第6話(後編)――「金だけ掘るな」
地下6階の調査は、さらに翌日に行った。
地下5階で負傷した兵は入口の野営地に残し、予備の兵と交代させた。金らしい鉱石も試料だけを持ち帰っており、採掘にはまだ手を付けていない。
長い階段を下り切ると、地下3階に似た湿った空気が流れていた。
ただし、生えている植物は違う。
青みを帯びた葉を持つ草や、白い花を付けた細い植物がまとまって生えていた。
薬師2人が足を止める。
「レオン様、この先は踏み荒らさないでください」
兵に周囲を守らせ、薬師だけを近づけた。
1人が青い葉を確かめる。
「私の知っている物と同じなら、化膿した傷の治療に使う薬草です。地上ではほとんど採れません」
もう1人は白い花を調べた。
「こちらは高熱の薬に使われる種類に似ています。どちらも持ち帰って詳しく見たいですね」
「全部は採らないでください。毎年採れる方がありがたいです」
「今回は種類ごとに少量だけ持ち帰ります。増え方も調べてみましょう」
薬草の群生地から少し離れた場所では、床の土が白っぽくなっていた。
荷運びの領民が踏むと、普通の土より軽く、乾いた場所では細かな粉が舞う。
レオンは一握り取ってみた。
見覚えがある気がした。
高瀬真理子として生きていた頃、風呂場の足拭きや調湿材に使われる珪藻土という名前を聞いたことがある。ただし、目の前の土が本当に同じ物かは分からない。
「これも持ち帰りましょう」
鉱山技師が白い土を指で擦った。
「鉱石ではありませんが、かなり軽いですな」
「前の世界では、こういう土を建材や濾過に使っていた覚えがあります。ただ、本当に同じ物なのかは専門家に見てもらわないと分かりません」
薬草と白い土の試料を集めたところで、【魔物察知Ⅰ】が強く反応した。
「奥から何か来ます。今までより大きいです」
薬師と荷運びの者を後方へ下げ、兵が隊列を組んだ。
暗がりから現れたのは、太い角を2本持つ四足の魔物だった。
身体は大きな牛に似ているが、肩から背にかけて硬い板のような皮膚が並んでいる。
魔物は前脚で地面を掻き、そのまま突進した。
「正面で受けるな! 左右へ分かれろ!」
兵が道を空ける。
しかし魔物は途中で向きを変え、左側の兵を追った。
「弓兵、前脚を狙え!」
矢の一部は硬い皮膚に弾かれたが、1本が脚へ刺さった。
それでも勢いは止まらない。
「槍兵3人、俺と右へ!」
レオンは【危険察知Ⅱ】で魔物の進路を読み、側面へ回った。
盾兵へ向きを変えた瞬間、槍が右後脚へ入る。
1本目は浅かったが、2本目が深く刺さり、巨体が大きく傾いた。
「離れろ!」
倒れながら振られた角が盾を弾き飛ばす。
弓兵が顔を狙い、槍兵は腹側へ回った。
動きが鈍ったところでレオンも入り、首の柔らかい部分へ剣を入れた。
しばらく暴れていた魔物が、ようやく動かなくなった。
負傷者は6人。1人が肩を痛めていたものの、命に関わる怪我はなかった。
「地下7階へは行きません。次はもっと兵と装備を増やします」
隊長も反対しなかった。
「下へ行くほど、魔物も強くなっていますからな」
角、皮、肉についても使い道を調べるため、一部を持ち帰ることにした。
これで今回予定していた地下6階までの調査は終わった。
◇ ◇ ◇
王都へ戻ったのは5月上旬だった。
銀鉱石と金鉱石は王家の鉱山技師へ預け、石灰石、粘土、地下6階で採った白い土も、それぞれ扱いに詳しい職人へ見せた。薬草は軍で使う薬を扱う薬師が調べている。
数日後、結果が揃った。
軍務局にはレオンと鉱山技師、薬師、建築や窯に詳しい職人が集まり、国王も報告を聞きに来ていた。
鉱山技師が最初に話した。
「地下4階の鉱石から銀が取れました。含有量も悪くありません。鉱脈が確認した範囲以上に続いているなら、十分採算が取れます」
「地下5階は?」
「金です。持ち帰った複数の試料から確認できました。埋蔵量はこれから調べる必要がありますが、偶然混じったものではありません」
