第9話(中編)――「公爵夫人の部屋」
6月上旬、レオンは軍務局の仕事で王都へ戻った。
グランツ公爵邸の東棟では、頼まれていた窓枠の交換と雨戸の取り付けが終わっている。エレオノーラから仕上がりを一緒に見てほしいという手紙が届いていたため、レオンは午後から屋敷を訪れた。
「前よりずっと良くなりました」
東棟の客室へ入ると、エレオノーラは嬉しそうに新しい窓を開けた。
「雨の日にも水が入らなくなりましたし、閉めれば風もほとんど感じません」
「冬にならないと本当の差は分かりませんが、これなら以前よりはかなり良いでしょう」
レオンが窓を開け閉めして具合を確かめている間も、エレオノーラはすぐ隣にいた。
最後の窓を閉じたところで、彼女の指がレオンの袖へ触れた。レオンが振り向いても、エレオノーラは手を離さなかった。
その手を取り、身体を引き寄せる。
エレオノーラが顔を上げたところへ、そのまま唇を重ねた。
最初にキスをした時のような驚きは、もうなかった。エレオノーラは目を閉じ、自然に手をレオンの肩へ回してくる。
唇を離すと、彼女は赤くなった顔のままレオンを見た。
「今日は工事を見に来たのではなかったの?」
「もう見終わりました」
「では、帰ってしまうの?」
レオンは答える代わりにもう一度口づけた。
今度はエレオノーラの腕が首へ回り、先ほどより距離が近くなる。
廊下から人の話し声が聞こえたところで2人は離れた。
間もなく扉が叩かれる。
「奥様、お茶をお持ちしました」
「入って」
侍女が入ってきた時には、レオンは窓のそばへ戻っていた。それでもエレオノーラの頬に残った赤みまでは隠せなかった。
茶が置かれ、侍女が下がったあと、エレオノーラはカップを手にしたまま尋ねた。
「今夜は王都に泊まるのですか?」
「ええ。軍務局の近くにいつも使っている宿があります」
「そうなのね」
声にわずかな物足りなさが混じった。
レオンはそこには触れず、領地の近況を話した。ガラス工房が動き始めたこと、岩塩で作った保存肉を王軍へ納めていること、仕事を求めて移ってくる者が増え、新しい家を建てていることなどである。
エレオノーラは以前より領地の話を聞きたがった。
「最初は、陛下からずいぶん貧しい土地を与えられたのだと思っていました」
「俺も最初の帳簿を見た時はそう思いました」
「今では金も銀も採れるのでしょう?」
「採れます。ただ、暮らしてみると塩や鉄の方がありがたい時もありますよ」
「そこがあなたらしいのね」
「もちろん金も好きです」
エレオノーラが声を立てて笑った。
レオンは、その笑顔を見るのがいつの間にか好きになっていた。
最初はアルベルトの正妻であり、国王の妹だからこそ目を向けた。しかし何度も会い、話し、笑うところを見ているうちに、レオンはエレオノーラ自身にも惹かれるようになっていた。
夕方になり、レオンがそろそろ戻ろうと立ち上がると、エレオノーラも席を立った。
「もう帰るの?」
「夕食時まで居座るわけにもいかないでしょう」
「今日はアルベルトはいません」
レオンは足を止めた。
「王都を離れているのですか?」
「3日ほど出ています。戻るのは明後日の予定です」
エレオノーラはそれだけ言った。
レオンも理由を聞かなかった。
代わりに彼女の手を取ると、エレオノーラの指が自分から絡んできた。
「それなら、夕食をご馳走になってもいいですか?」
「ええ。そうして」
その夜は大きな食堂を使わず、エレオノーラが普段食事を取る小さな部屋に2人分の料理が用意された。
給仕が下がって食事が終わるころには、卓上に葡萄酒だけが残っていた。
「顔が赤いですよ」
レオンが言うと、エレオノーラはグラスを見た。
「まだ1杯しか飲んでいません」
「では、酒のせいではありませんね」
目が合うと、エレオノーラが先に笑って視線を落とした。
レオンは向かいの席から立ち、彼女の隣へ移った。
肩を抱くと、エレオノーラは何も言わず身体を寄せてくる。
昼よりも長い口づけを交わした。
エレオノーラの指が髪へ入り、唇が離れても胸元に顔を寄せたまま動かない。
「レオン」
「はい」
「今夜……」
言葉はそこで止まった。
レオンは腰へ腕を回し、エレオノーラを立たせた。
彼女はレオンの手を取ると、そのまま私室へ続く廊下へ歩き始めた。




