第7話(中編)――「公爵邸を直せ」
6月上旬、レオンは王都へ戻った。
軍務局への報告とともに、領地で試作した石灰や煉瓦、地下換気に使った管の見本も持ち込んでいる。
銀や金の鉱石ほど人目を引く物ではない。しかし領地を大きくしていくなら、道や橋、倉庫、工房、家を造るための材料は金銀と同じくらい重要だった。
王都へ戻って3日後、グランツ公爵家の執事がレオンを訪ねてきた。
「公爵夫人が、ローデン男爵にご相談したいことがあるそうです」
「俺にですか?」
「領地で建物に新しい工夫をしておられると伺ったそうです。公爵邸でも以前から困っている場所がございます」
王宮へ出入りする職人から話を聞いたらしい。
レオンは依頼を受けた。
グランツ公爵家には、国王の妹である正妻エレオノーラと、第二夫人セシリアがいる。
セシリア・フォン・グランツが前世の水野沙也香であり、夫のアルベルトが高瀬修一だったことは、すでに分かっている。2人ともレオンにとって復讐すべき相手だった。
一方、今回レオンへ相談を持ち掛けたエレオノーラは前世とは関係がない。アルベルトの正妻であり、国王の実妹でもある。
だからこそ、レオンは興味を持った。
アルベルトにとって、エレオノーラは王家との結びつきを支える重要な存在である。
今すぐ何かを仕掛ける必要はない。
まず普通に仕事を引き受け、役に立つところを見せればよい。エレオノーラとの関係を変えるとしても、その先の話である。
◇ ◇ ◇
グランツ公爵邸は、旧王領管理所とは比べものにならない大きさだった。
石造りの本館に左右の翼棟が付き、裏には広い庭園、厩、使用人棟まで並んでいる。
ところが、近くで見ると古い建物らしい問題もあった。
エレオノーラ・フォン・グランツは応接室でレオンを迎えた。
年齢は30歳前後で、王家の女性らしく落ち着いた身なりをしている。華美な宝石をいくつも身に付けるのではなく、淡い色のドレスに小さな首飾りを合わせていた。
「わざわざ来てくださってありがとうございます」
「建物は実際に見ないと分かりませんから。困っているところから教えてください」
エレオノーラは執事や侍女が話している時も途中で遮らず、最後まで聞いてから答えていた。
「夏になると西側の部屋がとても暑くなるのです」
エレオノーラは侍女の方を見た。
「冬は窓の近くが寒いですね。それから雨の多い時期になると北側の壁が湿ります。地下の貯蔵室にも黴が出ることがあります」
「台所も見せてもらえますか?」
「台所まで見るのですか?」
「毎日使う場所でしょう。屋敷を直すなら、生活している人が困っているところをまとめて見た方が早いです」
「分かりました。案内させます」
レオンは本館だけでなく、地下室や台所まで歩いた。
北側では雨樋から溢れた水が基礎の近くへ落ち、地面に溜まっている。地下室の湿気も、それが原因の一つだと考えられた。
西棟は午後の日差しを大きな窓から受けるうえ、天井近くに暖かい空気を逃がす場所が少ない。
台所では煙突の引きが悪く、風向きによって煙が室内へ戻っていた。
【建築Ⅰ】を得る前なら、それぞれ別の不具合として見ていたかもしれない。
今は水と空気の流れを建物全体で考えられる。
「直せると思います」
エレオノーラは驚いた。
「全部ですか?」
「順番にやります。まず北側の雨水を建物から離して、地下室がどれくらい乾くか見ます。西棟は窓の外で日差しを遮り、天井近くから熱を逃がします」
「それだけでも大きな工事になりそうですね」
「もう一つ試したいものがあります。庭の一部を掘らせてください」
「庭を?」
「地下に長い管を埋めます」
レオンは紙を借り、簡単な図を描いた。
「地上の気温は1日の間でも、季節によっても大きく変わります。でも地下数メートルでは、その変化がかなり緩やかになります。そこで外の空気を長い管に通し、地下で少し温度を変えてから部屋へ入れます」
「夏なら冷たくなるのですか?」
「外の空気よりは涼しくできます。冬なら反対に、外の冷たい空気を少し暖めてから取り込めます。ただし、夏の氷や冬の暖炉が要らなくなるようなものではありません」
「それでも十分です」
「俺の領地で小さく試して、効果は確認しました。今度は大きな屋敷でも使えるか確かめたいんです」
エレオノーラは図面を見た。
「かなり費用が掛かるのではありませんか?」
「材料と職人の給金だけ負担してください。今回は大きな建物での試験も兼ねていますから、俺の利益は取りません」
「そこまでしていただくのは申し訳ないです」
「うまくいけば、その実績を使って他の屋敷でも仕事ができます。俺にも得がありますよ」
それでも迷っている様子だったので、レオンは西棟の2部屋だけで試すことを提案した。
「最初から屋敷全部へ入れる必要はありません。2部屋で使ってみて、気に入らなければそこで止めましょう」
「それなら……お願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
エレオノーラの表情から迷いが消えた。
「頼りにしています、ローデン男爵」
今のところは、それで十分だった。




