第8話(前編)――「塩を掘れ」
7月中旬、レオンの領地では、春から始めた仕事が少しずつ形になっていた。
地下2階から採れる鉄鉱石と石炭は量が増え、鍛冶場では農具や荷車の金具を以前より多く作れるようになった。地下4階では銀鉱脈の試掘が始まり、地下5階の金については兵を置いたうえで鉱脈の広さを調べている。
石灰を使った壁塗りや石積みも広がった。粘土を焼く窯では煉瓦や陶管を作り、王都の屋敷で試したアースチューブにも陶管を使えるか試験している。
最大の変化は人だった。
春には農民と兵ばかりだった最大の村へ、鍛冶屋、石工、大工、煉瓦職人、鉱夫が移り住み始めている。独りで来た者だけではなく、妻子を連れて住み着く者もいた。
管理官は人口帳を開いた。
「今年だけでも100人近く増えるかもしれません」
「仕事があるなら歓迎します。ただし、家と食料が足りなくなってから慌てるのは困ります」
「新しく建てる家には煉瓦を使いますか?」
「全部に使う必要はありません。木や石の方が安い場所なら今までどおりでいいでしょう。煉瓦は炉を使う工房や、火事を避けたい倉庫から回してください」
新しい物を手に入れたからといって、何でも置き換えればよいわけではない。
金を掛けるところと、掛けなくてよいところを分ける必要があった。
迷宮の調査も同じである。
地下6階までで十分な利益が見込めるようになったが、その下にはまだ何があるのか分からない。
レオンは地下7階へ進むことにした。
今回は兵60人に鉱山技師2人、薬師2人、荷運びを担当する者10人を加えた。
地下6階までには休憩所と物資置き場ができている。水や松明、予備の武器を途中へ置けるようになったため、深く入っても以前ほど荷物を抱える必要はなかった。
地下7階へ下りると、空気が変わった。
地下6階の湿った空気とは違い、乾いている。壁や床には白い筋が目立った。
レオンが手を伸ばすと、鉱山技師が先に調べた。
白い結晶を削り、水へ溶かしたあと、ごく少量を確かめる。
「岩塩でしょう」
「塩ですか?」
「王都で調べる必要はありますが、かなり純度が高そうです」
白い層は壁の一部だけではない。
通路の奥まで続いている。
レオンは第1章で、雪による値上がりを見越して塩を60袋買ったことを思い出した。
あの時は安く買って高く売る商品だった。
今回は違う。
自分の土地から採れる。
「食べられる物なら、売るだけじゃありませんね」
「ほかにも使われますか?」
「肉を長く保存できます。皮を扱う時にも使うでしょう。羊や馬にも必要です」
冬に屠った豚や羊の肉を塩漬けにできれば、食料を長く持たせられる。
保存肉は軍にも売れる。
羊や馬を増やしていくなら、家畜用の塩も必要になる。
「採れる量を調べてください。食用にできると確かめるまでは、勝手に持ち帰らせないようにします」
岩塩層の近くでは、柔らかい白色の石も見つかった。
鉱山技師は表面を削りながら言った。
「石膏に近いですな」
「使い道は?」
「焼いて砕けば壁や天井の仕上げに使えます。型を作る職人も使います」
建築材料がまた1つ増えた。
レオンが地図へ記録させていると、【魔物察知Ⅰ】が奥でまとまった気配を捉えた。
「この先にかなりいます。20体以上ですね」
占いで先を見る。
狭い岩場に、灰色の獣が群れていた。
犬に似ているが身体は低く、肩と前脚が太い。通路の左右には巣穴があり、正面の敵へ気を取られた兵の側面から次々に飛び出してくる。
ただし巣穴の入口は、大きな盾なら塞げる程度の広さだった。
レオンは占いを終えた。
「左右の穴からも出てきます。盾兵を先に入れて穴を塞いでください。正面から来るものは弓と槍で止めます」
実際の戦闘も、ほぼ占いで見たとおりになった。
正面の獣を弓兵が減らし、左右の巣穴は盾兵が塞ぐ。外へ出ようとした魔物には、盾の隙間から槍を入れた。
30分ほどで戦闘は終わった。
倒した魔物は27体。負傷者は8人で、そのうち2人は深く噛まれていたものの、薬師がすぐに処置したため命に関わる状態ではない。
その時、レオンの視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【魔物察知Ⅱ】を獲得しました》
【魔物察知Ⅰ】が【魔物察知Ⅱ】へ上がった。
周囲へ意識を向けると、先ほどまでより魔物の気配がはっきり分かる。単にいる方向だけではなく、近くにいるのか遠くにいるのか、まとまっているのか散らばっているのかも以前より捉えやすくなっていた。
レオンは地下7階の奥へ意識を向けた。
さらに先にも魔物の気配はある。
しかし、今日は十分だった。
「今日はここで戻ります」
地下7階で見つかった岩塩だけでも、大きな成果である。
銀や金ほど派手ではない。
それでも領民が毎日使い、食料の保存に役立ち、家畜にも軍にも必要となる塩なら、長く領地を支える資源になる。
レオンは岩塩の壁を見上げた。
「これが食べられる塩なら、冬の食料事情がかなり変わりますね」
鉱山技師が笑った。
「男爵様は、金を見つけた時より嬉しそうですな」
「金貨を煮ても食べられませんからね」




