第2話(後編)――「兵站もⅡへ」
翌朝、レオンは夜明け前から地図を広げていた。
前日の戦闘で予定より半日近く遅れている。さらに100人を超える捕虜と23人の負傷者が加わったため、王都を出た時と同じ速度で進むことはできない。
この先には2本の道があった。
普段使われる街道は距離が短いものの、途中で緩い峠を越える。南へ回る道なら平地が多い代わりに、半日ほど余計にかかる。
空には厚い雲が広がっていた。
レオンはまず峠道を進んだ場合を占った。
午前中は問題なく進める。しかし午後から雪が強くなり、夕方には荷車の車輪が深い雪へ取られていた。翌朝には何台もの荷車が街道上で動けなくなっている。
次に南回りの道を見た。
こちらも雪は降るが、積もり方は浅い。荷車は速度を落としながらも進み続け、翌日の夕方には駐屯地の門へ到着していた。
レオンは目を開けた。
「今日は南の道を使います」
朝の打ち合わせで、百人隊長たちへ占いの結果を説明した。
「峠へ向かえば、午後から雪で荷車が止まります。南へ回れば距離は延びますが、走り続けられます」
隊長の1人が地図を確かめた。
「南回りでは、今日中に駐屯地へ着くことはできません」
「峠へ行っても着きません。しかも動けなくなった荷車を雪の中で掘り出すことになります。それなら最初から遠回りした方が早いでしょう」
食料についても確認した。
兵500人に加えて、約100人の御者や荷役人、100人を超える捕虜がいる。予定していた人数より大幅に増えているため、残量を把握しないまま配給を続ければ余裕がなくなる。
「捕虜にも食事は出します。ただし兵も捕虜も、今日と明日の分を先に分けてください。残りがどれだけあるか分からないまま配るのはやめましょう」
「馬の飼葉はどうします?」
「騎兵の馬を優先します。荷馬の分は街道沿いの村で買えるだけ補充してください。無償で取らず、軍用金から代金を払います」
王都を出る前に増やしておいた予備の車輪や縄も確認した。
ここまでに車輪を1本交換し、補修用の縄も何本か使っていたが、追加分を積んでいたため余裕は残っている。
荷車担当の役人が帳面を見ながら言った。
「出発前に予備を増やしておいて正解でした。あの時は少し多いのではないかと思いましたが」
「余れば持ち帰れば済みますからね。俺の商売では荷車が4台しかなくても何かしら壊れました。62台を何日も走らせるなら、故障しない方がおかしいですよ」
朝の準備を終え、部隊は南へ進路を変えた。
昼前には街道沿いの村へ立ち寄り、干し草と穀物を買い足した。軍が必要とする物資として徴発することもできたが、レオンは代金を支払わせた。
手続きを担当していた役人が尋ねた。
「必要な物だけ徴発する方法もありますが、すべて買うのですか?」
「ここは敵の土地ではありません。俺たちの都合で予定より多く使う分まで村人に負担させる必要はないでしょう。それに、軍が通るたびにただで持っていかれると思われたら、次から食料を隠されます。代金を払う軍だと分かっていた方が、長い目で見れば補給しやすいです」
「確かに、その方が次も売ってもらえますな」
午後になると、占いで見たとおり雪が降り始めた。
最初は細かな雪だったが、やがて道の両側が白く覆われていく。それでも平地では車輪が止まるほど積もらず、隊列は速度を落としながら進むことができた。
レオンはブラウンに乗り、何度も隊列の前後を往復した。荷車の間隔が開きすぎれば詰めさせ、疲れの目立つ馬がいれば早めに交代させる。
夕方には1台の荷車で車軸の異常が見つかった。
「このまま進めば、途中で折れると思います」
御者の報告を受け、レオンは荷台を確認した。
「積荷を前後の荷車へ分けてください。この車は空にして修理します。騎兵20人と修理担当を残し、本隊は速度を落として先へ進ませましょう。直り次第、追いついてください」
「全体を止めないのですか?」
「62台全部を1台の修理に付き合わせる必要はありません。ただ、この辺りには昨日の武装集団の残りがいるかもしれないので、少人数だけ残すのも危険です」
修理班を残した本隊は速度を落として進み、1時間ほどで修理を終えた荷車が追いついた。
【兵站Ⅰ】を得る以前なら、荷車が壊れれば隊列全体を止めることしか考えなかったかもしれない。今は人員、時間、積荷、周囲の危険をまとめて考え、全体への影響を小さくする方法を選べる。
ただし500人を超える人間と62台の荷車を扱うには、食料、馬、負傷者、捕虜、進行速度を何度も計算し直す必要があった。
その夜は街道沿いの広い場所へ陣を作った。