その言葉を聞いたところで、レオンの視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【鑑定Ⅰ】を獲得しました》
地下5階で見た未来が、実際の分析によって確かめられた。
【鑑定Ⅰ】を得たからといって、物の名前や値段が文字で表示されるわけではない。それでも、同じ種類の物を比べた時に、どちらが質がよいか、どちらを詳しく調べるべきかを以前より判断しやすくなった。
薬師からも報告があった。
「地下6階の青い葉は、傷の化膿を抑える薬へ使えます。地上で採れる物より薬効も強いようです。白い花も高熱の治療に利用できます」
「軍で買ってもらえますか?」
「安定して納入できるなら欲しいです。戦場では傷を受けた後に悪化して死ぬ兵も少なくありません」
「では、採り尽くさない量を決めてから納入します」
建築職人は石灰石と粘土の試料を卓に置いた。
「石灰石は問題なく使えます。焼いて石灰にすれば、石積み、壁塗り、倉庫や橋の工事にも使えます。粘土の方も煉瓦や焼き物に使えるでしょう」
「石灰石と粘土を一緒に焼いて、もっと硬い建築材を作ることはできますか?」
職人は少し考えた。
「配合と焼き方次第でしょう。試したことはありませんが、窯を使って少量ずつ試験することはできます」
「やってみてください。失敗しても、石灰と煉瓦は普通に使えます」
セメントの詳しい製法をレオンは知らない。
だが、前世で石灰石と粘土が原料になることは知っている。あとは職人と一緒に試せばよかった。
地下6階の白い土については、別の職人が報告した。
「これはかなり細かく、軽い土です。火の近くでも熱が伝わりにくく、水もよく吸います。細かな濾過にも使えそうです」
レオンは前世で聞いた名前を思い出した。
「珪藻土に近い物だと思います。窯や工房の断熱に使えるなら、そちらも試してください」
国王がそこで口を挟んだ。
「お前は金を探しに迷宮へ入ったのではなかったのか?」
「金も欲しいですよ。でも金貨だけでは橋も道もできません。鉄があれば農具や武器が作れますし、石灰と煉瓦があれば建物を増やせます。薬草は兵や領民の治療に使えます」
「石炭まで出ていたな」
「鍛冶場と炉に使えます。木を全部燃料にしなくて済みます」
国王は笑った。
「なるほど。迷宮を宝箱ではなく、倉庫か鉱山のように見ているわけか」
「使える物があるなら、その方が長く儲かるでしょう」
鉱山技師は銀鉱脈について概算も出した。
「まだ試掘前ですが、地下4階の銀だけでも、無理のない採掘を続ければ年間銀貨1,500枚から2,000枚ほどの売上は狙えると思います。金については鉱脈の規模次第です」
昨年、領地に残った金は銀貨360枚だった。
レオンはその数字を忘れてはいない。
「最初は必要経費を引いて銀貨1,000枚残すつもりでしたが、目標を5,000枚へ上げます」
国王が眉を上げた。
「男爵になって、まだ3か月ほどではなかったか?」
「それでも、使える物がこれだけ見つかったんです。1,000枚で止める必要はないでしょう」
「5,000枚残れば、並の男爵領ではないぞ」
「それだけ残れば、道も直せます。橋も増やせるし、製材所や鍛冶場も大きくできます。迷宮の警備にも金を掛けられます」
金を増やすこと自体が目的ではない。
利益が増えれば、その金で領地をさらに整えられる。領地が豊かになれば、次の収入も増える。
レオンは地下4階までの通路拡張と銀の試掘を始めることにした。地下5階には番所を置き、金鉱脈の広さを詳しく調べる。地下6階では薬草の採取量を決め、白い土についても少量ずつ試す。
石灰石は道路や建物へ回し、粘土は煉瓦の試作に使う。
地下7階へ進むのは、それらの仕事が動き始めてからでよかった。
次の迷宮調査では、金銀だけを探すつもりはない。
領地で使える物なら、石でも土でも草でも持ち帰るつもりだった。




