第2話(中編)――「薪を買え」
4月半ば、レオンは1人で市場へ出た。今度は母の買い物に付いてきたのではなく、自分で金を増やす方法を探すためである。
銀の耳飾りを見つけてから、町で声を掛けられることは増えた。ただし、毎日のように失せ物が出るわけではない。占いを収入につなげるなら、もっと日常的に使える方法を見つける必要があった。
財布には、耳飾りを見つけた報酬からパン代を引いた銅貨4枚が残っている。
前世で商売をした経験はなかったが、コンビニやスーパーで働いたことはある。同じ弁当でも昼前なら定価で売れ、夜になれば値引きされる。雨が降れば傘が売れ、寒くなれば温かい飲み物を買う客が増える。この世界でも、人が必要とする品を値上がりする前に買えれば利益になるはずだった。
レオンは市場を一通り歩いたあと、人通りの少ない壁際へ移った。
今日、この市場で何を買えば金になるのか。
そう考えて意識を集中すると、しばらくして頭の中に乾いた薪の束が浮かんだ。続いて東門と、荷車のそばに立つ年配の男の姿が見える。
「薪を買えってことか」
市場の東端へ向かうと、農村から薪を運んできた男が荷車の横で客を待っていた。春になって暖かい日が増えたため、冬ほど薪が売れないらしく、荷車にはまだ多くの束が残っている。
「この薪は1束いくらなんだ?」
「銅貨2枚だ」
「2束買うから、銅貨3枚にしてくれないか」
男はレオンの服装を見て笑った。
「士族の倅が薪を値切るのか」
「金がない士族だからな」
「堂々と言うことじゃないぞ」
「金がないから値切るんだよ」
男は呆れた顔をしたものの、売れ残りを持ち帰るよりはましだと考えたらしく、2束を銅貨3枚で売ってくれた。
レオンは残った銅貨1枚を財布へ戻し、薪を抱えて市場の外れへ運んだ。【体力Ⅰ】と【握力Ⅰ】のおかげで、2束程度なら途中で休まず持っていける。
ただし、占いで薪が金になると分かっても、いつ、誰に売ればよいのかまでは見えていなかった。
レオンは人の往来が見える場所に薪を置き、しばらく様子を見ることにした。
昼を過ぎたころから、朝には晴れていた空へ灰色の雲が増え始めた。風も冷たくなり、やがて雨が落ちてくる。
市場を歩いていた人々が屋根のある店や軒下へ急ぎ、冷え込んだことで薪を買い求める者も増えてきた。
レオンは薪を濡らさないよう、古い倉庫の軒下へ移していた。
夕方近く、買い物を終えた女が薪を見つけて足を止めた。
「その薪は売り物なの?」
「そうです」
「2束とも買いたいんだけど、いくら?」
市場の薪屋が朝より値段を上げていることは、すでに確認していた。
「1束銅貨4枚です。2束なら8枚になります」
「それならもらうわ」
女は銅貨8枚を払い、薪を持って帰った。
朝に持っていた4枚のうち3枚を使い、手元に残った1枚と売上の8枚を合わせれば9枚になる。半日で銅貨5枚を増やしたことになった。
「本当に売れたな」
銅貨を数えていると、視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【腕力Ⅰ】を獲得しました》
文字が消れると、両腕と肩へ以前より力が入りやすくなっていた。
市場の井戸のそばには水を入れた桶が置かれていた。レオンは持ち主がいないことを確かめてから取っ手を持ち、少しだけ持ち上げてみた。
以前なら両手を使いたくなる重さだったが、今は片手でも上がった。
「父さんが喜びそうな力だな」
腕の太さが急に変わったわけではない。それでも、力は明らかに増している。
占いが当たれば金を稼げるうえ、身体まで強くなる。士族として生きるなら、いずれ剣や槍を扱うことになるだろう。家族のために金を稼ぎながら、自分自身も強くなれるのなら都合がよかった。
帰宅すると、エルザは息子が朝より多くの銅貨を持っていることに気付いた。
「そのお金、どうしたの?」
「朝に薪を買って、雨が降ってから売った」
「占いで分かったの?」
「ああ。今日は薪が金になると出たから、銅貨3枚分だけ買ってみた」
エルザは話を聞いても、すぐには安心しなかった。
「外れていたらどうするつもりだったの?」
「薪が2束残るだけだよ。売れなければ家で使えるから、銅貨3枚を全部失うわけじゃない」
「それなら大損はしないけど、手持ちのお金を全部使ったりしては駄目よ」
「それはしない。外れることも考えて使う金は決めるよ」
前世で何度も金に苦労したからこそ、手持ちを一度の勝負へ全部つぎ込む気にはなれなかった。
エルザも、その考えなら反対する必要はないと思ったらしい。
「無茶をしないならいいわ」
「分かってる」
その日の夕食では、いつもの豆のスープに少しだけ油が加えられていた。黒パンを浸して食べると、前より味も腹持ちもよい。
リナは兄が市場で金を増やしたと聞き、以前の約束を思い出した。
「兄さん、肉を食べさせてくれる約束は忘れてないよね?」
「しっかり覚えてたんだな」
「兄さんが言ったんでしょ」
「分かった。次は肉を安く買えるところを探してみるよ」
そう答えたあと、レオンは自分が「俺」と言うことに、ほとんど意識を向けなくなっていると気付いた。
前世の記憶が消えたわけではない。それでも、レオンとして暮らす時間が長くなるにつれ、16歳の少年の身体と言葉が少しずつ自分のものになっていた。




