針だったようです。金銀以外にも収入がありますから、値下げを要求されても困らなかったのでしょう」
「そんなことは分かっている。今さら失敗した理由を聞いても仕方がない」
アルベルトが欲しかったのは、金銀を安く買う機会だけではなかった。
ローデン領の迷宮では、地下4階から銀、地下5階から金が採掘できる。さらに地下10階では、それまでより質のよい金銀鉱石や、宝石として利用できそうな結晶まで見つかったという。
これほど豊かな鉱山を公爵家が支配できれば、領地の財政は大きく改善するだろう。新しい事業への投資はもちろん、私兵を増やし、王都での発言力を高めることもできる。
しかし、そのためには迷宮の所有権を手に入れなければならなかった。
「王宮の記録は調べたのだろうな。迷宮の所有権について、陛下はどこまで認めておられる?」
家臣は用意していた別の書類を取り出した。
「先日出された王命を確認いたしました。ローデン領の迷宮から産出する鉱物、薬草、その他の産物は、定められた税を王国へ納める限り、ローデン家の世襲財産として認めるという内容です。金鉱や銀鉱についても例外ではございません。将来、王命が改められる可能性までは否定できませんが、現時点では王家であっても正当な理由なく取り上げることは難しいと存じます」
アルベルトは椅子の背に身体を預けた。
王国では、国王が与えた領地や権利を取り消すこと自体は不可能ではない。しかし、正当な理由もなく取り消せば、ほかの貴族たちまで自分の領地や財産を失うことを恐れる。
特に今回は、国王自身がレオンの功績を認め、迷宮から得られる資源をローデン家の世襲財産とすることを明文化していた。公爵家の都合だけで覆せる話ではない。
「それなら、あの男から領地を取り上げる方法はないのか?」
「反逆や重大な不正行為があれば別ですが、現在のローデン子爵にそのような問題は見当たりません。むしろ、先日の魔物討伐では陛下から高く評価されております」
アルベルトは不快そうに顔をしかめた。
レオンは1,000人の兵を率い、迷宮から溢れ出そうとしていた魔物を討伐した。領民の犠牲を防いだばかりか、領地では王軍の兵站に役立つ品々も生産している。しかも、子爵へ陞爵したばかりである。
そのような相手を公爵の一存で処分しようとすれば、国王が黙っているはずもなかった。
「陛下は、よほどあの男をお気に入りらしいな。軍人の真似事をしている占い師に、そこまで目をかける理由が分からん」
「占術では何度も成果を上げておりますし、実際に兵を率いた経験もございます。現在は特任士官として軍務局にも出入りしており、将校たちからの評判もよいと聞いております」
「もうよい。あの男の功績を聞くために、お前を呼んだのではない」
アルベルトは家臣の説明を打ち切り、王軍の物資調達について書かれた報告書へ目を向けた。
そこには、ローデン領で生産される保存肉、薬、軍馬、鉄製品を王軍が継続して購入する方針になったと記されていた。
「こちらは、すでに契約が成立しているのか?」
「陛下が購入をお認めになり、現在は軍務局が具体的な価格や数量について協議を進めております。王軍が使用する品物ですから、品質の検査も厳しくなります。不良品が見つかれば受け取りを拒否されますし、納入が遅れれば軍の装備や補給にも影響いたします」
その説明を聞いたアルベルトは、改めて書類を手に取った。
「つまり、ローデン子爵の工房が粗悪品を納めたり、約束した日に品物を届けられなかったりすれば、軍務局との契約に問題が生じるわけだな」
「そのとおりですが、これまでの取引で品質に大きな問題はなかったようです。鉄製品についても、安定した品質を保っていると報告されております」
「今まで問題がなかったからといって、これからも問題が起きないとは限らんだろう」
アルベルトは書類を指先でたたきながら、家臣の顔を見た。
「王軍の物資を安心して任せられない人間だと分かれば、陛下も考え直されるはずだ。領地を取り上げることができなくても、あの男の信用を失わせることはできる」
