第2話(中編)――「敵は後ろから来る」
翌朝、空が明るくなり始めると同時に、62台の荷車と500人の兵が王都を出発した。
レオンはブラウンに乗り、隊列の中央付近を進んだ。
先頭には騎兵40人を置き、その後ろを歩兵と弓兵が進む。荷車は10台前後ずつに分け、その間にも兵を配置した。最後尾にも歩兵と弓兵がおり、騎兵40人が後方を警戒する。
荷車62台を一列に並べれば、先頭と最後尾はかなり離れる。前方で戦闘が始まった時に後方の状況が分からなくなることを避けるため、各隊の間には伝令を担当する騎兵も置いた。
最初の2日間は何事もなかった。街道にはところどころ雪が残っていたものの、荷車の進行を妨げるほどではなく、初日の夜は宿場近くの空き地へ陣を取り、2日目も予定していた距離を進んだ。
3日目の朝、レオンは地図を開いた。
この日の午後には、占いで見た森へ入る予定だった。
「今日あたりですな」
百人隊長の1人が言った。
「占いで見えた未来が変わっていなければ、今日です」
「変わることもあるのですか?」
「俺たちは、占いで見た時とは違う動きをします。向こうが何かに気付いて襲撃を取りやめる可能性もあるでしょう。来ないなら、その方が楽です」
「確かに、戦わずに済むなら一番ですな」
今回の任務は武装集団を全滅させることではない。62台の荷車を無事に駐屯地まで届けることである。
昼を過ぎると、街道の左右に木々が増え始めた。
騎兵を何度か前後へ走らせたが、怪しい人影は見つからない。それでも森へ近づくにつれ、【危険察知Ⅱ】が周囲への注意を強く促していた。
レオンは最後尾へ向かった。
「後ろの騎兵40人は、予定どおり次の曲がり角から森へ入ってください。街道から見えない位置で待機し、合図があるまで出ないように」
「承知しました」
「弓兵40人は荷車の陰へ隠れてください。外から見た時に、後ろを守る人数が少なく見えれば十分です」
準備を終え、隊列は森の中へ進んだ。
30分ほど進んだところで、前方から角笛が響いた。
「敵襲!」
伝令の騎兵が街道を駆け戻ってくる。
「前方に武装した集団! およそ100人です!」
占いで見た場所と人数に大きな違いはなかった。
「前方は歩兵150人と弓兵60人で対応。ほかの隊は配置を崩さないでください。最後尾の兵を前へ回す命令は、俺から直接出すまで無視して構いません」
「承知!」
百人隊長に命令を伝え、レオンはブラウンを前方へ走らせた。
森を抜ける街道では、約100人の男たちが木盾や槍を持って道を塞いでいた。弓を持つ者もおり、すでに双方の間を矢が飛び始めている。
「弓兵は撃ち返せ! 歩兵は前へ出すぎるな。敵を追って森へ入るな!」
命令を受けた弓兵が一斉に矢を放った。
敵も木々に身を隠しながら射返してくるが、正面だけを比べれば王国軍の方が人数は多い。押し切ること自体は難しくなかった。
それでもレオンは兵を追撃させなかった。
正面の敵が欲しいのは勝利ではなく、こちらの兵を前へ集めることである。予定より強く押せば、敵が逃げるだけでなく後方の本隊まで計画を変える可能性があった。
しばらくすると、武装集団の一部が森の奥へ退き始めた。
近くにいた将校が尋ねた。
「敵が退いています。追撃しますか?」
「追いません。街道を空けさせれば十分です。後ろに出てくる本隊を待ちます」
その直後、後方から別の角笛が響いた。
予定していた合図だった。
「来たな。前方は百人隊長に任せます。騎兵20人、俺について来い!」
レオンはブラウンを返し、街道を後方へ走った。
最後尾へ近づくにつれ、武器を打ち合わせる音と人の叫び声が大きくなる。
木立から150人を超える男たちが現れ、荷車へ向かって駆けていた。街道から見える護衛が減っていたため、後方が手薄になったと判断したらしい。
敵の先頭が荷車へ届く直前、陰に伏せていた弓兵40人が一斉に立ち上がった。
「放て!」
至近距離から矢が飛び、先頭にいた男たちが何人も倒れた。後続が勢いを失ったところへ、街道脇の森に隠れていた騎兵40人が側面から突入する。
