第1話(後編)――「王直属」
翌朝、レオンは王宮の練兵場へ案内された。
城壁に近い観覧台からは広い練兵場全体を見渡すことができ、すでに国王と軍務官、数人の将校が集まっていた。
眼下には約300人の兵が並んでいる。腕に赤い布を巻いた隊と青い布を巻いた隊に分かれ、木剣や穂先を外した槍を持っていた。騎兵も双方に20人ほどいる。
レオンが国王のそばまで進むと、国王は練兵場を見たまま話しかけた。
「今日は、あの2隊に模擬戦をさせる」
「今回は戦いの結果を占うのですか?」
「そうだ。どちらが勝つか、その理由まで答えてもらう。作戦は双方の隊長が決めているが、私は内容を聞いていない。もちろん、お前にも教えん」
「俺が答えたあとで、隊長たちに作戦を変えさせることはありますか?」
「ない。今決めている通りに戦わせる」
「それなら占ってみます」
レオンは観覧台の前へ進み、両軍を見渡した。
人数はほとんど同じだった。
赤隊は歩兵を中央へ厚く置き、騎兵を左右へ分けている。青隊は歩兵の数をほぼ均等に並べる一方、騎兵を片側へまとめていた。
そこまでは見れば分かる。
問題は、戦いが始まった後だった。
レオンは両軍が動く未来を意識した。
赤隊の歩兵が先に前進し、青隊の中央を押し始める。青隊は後退するが、崩れてはいない。それでも優勢になった赤隊は前進を続け、中央と左右の間が徐々に開いていく。
そこで青隊の騎兵が動く。
片側へまとめていた騎兵が大きく外を回り、赤隊の側面を狙っていた。
赤隊も騎兵を向かわせようとするが、一方は前へ出すぎた歩兵が邪魔になる。もう一方は思うように速度が上がらない。
原因を探ると、練兵場の北側に凍った地面が見えた。
雪ではない。前日に撒かれた水が朝の冷え込みで凍り、馬が全速で走れる状態ではなくなっていた。
そこまで見えたところで、レオンは国王へ向き直った。
「青が勝ちます」
「理由を聞こう」
「最初は赤が押します。でも、中央が前へ出すぎます。その隙を青の騎兵が右から回って、赤の側面へ入ります。赤も騎兵を動かしますが、片方は味方の歩兵が邪魔になり、もう片方は北側の凍った地面で遅れます」
将校の1人が練兵場の北側を見た。
「昨日の訓練後に水を使った場所があります。朝は凍っていたはずです」
国王が尋ねた。
「両隊の隊長は知っているのか?」
「普段から使っている練兵場ですから、場所そのものは知っているでしょう。ただ、雪が積もっているわけではありませんので、今朝の状態まで確かめたかどうかは分かりません」
「ならば何も伝えるな」
「承知しました」
国王は再びレオンを見る。
「勝負はどれくらいで決まる?」
「1時間はかからないと思います」
国王は軍務官へ合図した。
「始めろ」
角笛が鳴った。
両軍が動き、最初の10分ほどは赤隊が優勢に戦った。中央の槍兵がまとまって進み、青隊を押していく。
観覧台にいた将校の1人がレオンを見た。
「今のところ赤が勝っているように見えるが」
「このあと中央が出すぎます」
青隊は少しずつ後退し、それを追うように赤隊が前へ出る。
赤隊の中央と左右の間隔が広がった。
そこで青隊の騎兵が一斉に動いた。
「来ました」
20人ほどの騎兵が大きく外を回り、赤隊の側面を狙う。
赤隊も対抗するため騎兵を動かした。しかし左側の騎兵は凍った地面に入る前に速度を落とし、反対側の騎兵も前へ出た歩兵を避けるため、大きく後ろへ回るしかなかった。
青隊の騎兵が先に赤隊の側面へ入る。
後方まで回られた赤隊では、前へ進もうとする兵と後ろを守ろうとする兵が混ざった。隊列が崩れたところへ青隊の歩兵が反撃へ転じる。
国王が言った。
「ここまでだな」
その言葉から間もなく、訓練終了の角笛が鳴った。
開始から40分ほどだった。
国王は練兵場を見ながら尋ねた。
「結果だけでなく、崩れる場所まで当てたか」
「俺自身も、ここまではっきり見えるとは思いませんでした」
「それでも見えたのだろう」
「はい」
その時、再びレオンの視界へ文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【軍略Ⅱ】を獲得しました》
レオンは思わず表示を読み返した。
昨日の【危険察知Ⅱ】に続き、今度は【軍略Ⅰ】が【軍略Ⅱ】へ上がった。
変化はすぐに分かった。
先ほどの模擬戦を頭の中で思い返すだけで、赤隊がどう動けば負けずに済んだのか、いくつもの方法が浮かんでくる。
中央を追わせすぎなければよかった。左翼騎兵は最初から凍結箇所を避けた位置へ置けばよい。青隊の騎兵が動いた段階で中央の前進を止めても、立て直す時間は作れた。