家臣は公爵の意図を察したらしく、慎重に言葉を選んだ。
「契約に問題が生じれば軍務局は調査するでしょう。ただし、ローデン子爵が責任を問われるかどうかは、その原因によります。街道で事故が起きたとしても、すべてが子爵の責任になるわけではございません」
「そんなことは承知している。まず、どのような品を、いつ、どれだけ納めるのか詳しく調べろ。輸送に関わる商人や御者についても知りたい。あの男が王軍とどのような取引を始めるのか、できる限り情報を集めるのだ」
家臣は命令を承り、書類をまとめて退室した。
アルベルトは机に残った鉱山の報告書をもう一度眺めた。ローデン領が今後も発展すれば、レオンの財力だけでなく、国王からの信頼もますます大きくなるだろう。
かつて貧しい士族の倅だった男が、今では子爵となり、王都の有力貴族たちと肩を並べようとしている。
アルベルトには、そのことがどうしても我慢ならなかった。
◇ ◇ ◇
翌日、レオンは王都の軍務局で、王軍へ納める品物の契約条件を詰めていた。
向かいに座っているのは軍需物資の調達を担当する軍務官で、机にはローデン領の工房から持参した鉄製品の見本が並んでいた。
剣や槍の穂先のほか、馬具に使う金具、荷車の補修部品、鍋や工具なども用意してある。
軍務官は鉄の金具を手に取り、厚さや形を確かめていた。
「これはすべて、ローデン領で作られたものですか?」
「そうです。領内で採った鉄鉱石を精錬し、工房で加工しています。王軍の荷車に使う部品なら、寸法を統一して量産することもできますよ」
レオンは見本を使い、取り付け方や必要な強度について説明した。
軍務官は実物を確かめながら、今後の納入について懸念している点を話した。
「王軍では一度採用した部品を大量に使いますから、途中で寸法や品質が変わると困ります。それに、これだけの種類を毎月安定して納められるかどうかも重要です。ローデン領の工房で、十分な生産量を確保できるのでしょうか」
「最初から大量に引き受けるつもりはありません。工房には生産量の限界がありますし、領内でも農具や建築用の金具を作っています。まずは無理なく納められる数量で契約し、必要に応じて職人や設備を増やしたいと考えています」
「それなら我々も安心できます。大きな契約を結んだあとで、品物を用意できないと言われても困りますからな」
軍務官はレオンの方針を了承し、品目ごとに数量を書き込んでいった。
納入場所は王都の軍需倉庫とし、到着した品物については軍務局の担当者が数量と品質を確認する。契約した見本と違うものが混じっていれば、受け取りを保留して原因を調べるという。
レオンも出荷前に検査を行い、工房と倉庫の双方に記録を残すことで同意した。
「途中の運送についても、そちらで責任を持っていただくことになりますが、問題はありませんか?」
「今まで商人の荷物を運んできた御者たちがいますから、輸送そのものは引き受けられます。ただ、天候や街道の状態によっては遅れることもありますので、日程には多少の余裕を持たせていただきたいですね」
「軍の備蓄が不足する前に納めてもらえればよいのです。納入日は、こちらでも調整しましょう」
こうして、最初の納入数量は控えめに設定することになった。
鉄製品のほか、保存肉と薬についても順次納めることになったが、品物ごとに必要な管理が異なるため、最初からすべてを同じ荷車で運ぶわけではない。特に薬は、破損や湿気を防ぐ梱包が必要だった。
軍務官は契約書の内容を確かめ終えると、レオンへ手を差し出した。
「陛下があなたの領地を高く評価された理由が分かります。金山を見つけただけでは、ここまで軍務に役立つことはなかったでしょう。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ。金は兵士の腹を満たしてくれませんからね。戦争になれば食料も薬も鉄製品も必要ですし、そうした品物を安定して供給できるようにしたいと思っています」