荷車を奪うつもりだった敵は、そこで初めて自分たちが待ち伏せされていたことに気付いた。
レオンも騎兵20人を率いて反対側から入った。
「荷車へ近づけるな! 森へ逃げる者は追いすぎるな。武器を捨てた相手には手を出すな!」
ブラウンを走らせながら剣を抜く。
敵の1人が槍を構えて向かってきた。
相手が突くより先に、レオンには穂先の進む方向が見えていた。【危険察知Ⅱ】に加え、これまでの戦闘で身に付いた身体の動きが自然に続く。
槍を剣で外側へ払い、そのまま馬を寄せて剣の腹を男の肩へ叩き込んだ。男が槍を落として倒れる。
横から別の男が剣を振り下ろしてきたが、レオンは身体をずらして刃を避け、すれ違いざまに相手の腕を切った。
騎兵の突撃と弓兵の攻撃を受け、武装集団の隊列は崩れ始めていた。前方の囮が王国軍を引きつけていると信じていたところへ、逆に側面を取られたのである。
10分も経たないうちに、武器を捨てる者が増え始めた。
「降伏する!」
「武器を地面へ置け! 抵抗しなければ斬らない!」
王国軍の兵が次々に敵を拘束していく。
森へ逃げた者もいたが、レオンは追撃を止めた。荷車から離れて兵を散らせば、勝った戦いを自分たちで危険なものに変えてしまう。
やがて前方からも伝令が戻ってきた。
「正面の敵は撤退しました。こちらの損害は軽微です」
戦場を確認すると、62台の荷車はすべて残っていた。馬にも大きな被害はなく、積荷も奪われていない。後方から襲った武装集団のうち、100人以上が捕虜となった。
負傷者の確認と捕虜の拘束を進めている最中、レオンの視界へ文字が浮かんだ。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【指揮Ⅱ】を獲得しました》
レオンは表示を読み、自分の中で何が変わったのかを確かめた。
【指揮Ⅰ】を得た時には、兵をどこへ配置すれば命令を通しやすいのかが自然に分かるようになった。
今は前方に残した部隊、荷車の間を守る歩兵、森から出た騎兵、捕虜を監視する兵まで、それぞれ別の場所にいる集団を一つの部隊として考えられる。どこへ兵を足すべきか、どの隊に余力があり、誰へ命令を出せば全体が最も早く動くのかも以前より判断しやすくなっていた。
レオンは百人隊長たちを集めた。
「まず負傷者の手当てをしてください。捕虜の監視には歩兵80人を回します。歩けない者は空きのある荷車へ乗せます。前方から退いた敵が戻る可能性もあるので、警戒は続けてください」
「承知しました。すぐ手配します」
「予定より遅れています。30分で出発し、日没までに森を抜けます。今夜は見通しの利く場所で陣を作りたい」
別の隊長が周囲を見回した。
「戦闘直後ですが、ここに残るより安全でしょうな」
「俺もそう考えています」
命令を出し終えてから、レオンは改めて自分が率いている部隊を見た。
200人を指揮した時には、一つ一つの部隊の動きを追うだけでもかなり神経を使った。今は500人に加え、荷車と捕虜まで抱えている。それでも全体の動きを見失わずに済んでいた。
【指揮Ⅱ】へ上がった効果は、数字以上にはっきりしていた。
◇ ◇ ◇
日没前には部隊全体が森を抜け、見通しの利く草地へ陣を移した。
王国軍側に死者はおらず、負傷者は23人、そのうち重傷者は4人だった。敵側には死者と重傷者が合わせて30人以上出ている。
最も重要な62台の荷車には、1台も損失がなかった。
百人隊長の1人が、負傷者と捕虜の人数を報告したあとでレオンへ言った。
「500人を率いるのが初めてとは思えませんでした」
「俺1人で動かしたわけではありませんよ。皆さんが命令どおり隊を動かしてくれたからです」
「それでも、どこへ兵を置くかを決めたのはレオン殿です」
「それなら、次はもっと上手くやれると思います」
レオンは焚き火の向こうに並ぶ荷車へ目を向けた。
戦闘には勝った。しかし今回の仕事は、敵を倒すことではない。
積荷を駐屯地へ届けるまでは終わっていなかった。
夜が深くなるにつれ、風が冷たくなった。空にも厚い雲が増えている。
レオンは翌日の道を確認するため、もう一度地図を開いた。




