第10話(前編)――「錫まで出た」
6月下旬、地下9階へ続く石段の近くで見つかった灰黒色の鉱石について、王都から分析結果が届いた。
レオンは領地の管理所で報告書を開き、同席していた鉱山技師にも試料を渡した。
「錫を含んでいるそうだ」
技師は鉱石を手に取り、欠けた部分を確かめた。
「錫ですか。地下8階で銅が見つかったばかりだというのに、都合のよい組み合わせですな」
「銅と混ぜれば青銅になるんだったな」
「はい。鉄がある以上、武器の主役にはなりませんが、鋳物や金具、器、鐘などには使いやすいでしょう。錫そのものにも用途があります」
高瀬真理子だったころの知識でも、銅と錫から青銅を作れることは覚えていた。錫は融ける温度が低く、別の金属をつなぐ用途や、鉄を錆びにくくする加工にも使われていたはずである。
ただし、知っているのはそこまでだった。
「王都から青銅を扱える職人を呼べ。銅も錫もここで採れるなら、原料を外へ売るより加工した方がいい」
「承知しました」
「地下9階も正式に調べる。石段の近くに少し出ただけなのか、奥まで続いているのか確認したい」
話しているところへ、迷宮入口を守る隊の兵が駆け込んできた。
「男爵様、地下から上がってきた鉱夫から報告です。地下7階で魔物を何度も見たため、採掘を止めております」
「何が出た?」
「大型の狼が数頭、それに見たことのない獣もいたそうです。普段は魔物をほとんど見ない採掘路まで入り込んできたため、護衛隊長が全員を地上へ戻しました」
「負傷者は?」
「1人が腕を噛まれましたが、命に別状はありません」
レオンは席を立った。
「判断は正しい。地下7階から下の仕事は全部止めろ。俺が確認する」
その日の午後には迷宮へ入った。
地下5階まではいつもと大きな違いはなかったが、6階へ下りるころから様子が変わった。通路の泥には新しい足跡がいくつも重なり、壁際に置いていた木箱の1つが壊され、中に保存していた干し肉まで食い荒らされている。
そこまで確認してから、レオンは【魔物察知Ⅱ】へ意識を向けた。
反応はすぐに返ってきた。
地下7階から下に、以前よりはるかに多くの気配がある。8階の奥だけではなく、そのさらに深い場所にも強い反応がまとまっていた。
「これは多いな」
同行していた隊長が尋ねた。
「普段とは違いますか?」
「ああ。下から上へ動いている。何が起きるのか占う」
レオンは、このまま何もせず数日が過ぎた未来を占った。
夜の迷宮入口から大量の魔物が飛び出し、守備兵を押し込んでいる。狼や猪に似た魔物の一部は街道へ抜け、そのまま村へ向かって走っていた。
やがて光景が変わった。
地下10階と思われる広大な空間に、今まで見たものより大きな四足の魔物がいる。全身を黒褐色の鱗で覆われ、頭には短い角が並んでいた。太い尾が横薙ぎに動くたび、兵の盾がまとめて弾き飛ばされている。
その周囲には、多数の魔物が集まっていた。
地下10階に大きな巣があり、そこから上層へ魔物が押し出されているらしい。
占いが途切れ、レオンは目を開いた。
「近いうちに地上へ出る。今の守備兵だけでは止められない」
「何人ほど必要でしょうか?」
「まず採掘を地下6階から下まで止めろ。入口は100人に増やし、4つの村にも夜警を置け。王都へ援軍を頼む」
地上へ戻ると、その日のうちに国王へ報告を送った。
返事は早かった。
近隣の王国軍とローデン男爵領の兵を合わせ、最大1,000人をレオンの指揮下へ置くという。
数日後、レオンは王都で国王へ直接状況を説明した。
「地下10階に大きな巣があるようです。放置すれば、魔物の群れが地上へ出ます」
「1,000人で足りるのか?」
「全員を地下へ入れるわけではありません。入口と4つの村にも兵を残します」
「お前に任せる。必要なら周辺の守備隊も使え」
「ありがとうございます」
国王は机の上の灰黒色の鉱石へ目をやった。
「ところで、今度は錫だそうだな」
「そう聞いています」
「鉄、石炭、銀、金、岩塩、銅。その次が錫か」
「石灰石や石膏、薬草もあります」
「聞いていない物まで増やすな」
国王が額へ手を当てた。
「今回は鉱山の自慢をしに来たわけではありませんよ」
「分かっている。だから1,000人も預けるのだ」
国王はそこで表情を改めた。
「領民を守れ。迷宮の財宝より先にだ」
「もちろんです」
レオンにも異論はない。
鉱山も工房も、そこで暮らす人間がいるから価値を持つ。村を魔物に荒らされてまで、地下10階へ急ぐ理由はなかった。
領地へ戻ると、レオンは1,000人を3つに分けた。
迷宮入口と地下1階から3階までの守備に400人、4つの村と街道へ300人を置き、残る300人を自分が率いて地下へ入れる。
騎兵の大半は地上に残した。狭い迷宮内へ馬を連れていくより、村と入口の間を急行させた方が役に立つ。
「地下へ入る300人のために、食料を4日分用意しろ。ただし全部を兵に背負わせるな。6階と8階にも食料と水を置く。松明、油、予備の弓弦、槍、盾も多めに準備しろ。6階と8階には治療所を設け、薬師を4人ずつ配置する」
兵站を担当する士官が帳面へ書き込んだ。
「地下10階まで4日かけるおつもりですか?」
「急げばもっと早い。ただ、魔物の巣へ疲れた兵を連れていく気はない。9階で一度休ませる」
「分かりました」
「入口の400人にも矢と水を多めに渡せ。俺の占いでは、魔物が地上へ出るのは夜だ。入口を抜かれても追って森へ入るな。村の防衛線までで止めろ」
1,000人を動かすとなれば、500人や600人を率いた時とは必要な物の量が違う。
食料だけでも1日で大量に消費する。負傷者をどの階からどの経路で運び、交代する兵をどこで休ませるかまで決めておかなければ、戦う前に部隊が混乱する。
それでも、レオンには【兵站Ⅱ】があった。
地下6階と8階を中継点にして補給物資を置けば、地下へ入る300人全員が4日分の食料と水を背負う必要はない。入口から必要な物を順次送り込み、帰路につく者には空になった容器や負傷者を任せる。そうすれば人員の往復も無駄にならなかった。
準備を終えたのは7月上旬だった。
レオンは迷宮入口に並んだ兵を見渡した。
「俺が地下へ入っていても、地上の守りが最優先だ。魔物が出たら森まで追うな。入口と街道、それに村を守れ。地下のことは俺たちに任せろ」
兵たちの返事が重なった。
レオンは300人を率い、地下9階を目指した。