レオンは軍務官と握手を交わし、契約書の控えを受け取った。
王軍という大きな買い手ができれば、領地の工房は今後の生産計画を立てやすくなる。一定の数量を継続して販売できるなら、職人を増やし、設備へ資金を投じることも可能になる。
金銀の価格に左右されない収入を増やすという、これまでのレオンの方針にも合っていた。
◇ ◇ ◇
数日後、領地へ戻ったレオンは、管理所で軍需品の出荷準備を確認していた。
工房から届いた鉄製品は品目ごとに木箱へ分けられ、農具や建築用の金具と混ざらないよう、王軍へ納める品には専用の荷札が付けられていた。
管理官は帳簿を広げ、最初の納入分は予定どおり準備できる見通しだと報告した。
「工房でも職人を増やしておりますので、次からは数量を少し増やせると思います。御者たちも、王都への輸送に慣れていますから、大きな問題はないでしょう」
「まだ数量を増やす必要はないよ。まずは何度か納めて、問題なく仕事が回るか確かめよう。王軍の注文が増えたからといって、今まで付き合っていた商人への品物を減らすわけにもいかないからな」
「承知しました。従来の取引に支障が出ないよう、工房と御者たちの予定を調整いたします」
レオンは出荷予定表を受け取り、荷車の台数と担当者を確認した。
最初の鉄製品は荷車4台分で、王都の軍需倉庫へ運ぶことになっている。運送を担当する御者たちは、これまで何度も街道を往復してきた経験者だった。
それでも、今回は王軍との最初の取引である。事故や遅延が起きれば、今後の契約に影響する可能性もあるため、普段以上に注意が必要だった。
「街道の天気については、もう調べてあるのか?」
「宿駅から届いた情報では、今のところ大雨の心配はないそうです。ただ、山沿いでは時折強い雨が降っているようですので、念のため雨覆いを増やしておきます」
「分かった。それなら、俺も一度占ってみるよ。出発してから何か問題が起きるようなら、今のうちに対策を考えておきたい」
レオンは机の上に広げた街道の地図と出荷予定表を見た。
占術を使えば、ある程度先の出来事を見ることができる。しかし、いつでも望んだ光景が現れるわけではなく、知りたいことを具体的に絞った方が見えやすい。
今回確かめたいのは、最初の荷車4台が予定どおり王軍の倉庫へ到着するかどうかだった。
レオンは出発する荷車の姿を思い浮かべ、王都へ向かう道を順にたどった。
しばらくすると、頭の中に乾いた街道を進む4台の荷車が見えてきた。馬の足取りに問題はなく、御者たちも普段どおりの様子である。やがて荷車は街道沿いの宿場へ入り、そこで最初の光景が途切れた。
レオンはさらに意識を集中し、宿場を出てからの様子を探った。
翌朝、荷車は再び王都へ向けて出発していた。天気はよく、道に大きな障害物もない。途中の橋も無事に渡り、そのまま順調に進んでいくように見えた。
ところが、しばらくすると別の光景が現れた。
街道の脇に荷車が止まっており、そのうち1台の車輪が不自然な方向へ傾いていた。御者たちは車体の下を調べ、別の男は助けを求めるためなのか、街道を戻ろうとしている。ほかの3台も立ち往生しており、先へ進めない状態だった。
レオンは事故が起きる直前の様子を見ようとした。
車輪が外れる瞬間までは分からなかったが、車軸に取り付けられた金具が妙に気になった。どうやら車輪を固定する部分に異常があるらしい。
さらに意識を集中すると、今度は薄暗い場所で誰かが荷車の下へ潜り込んでいる光景が現れた。
男らしいことは分かったが、顔も服装もはっきりしない。車軸の近くに手を伸ばし、何かを動かしているようだった。しかし、詳しく確かめようとしたところで光景は消えてしまった。
レオンは地図から顔を上げた。
管理官は、主人が普段とは違う表情をしていることに気付いた。
「何か問題が見つかりましたか?」
