第8話(後編)――「18歳の男爵」
秋が終わり、再び冬が来た。
レオンは王直属の特任士官として王都と領地を往復しながら、軍の冬季輸送や倉庫の備蓄、軍馬の補充についても意見を求められるようになっていた。
500人、600人を率いた経験があり、【指揮Ⅲ】【兵站Ⅱ】【軍略Ⅱ】を持っている。
最初は17歳という年齢だけで驚かれたが、今では軍務局の将校たちも普通にレオンへ意見を聞く。
領地の方も止まってはいない。
煉瓦を焼く窯は2基になった。
ガラス工房では薬瓶だけでなく、小さな窓ガラスも作っている。
銅鉱石の試掘も始まった。
石灰と粘土から新しい建築材を作る試みは失敗が多かったが、レオンは急がせなかった。
「前世で知っていた物と同じ物にならなくても構いません。今ある石灰より丈夫で使いやすい物ができれば、それで十分です」
冬には、公爵邸のアースチューブが寒い時期にも使えることが分かった。
外気を地下へ通しても暖房になるわけではない。しかし、外から直接冷たい空気を入れる場合よりは室温が落ちにくい。
エレオノーラから礼の手紙が届いた。
春になれば、東棟の改修もお願いしたいと書かれている。
レオンは返事を出した。
冬が終わるころ、レオンは18歳になった。
異世界へ来た時は16歳だった。
身長は伸び、肩幅も広くなった。剣と騎乗、軍務で鍛えられた身体には少年の細さがなくなり、顔つきも変わっている。
高瀬真理子として48年を生きた記憶も残っていた。
そのため、女が男を見る時の目は分かる。興味がないのか、警戒しているのか、近づかれるのを嫌がっているのか。逆に、もう少し近づいてほしい時の目も知っている。
18歳になって最初に王都へ入った日、レオンは国王への報告を終えると、グランツ公爵邸へ向かった。
東棟の窓を改めて見るためである。
応接室へ入ったレオンを見て、エレオノーラは一瞬言葉を止めた。
「お久しぶりです、ローデン男爵」
「冬は領地にいることが多かったですからね」
エレオノーラはまだレオンを見ている。
「背が伸びました?」
「少しは伸びました」
「それだけではない気がします」
「18歳になったからでしょう」
「もう18歳なのですね」
レオンは笑った。
「そんなに驚きますか?」
「最初に会った時は、本当に少年に見えたものですから」
「今は?」
エレオノーラの目がレオンの顔から肩へ動き、また戻った。
「今は、もう少年には見えません」
「それならよかった」
レオンはそれ以上聞かなかった。
東棟へ移り、問題になっていた窓を調べる。
窓枠は歪み、冬の冷たい空気が隙間から入っていた。壁にも小さな傷みがある。
「地下管を増やす前に、ここを直します。窓枠を替えて、外側に雨戸も付けましょう」
エレオノーラが隣へ来た。
「ここから風が入っていたのですね」
「手を当てれば分かります」
レオンが窓枠へ手を置く。
エレオノーラも同じ場所へ手を伸ばした。
指が触れた。
エレオノーラはレオンを見た。
すぐには手を引かない。
距離も近い。
レオンには、その視線の意味が分かった。
窓の説明を続ける必要はなかった。
レオンはエレオノーラの頬へ手を添え、そのまま顔を寄せた。
唇が重なる。
エレオノーラの身体が一瞬だけ固くなった。
それでも離れなかった。
レオンが唇を離すと、エレオノーラは驚いたように見つめていた。
頬が赤い。
目は逸らさない。
レオンはもう一度唇を重ねた。
今度はエレオノーラの方も目を閉じた。
先ほどより長い。
離れたあと、2人の間に少しだけ沈黙が残った。
「……レオン」
初めて名前で呼ばれた。
「はい」
エレオノーラは何か言おうとしたが、結局言葉にしなかった。
代わりにレオンの胸元へ手を置いた。
追い払う手ではない。
レオンはその手に自分の手を重ねた。
廊下の向こうで侍女の足音がした。
エレオノーラが先に離れる。
それでも、表情は先ほどまでとは違っていた。
工事の日程を決め、その日は屋敷を出た。
数日後、窓枠の交換が始まった。
レオンが公爵邸へ行くと、エレオノーラは以前と変わらない顔で使用人の前に立っていた。
ただ、2人きりになった時だけ距離が近くなる。
廊下の角で人の姿が途切れた時、エレオノーラが立ち止まった。
「この前のこと……」
レオンは言葉を待たず、軽く唇を重ねた。
エレオノーラは驚いたものの、今度は最初から逃げなかった。
離れると、彼女は困ったようにレオンを見た。
「あなたは、ずいぶん変わりましたね」
「18歳になりましたから」
エレオノーラが小さく笑った。
「それだけではないでしょう」
「そうかもしれません」
その日から、エレオノーラがレオンを見る目は明らかに変わった。
レオンも、それに気付かないふりはしなかった。