雪が弱くなったあとも気温は下がり続けている。レオンは兵たちが食事を終えた後、翌日の食料と飼葉の残量を帳面で確認した。
数字を追っているうちに、高瀬真理子だったころのコンビニ勤務を思い出した。
弁当や飲料をどれだけ仕入れれば足りるのか、時間帯ごとに何人いれば店が回るのか、仕入れすぎれば廃棄が増え、少なすぎれば売る物がなくなる。扱う量も目的もまるで違うが、必要な物を必要な量だけ用意し、必要な場所へ届けるという点では似ている。
「こんなところで昔の仕事まで役に立つとはな」
隣で帳面を整理していた役人が顔を上げた。
「何かおっしゃいましたか?」
「いや。明日の食料は足りそうだと思っただけです」
翌朝には雪も止んでいた。
隊列は早い時間に出発し、午後になると駐屯地へ続く石造りの道へ入った。
日が傾き始めたころ、前方に城壁が見えた。
「駐屯地だ!」
兵たちの間から声が上がった。
戦闘と雪、捕虜と負傷者を抱えながらも、62台の荷車は1台も失われていない。
駐屯地の門が開き、到着した荷車が順番に中へ入っていく。食料、矢、弓、薬、飼葉がそれぞれの倉庫へ運ばれ、最後の荷車が門を通り抜けた。
その時、レオンの視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【兵站Ⅱ】を獲得しました》
「やっぱり上がったか」
【兵站Ⅰ】が【兵站Ⅱ】へ進んだ途端、これまで一つずつ確認していた数字を、より大きなまとまりとして考えられるようになった。
500人を数日動かすために必要な食料だけではない。1,000人なら荷車を何台用意するか、騎兵を増やせば飼葉が輸送量をどれだけ圧迫するか、どの間隔で補給地点を設けるか、負傷者が増えた場合に何台を輸送用へ回すべきかまで組み立てやすくなっている。
今回の任務では、500人を率いて武装集団を破り、62台の物資をすべて駐屯地まで届けた。
その結果として【指揮Ⅱ】と【兵站Ⅱ】を得た。
次にもっと大きな軍を率いることになっても、今回よりうまく動かせるはずだった。
◇ ◇ ◇
王都へ戻ったレオンは、その日のうちに国王へ報告した。
執務室には国王のほか、軍務官と数人の将校が集まっている。
「荷車62台は、すべて駐屯地へ届けました。王国軍側の死者は0人、負傷者は23人で、そのうち重傷者が4人です。武装集団は100人以上を捕らえています」
国王は先に届いていた報告書へ目を通した。
「途中で南の道へ回ったそうだな」
「峠を使えば、雪で荷車が動けなくなる未来が見えました。到着は遅れましたが、積荷を失うよりはよいと判断しました」
軍務官も補足した。
「駐屯地から確認が届いております。峠道は翌朝には大型荷車が通れない状態になっていました。南へ回った判断は正しかったようです」
国王は報告書を置き、レオンを見た。
「初めて率いた500人はどうだった?」
「200人の時より見るところは増えました。でも一度経験したので、次はもっと上手く動かせると思います」
「500人全員へ自分で命令しようとはしなかったそうだな」
「百人隊長がいるのに、俺が500人へ一人ずつ命令する必要はありません。俺が全体の配置と動きを決めて、各隊を動かすのは隊長たちに任せました」
「それでよい。それが指揮官の仕事だ」
国王は満足したように椅子の背へ身体を預けた。
「お前を王都へ残した判断は、間違っていなかったようだ」
「それなら、次の仕事もください」
「帰ったばかりなのに、もう働くつもりか?」
「休みは欲しいです。でも月に銀貨300枚ももらって、王都で何もしないでいる方が落ち着きません」
「商売をする時間も欲しいのではないか?」
「それも欲しいです」
レオンがあっさり認めると、部屋にいた将校たちから笑いが起きた。
国王も笑ったあと、少し考えてから答えた。
「ならば休んだ後で、また働いてもらおう。ただし次も、街道で荷車を守る仕事だとは思わないことだ」
「もっと難しい仕事ですか?」
「その可能性は高い」
「分かりました」
レオンに不安がないわけではなかった。しかし500人を実際に動かし、その結果として2つの能力を一段上へ伸ばしたばかりである。
200人の次は500人だった。
この先、さらに大きな部隊を預けられることもあるだろう。戦う相手が人間とは限らないし、王都へ来た以上、軍務以外の仕事を命じられる可能性もある。
それでも、占いを当てて天命を満たせば能力は伸びる。
金も地位も、まだ上を目指せる。
王都で始まった新しい生活は、レオンが考えていた以上に忙しいものになりそうだった。