「荷車が途中で止まるところが見えたんだ。1台の車輪に異常が起きて、ほかの荷車まで動けなくなるらしい。ただ、今回は普通の故障ではないかもしれない」
管理官が理由を尋ねると、レオンは荷車の下で何かをしている男の姿が見えたことを説明した。
車輪の不具合だけなら、これまでにも占いで何度か見たことがある。壊れかけた部品を交換したり、進む道を変えたりして事故を防いできたが、今回は誰かが意図的に細工をする可能性があった。
「まだ断定はできないけど、出発するまで荷車を見張らせてくれ。特に車軸と車輪を固定する金具は、出発の直前にも確認したい。誰が細工をするのかまでは見えなかったから、整備に関わる者にも注意させてほしい」
「承知しました。御者たちにも事情を説明し、車輪や金具をもう一度調べさせます。荷車を置く場所についても、関係者以外が勝手に立ち入らないようにいたします」
「頼む。それから、荷を積む時には木箱の数と荷札も確認してくれ。工房から運び出した時の記録と、王軍へ届ける時の記録が合うようにしておきたい」
管理官は荷車だけでなく、積み荷についても確認する必要があることを理解した。
「王軍へ納める最初の荷物ですから、数量や品目に間違いがあっても困りますね。積み込みを担当した者の名前も記録しておきます」
「そうしてくれ。もし途中で何か起きた時に、どの段階で問題が生じたのか分かるようにしておきたいんだ」
管理官は予定表の余白へ必要な確認事項を書き込み、整備担当者や御者たちへ伝える内容をまとめた。
レオンはもう一度占術を使おうとしたが、今度は何も見えなかった。
占術で見た未来が、必ずそのまま起きるとは限らない。危険を知って事前に対策を取れば、結果が変わることもある。これまでにも事故や襲撃を予知し、被害を防いだ経験があった。
今回も車輪の不具合を防げれば、荷車は無事に王都へ到着するかもしれない。
しかし、誰かが意図的に細工をするのだとすれば、車輪を点検するだけでは済まなかった。今回の妨害を防いでも、別の場所で同じことをされる恐れがある。
レオンは管理官に、出荷までに荷車を整備した職人と、積み込みを担当する者の記録を残すよう改めて指示した。
誰かがローデン領の仕事を妨害しようとしているのなら、その目的と関係者を調べる必要がある。相手が分からない以上、まずは自分たちで管理できる範囲を確実に守るしかなかった。
◇ ◇ ◇
同じ日の夕方、グランツ公爵邸では、アルベルトが新しい報告を受け取っていた。
王軍とローデン子爵家の契約がまとまり、最初の鉄製品が近く王都へ運ばれることになったという。
家臣が提出した書類には、品目や数量、納入予定日などが記されていた。
「最初は荷車4台分か。思ったより少ないな」
「ローデン子爵が、工房の生産量を確かめながら徐々に増やしたいと申し出たそうです。軍務局もその方針を認めております」
「用心深い男だ。最初から大量に納めるような契約なら、少しは問題も起こりやすかっただろうに」
アルベルトは報告書を読み進めた。
最初の納入が成功すれば、次から数量が増える可能性が高い。王軍との取引が長く続けば、レオンの領地は金銀以外からも安定した収入を得られるようになる。
しかも、王軍が必要とする品物を生産する領地は、国王にとっても重要な存在になる。レオンが金山から得た利益を使って工房を増やせば、今後ますます手を出しにくくなるだろう。
「軍務局の検査では、数量だけでなく品質も調べるのだな。契約した見本と違う品物が混じっていれば、どうなる?」
「当然、受け取りを拒否されます。程度によっては再納入を求められますし、重大な問題が続けば契約の見直しもあり得ます。納入の遅れについても、天候や街道の事故など、やむを得ない事情であれば一定の配慮はされるでしょうが、繰り返せば信用を失います」
アルベルトは説明を聞きながら、納入予定日を指でなぞった。
品質に問題があれば受け取りを拒否され、納期を守れなければ軍の補給に支障が出る。どちらも、レオンにとって好ましくない事態である。
