第9話(後編)――「朝までここに」
エレオノーラの私室へ入ると、侍女が暖炉へ薪を足していた。
「今夜はもう下がっていいわ」
侍女はレオンへ一度だけ目を向けたが、何も尋ねず一礼して部屋を出ていった。
扉が閉まる。
食堂では聞こえていた使用人たちの声も、ここまでは届かなかった。
レオンが近づくと、エレオノーラはその場で待っていた。
頬へ触れて唇を重ねると、彼女の腕が背中へ回る。何度か口づけを交わすうちに身体から緊張が抜け、抱き寄せれば素直に胸へ身体を預けてきた。
エレオノーラが少し顔を上げた。
「ずっと、こうなるような気がしていたわ」
「俺もです」
今度はエレオノーラの方から唇を重ねてきた。
レオンは彼女を抱き寄せたまま、暖炉の火が揺れる部屋の奥へ進んだ。
その夜、レオンは公爵邸を出なかった。
◇ ◇ ◇
翌朝、窓の外がまだ青白いうちにレオンは目を覚ました。
隣ではエレオノーラが眠っており、長い髪が枕の上へ広がっている。起こさないよう身体を起こしかけると、腕を掴まれた。
「もう行くの?」
「まだ寝ていたと思いました」
「今起きたの」
エレオノーラは腕を離さず、そのままレオンを寝台へ引き戻した。
「外はまだ暗いでしょう」
「そうですね」
「なら、もう少しくらいいいでしょう」
レオンが横になると、エレオノーラは肩へ額を寄せた。昨夜までより、その距離がずっと自然になっていた。
「何だか悔しいわ」
「何がです?」
「あなた、いつもと同じ顔をしているから」
「そんなに変な顔を期待されても困ります」
エレオノーラが顔を上げ、笑った。
「やっぱり、そういうところは変わらないのね」
レオンも笑い、彼女の髪を指で整えた。
しばらく2人とも話さなかった。
やがて朝の光が窓へ差し始めると、エレオノーラがレオンの胸元で口を開いた。
「昨日のこと、嫌ではなかったわ」
「俺もです」
エレオノーラはそれを聞くと、また身体を寄せた。
日が昇る前には出なければならない。
レオンが服を整える間、エレオノーラも薄い上着を羽織って寝台を離れた。
扉の前まで来たところで、彼女はレオンの手を取って引き止め、自分から唇を重ねた。
「次はいつ王都へ来るの?」
「10日ほどしたら戻る予定です」
「10日……」
「長いですか?」
エレオノーラは答えず、もう一度短くキスをした。
「戻ったら来て」
「分かりました」
ようやく手を離したエレオノーラは、名残惜しそうにレオンを見送った。
レオンも頬へ一度触れてから扉を開けた。
◇ ◇ ◇
その日の午後、軍務局へ出たレオンを待っていたのは、領地から届いた新しい報告だった。
地下8階の銅鉱脈は、最初に確認した範囲よりさらに奥へ続いている。ガラス工房でも、以前より透明度の高い瓶を作れるようになったという。
もう1通の書状は鉱山技師からだった。
地下8階の銅鉱脈を調べていた者たちが、兵の護衛を受けて地下9階へ続く石段の周囲を確認した際、これまで見たことのない鉱石を見つけたらしい。
書状には試料も添えられていた。
手に取ると、小さいわりにずっしりと重い。表面は灰黒色で、欠けた部分には銀灰色の金属光沢が見える。
鉱山技師によれば、これまで採った銀、金、銅のどれとも違い、用途もまだ分からないという。
「また何か出たのですか?」
隣の机にいた軍務官が尋ねた。
「今度は正体不明です。かなり重い鉱石らしいですよ」
「あなたの領地は、掘るたびに何か出ますな」
「だから、まだ掘るんです」
レオンは試料を布へ戻した。
地下9階はまだ本格的に調べていない。その先には地下10階もある。
ここまで来れば、鉱夫や技師を連れて少人数で覗く段階ではなかった。深くなるほど魔物も強くなっている以上、次の調査には相応の兵力と準備が必要になる。
レオンは報告書の余白へ、必要な兵、食料、松明、治療用品、予備武器、荷運びの人数を書き始めた。
王都で片付ける仕事を終えたら、いったん領地へ戻る。
10日ほどしたら、再び王都へ来る予定もあった。
公爵邸で待っている人ができたからである。