さらに兵の数を増やして考えてみる。
300人ではなく1,000人なら、予備隊をどこへ置くか。騎兵を増やせるなら、どう分けるか。長時間戦うなら、矢や食料をどの位置へ置くか。
以前より多くの条件を同時に考えられる。
「これは便利だな」
つい口にすると、国王が聞いた。
「何が便利なんだ?」
「今の戦いを見直していたんです。赤隊が負けない方法が、昨日までよりずっと考えやすくなりました」
「聞かせろ」
レオンは練兵場を指した。
「一番の失敗は中央を出しすぎたことです。青隊が下がっても、ここで止めればよかった。左の騎兵は最初から南寄りに置いて、凍った場所を使わない。右の騎兵も中央の後ろではなく、もう少し外へ出しておけば、青の騎兵へすぐ対応できます」
国王は近くにいた将校へ目を向けた。
「どう見る?」
「私も同じ判断です。少なくとも、あれほど簡単に側面を取られることはなかったでしょう」
レオンは練兵場を見ながら続けた。
「それに、赤隊が最初から攻める必要もなかったと思います。中央の歩兵は赤の方が強かった。青は騎兵を片側へ集めているので、向こうから仕掛けさせて、騎兵へ弓を集中させる方法もあります」
国王はしばらく何も言わなかった。
17歳の少年を見るというより、軍人の力量を測る目になっている。
やがて国王は軍務官へ告げた。
「レオンを明日も王宮へ来させろ」
「承知いたしました」
レオンは思わず国王を見た。
「明日も来るのですか?」
国王は歩き出しながら答えた。
「明日だけではない。当分、王都に残れ」
「ハルベル伯爵家へ戻らなくてもよいのですか?」
「戻すには惜しくなった」
「ですが、俺は伯爵家の軍務副隊長です」
「そこはハルベル伯爵と私の間で話をつける。本日付で、お前を王直属の特任士官として預かる。伯爵家での籍は当面そのまま残し、王都にいる間は王宮軍務局で働け」
レオンは少し考えてから尋ねた。
「王直属になると、俸給はいくらになりますか?」
周囲の将校たちがレオンへ顔を向けた。
国王も一瞬黙ったが、すぐに笑い出した。
「地位より先に給金を聞くか」
「大事なことです。王都にいる間も家へ金を送れますし、商売に使える元手も増えますから」
「王宮に仕えながら商売まで続けるつもりなのか?」
「禁止されているならやめます。ただ、仕事に差し支えない範囲なら続けたいです」
「王命や軍務で得た情報を使って私腹を肥やすことは許さん。それ以外は好きにしろ。ただし、本職を疎かにするな」
「もちろんです」
国王は軍務官へ向き直った。
「俸給は月銀貨300枚。王都での宿舎と馬の飼料は王家で持つ。軍務に必要な装備も支給しろ」
「承知いたしました」
レオンは思わず聞き返した。
「月に銀貨300枚ですか?」
「少なければ言え」
「いえ、多いです。十分です」
父ゲオルグが長く受け取っていた給金は月銀貨8枚だった。それを思えば、銀貨300枚がどれほど大きな額かは説明するまでもない。しかも宿舎代もブラウンの飼料代も王家が負担する。
レオンにとっては、給金の大部分をそのまま蓄えや商売へ回せる条件だった。
国王は観覧台を降りる前に、レオンへもう一度声をかけた。
「お前はまだ17歳だ。占いが当たり、戦にも勝ち、金も稼げるようになれば、自分には何でもできると思い始める人間がいる」
「そこまでは思っていません」
「なら、そのままでいろ。王都には剣を抜かずに人を潰す者もいる。戦場とは違う危険があることだけは覚えておけ」
レオンはその言葉を聞き、1人の男を思い浮かべた。
アルベルト・フォン・グランツ公爵。
前世では高瀬修一だった男である。
王都へ来てから、まだ顔を合わせてはいない。
「覚えておきます」
国王は将校たちを連れて観覧台を降りていった。
レオンはその場に残り、練兵場を見渡した。
王都へ来て、まだ2日しか経っていない。
それでも橋の事故を防いで【危険察知Ⅱ】を得た。模擬戦の結果を当てて【軍略Ⅱ】を得たうえ、王直属の特任士官となり、月銀貨300枚の俸給まで受け取ることになった。
能力にはⅠの先があることも分かった。
剣術はすでにⅡまで上がっている。今回、危険察知と軍略もⅡになった。ならば指揮、兵站、乗馬、弓術、格闘術、交渉術、会計、異性魅了にも、さらに上があるかもしれない。
王都には故郷とは比べものにならない数の人間と金が集まり、軍も商売も規模が違う。
ここなら、まだ強くなれる。
もっと稼げる。
さらに上の地位も狙えるかもしれない。
レオンは眼下の練兵場から、その向こうに広がる王都へ目を移した。
「面白くなってきたな」
王都へ来たばかりのレオンには、まだ知らないことの方が多かった。