ただし、単なる事故や一度の遅延だけで責任を問わせるのは難しい。公爵自身も、そのことは理解していた。
「引き続き調べておけ。特に運送に関わる者については、詳しい情報が欲しい」
家臣は命令を承り、書類をまとめて退室した。
アルベルトが報告書を読み直していると、しばらくして執務室の扉が開いた。
入ってきたのは第二夫人のセシリアだった。
淡い赤色のドレスを着て、髪を丁寧に結い上げている。手首には金の腕輪を着け、胸元には小さな宝石が輝いていた。
「まだお仕事ですの? もうお休みになってもよろしい時間ですわ」
「ローデン子爵のことを調べていた。あの男は、とうとう王軍へ軍需品まで売るようになったらしい」
「あの若い子爵様ですか。ずいぶんお気になさっていますのね。金山だけでも大変な財産だと聞いておりますけれど、今度は軍とのお取引まで始められたのですか?」
セシリアは夫のそばへ来て、机の上の報告書へ目を向けた。
「陛下がお認めになったのでしょう?」
「ああ。だから厄介なのだ。金山を持っているだけなら、まだ対処のしようがあった。だが、王軍との取引まで始めれば、あの男はますます陛下の信用を得ることになる」
アルベルトは椅子を離れ、窓際へ歩いた。
セシリアは夫の様子を見ながら、机に残された報告書を手に取った。そこには王軍へ納める鉄製品の品目と、輸送に関する予定が記されている。
「王都まで運ぶのでしたら、どこかの商会が間に入るのでしょうね。これだけの品物を運ぶのですから、運送費も相当かかるのではありません?」
「当面は自分のところの御者を使うらしい。すでに何台も荷車を持っているからな」
「それでも、王都の商会に任せた方が安く済むかもしれませんわ。運送を専門にしている商人なら、帰り荷も見込んで値段を下げることができますもの」
アルベルトは妻を振り返った。
「何か心当たりでもあるのか?」
「公爵家と取引のある商人なら、何人か存じております。こちらの希望も聞いてくださるでしょうし、ローデン子爵にとっても悪いお話にはならないと思いますわ」
セシリアは報告書を机へ戻し、夫の反応を確かめた。
「必要でしたら、私からお話ししてみます。若い子爵様ですもの。運送費が安くなると聞けば、興味を持たれるのではありません?」
アルベルトはすぐには答えなかった。
これまで商人を使ってレオンの金銀を買いたたこうとした時は、思惑どおりにいかなかった。しかし今回は、王軍へ納める品物が相手である。
金銀と違い、鉄製品には納期があり、品質の検査もある。契約した品物を予定どおりに納められなければ、レオン自身の信用に関わる。
輸送を引き受ける商人が公爵家とつながりを持っていれば、荷物の動きや納入状況についても詳しい情報を得られるかもしれない。
「そうだな。少し考えてみよう。商人たちのことも調べさせているから、その結果を見てから決めればよい」
アルベルトが答えると、セシリアは満足そうに笑った。
「私にもお役に立てることがあれば、何でもおっしゃってくださいませ。あなたがお困りになっているのを、ただ見ているだけではつまらないですもの」
彼女は夫のそばへ寄り添い、その腕に手を添えた。アルベルトは妻の手を取り、机の上に残された報告書へ目を向けた。
最初の荷物は、数日後にはローデン領を出発する予定だった。
アルベルトは、王軍との取引を利用すればレオンの信用を失わせる機会があると考えていた。セシリアもまた、公爵家と付き合いのある商人を使えば、ローデン子爵家の輸送に関わることができると見込んでいた。
一方、レオンはすでに占術によって、荷車の車輪に細工される可能性を知っていた。誰が妨害を企てるのかまでは分からなかったが、御者や管理官に指示を出し、事故を防ぐための準備を進めている。
公爵夫妻は、レオンが輸送中の危険を予知していたことを知らない。
そしてレオンも、王都の公爵邸で自分の領地と軍需契約について話し合われていることまでは知らなかった。




