第4話(中編)――「羊と馬を増やせ」
3月に入ると、レオンは4つの村を順番に回った。
村ごとに畑の広さ、家畜の数、森林までの距離、道の状態を確かめ、村人が何に困っているのかも聞いていく。
王家がこの土地を耕地の少ない領地と評価していたのは間違いではない。山と森林が多いため、小麦を大量に作れる平地には限りがあった。
その代わり、家畜を放せる草地はかなり残っている。
雪が解け始めた丘では、昨年の枯れ草の間から新しい草が伸び始めていた。村ではすでに羊を飼っているものの、規模は小さく、自家用の肉や羊毛を取り、余った分を近隣の町へ売る程度である。
レオンは丘を歩きながら、長く羊を飼っている男に尋ねた。
「冬の餌も用意するとして、この辺りでは今よりどれくらい羊を増やせますか?」
「春から秋だけなら、今の倍でも草は足ります。冬越しさせるには干し草を増やさなければなりません。それに羊が増えれば、毛を刈る時期には人手も必要です」
「それなら今年は100頭増やすところから始めましょう。雌を多めに買って、来年からは領内でも数を増やせるようにします」
管理官が尋ねた。
「やはり羊毛を売るのが目的ですか?」
「最初はそれが一番早いでしょう。でも羊なら肉も皮も売れます。今までは羊毛を買って利益を出していましたが、これからは作る側にもなれます」
北側の草地では、馬の繁殖についても調べた。
王都へ出てから、レオンは軍で使われる馬の多さを何度も目にしている。軍馬は何年も使えるが、怪我や病気、加齢によって毎年一定数は入れ替える必要がある。質の良い馬を安定して育てられれば、王国軍そのものが大きな買い手になる。
「羊と違って、馬は増やしてもすぐ収入にはなりません」
管理官がそう言うと、レオンは丘の草地を見た。
「だから今から始めます。羊は早めに金にして、馬は数年後に売れるようにする。繁殖用の雌馬を増やして、良い種馬も何頭か探してください」
森林も、目先の金欲しさに好きなだけ切るわけにはいかなかった。
村では薪や建築材として木を使っている。外へ大量に売れば一時的な収入にはなるが、村の近くから木がなくなれば、やがて自分たちが遠くまで取りに行かなければならなくなる。
そこで村から離れた場所に伐採区域を決め、十分に育った木から順番に切ることにした。伐った場所には新しく木を植え、道に近い森林は村で使う分や将来の建築材として残す。
売り方も見直した。
「今までは丸太のまま町へ売っていたのですね」
「はい。この辺りには大きな製材設備がありません」
「それなら製材所を作りましょう。丸太をそのまま売るより、板材にして売った方が高くなるはずです。村の仕事も増えます」
排水路に続いて羊と馬を増やし、森林の使い方を変え、製材所も作るとなれば、先にかなりの資金が必要になる。
「レオン様、今年の領地収入だけで全部を進めるのは難しいと思います」
「排水路に使った120枚を含めて、今年は俺個人の金を銀貨300枚まで入れます。それ以上必要になったら、その時点で収支を見直しましょう」
「男爵家から領地へ出資した形にしますか?」
「貸付にしてください。利益が増えたら領地から少しずつ返してもらいます。その方が帳簿も分かりやすいでしょう」
「承知しました」
荷車を増やして運送業を始めた時も、先に金を出して馬や荷車を買ったから利益を増やせた。今度は対象が領地全体になっただけで、先に必要なものへ金を回す点は変わらなかった。
その領地には、まだ手を付けていない場所がある。
北の岩山にある迷宮である。
オーガの頭目が逃げ込もうとした洞穴には、討伐後から兵を置いて監視させていた。時折、灰狼などが入口近くまで出てくるものの、村を襲った時のような群れは確認されていない。
「次はあそこを見ます。ただし、今回はまだ奥へ入りません」
管理官は迷宮にまつわる話を改めて説明した。
「村では昔から危険な場所として避けられています。中へ入った者が戻らなかったという話も残っているため、進んで近づく者はいません」
「まず確かめたいのは、人や金を使って調べる価値がある場所なのかどうかです」
翌朝、レオンは兵20人と猟師を連れ、北の岩山へ向かった。
◇ ◇ ◇
迷宮の入口には木柵が設けられ、兵4人が交代で見張っていた。
洞穴からは以前と同じように冷たい空気が流れ出している。
レオンは中へ入らず、まず周囲の岩場を歩いた。
入口から少し離れた斜面では山肌が崩れ、黒い石が露出している。その近くには赤茶色の岩も混じっていた。
「この黒い石を、村で使ったことはありますか?」
猟師は地面から一つ拾って確かめた。
「ありません。薪なら森で取れますから、石を持ち帰ろうと思う者はいなかったのでしょう」
レオンも黒い石を手に取った。
高瀬真理子だったころ、石炭という名前も用途も知っていた。しかし実物の鉱石を見分けられるほど詳しくはない。赤茶色の石も鉄鉱石に見えなくはないが、それだけで採掘を始めるわけにはいかなかった。
「黒い石と赤い石を何個か持ち帰ります。王都で鉱山や金属に詳しい人へ見てもらいましょう」
兵に試料を集めさせたあと、レオンは迷宮の入口へ移った。
この地下へ人と金を使う価値があるのか。
それを確かめるため、迷宮を利用し始めた1年後の領地を占った。
最初に現れたのは、今と同じ岩山だった。
入口には簡単な木柵ではなく、石と木で作られた門があり、兵が人の出入りを管理している。脇には、中から持ち出した荷物を確認する場所も作られていた。
洞穴から出てきた男たちは、籠に黒い石を入れて背負っている。別の者たちは赤茶色の石を荷車へ積み、薬師らしい者が見慣れない草や茸を選り分けていた。
次に村の鍛冶場が見えた。炉の火は今より強く燃え、何人もの職人が鉄を打っている。
街道には羊毛を積んだ荷車に加え、鉱石を積んだ荷車も走っていた。
最後に見えたのは帳場である。何人もの手で銀貨が数えられ、帳簿へ数字が書き込まれていた。昨年の手残り360枚では考えられない量の金が動いている。
占いが終わると、レオンは洞穴の入口を見た。
「調べる価値はあります」
猟師が尋ねた。
「この中から、何か採れる未来が見えたのですか?」
「1年後には石や薬草を運び出していました。それを使う仕事も村で始まっています。ただ、何がどれくらい採れるかまでは見えませんでした」
「それなら次は中へ入ることになりますな」
「必要な人と道具をそろえてからです。魔物がいる場所へ、鉱石欲しさに兵を放り込むつもりはありません」
【魔物察知Ⅰ】は、今も洞穴の奥に複数の魔物がいることを伝えていた。
中に価値のある物がある可能性は高いが、実際に持ち帰れなければ領地の収入にはならない。まずは浅い場所から安全に調べる必要があった。




