第1話(前編)――「王都へ」
新年が明けて5日目、レオンは王都へ向かう支度を終えた。
今回は国王の召喚を受けての旅である。ハルベル伯爵家が王都までの通行証と紹介状を用意し、道中では伯爵家とつながりのある宿駅を利用できることになっていた。
レオンは自分の馬ブラウンで向かうことにし、荷物も着替えと剣、旅に必要な品に絞った。銀貨700枚を超える現金を持ち歩く必要はないため、旅費と王都で当面使う銀貨50枚だけを懐へ入れ、残りは家へ置いていく。
運送の仕事についても、レオンが戻るまでは新しい大口契約を受けず、すでに決まっている仕事だけを続けるよう御者たちへ伝えてあった。
出発の朝、エルザは焼いた肉と固いパン、干した果物を布に包み、革袋と一緒に息子へ渡した。
「王都へ行けば、食べ物くらいあるよ」
「これは途中で食べる分よ。王都まで何日かかると思っているの」
「宿駅でも食べられるだろ」
「宿があるからといって、何も持たずに息子を送り出す母親はいません」
「分かったよ。ありがたく持っていく」
レオンが包みを受け取ると、今度はエルザが息子の上着を見た。
「王様の前へ出る時は、その服ではないわよね」
「伯爵様が、王都で拝謁用の服を用意してもらえるよう手配してくれたそうだ」
「それなら安心したわ」
「王様に呼ばれた人間を、普段着のまま連れていくほど伯爵様も無茶じゃないよ」
「それでも母親は気になるのよ」
エルザが服装を気にしている横で、リナはもっと身近なことを考えていた。
「兄さん、王都にはお菓子がいっぱいあるんでしょう?」
「俺も初めて行くんだから知らないよ」
「でも王都なんだから、こっちよりたくさんあるでしょ」
「つまり、土産に買ってこいってことか」
「甘いのがいい」
「分かった。何か探してくるよ」
「忘れないでね」
「俺は王様に呼ばれて行くんだぞ。お前の中では菓子の方が大事なのか」
リナは迷う様子もなく答えた。
「兄さんは王様に会えばいいでしょ。私はお菓子を食べたいの」
ゲオルグが声を立てて笑った。
「理屈は通っているな」
「父さんまでリナの味方かよ」
ゲオルグは玄関脇に立て掛けてあった剣を手に取り、鞘と剣帯を確かめてから息子へ渡した。
「王都へ行けば、伯爵様より身分の高い人間とも会う。ここで許されていた話し方が、どこでも通用すると思うな」
「分かってる」
「それと、占いで分からないことは、分からないと言え。王の前だからといって、無理に答えを作る必要はない」
レオンは剣を受け取りながら父を見た。
「父さんが占いについて忠告するようになるとは思わなかったな」
「どういう意味だ」
「去年の春には、占い師なんか信用しないと言ってたじゃないか」
「今でも占い師なら誰でも信用するわけではない。お前の占いを信用しているだけだ」
「ずいぶん変わったな」
「お前が当てすぎたんだ」
それを言われるとレオンも反論できなかった。剣を腰へ下げ、家の外へ出る。
今回は王命を受けたレオンを王都まで送り届けるため、ハルベル伯爵家から4人の騎兵が同行する。護衛だけでなく、宿駅や関所で手続きを円滑に済ませる役目も担っていた。
ブラウンへ跨がったレオンは、家の前に並んだ家族を振り返った。
「王都へ着いたら手紙を書くよ」
「怪我をした時も隠さず書きなさい」とエルザ。
「最初から怪我する前提で送り出すなよ」
「怪我をしないのが一番に決まっているでしょう」
「分かってる」
出発しようとしたところで、リナが念を押した。
「兄さん、お菓子!」
「忘れないって!」
レオンは家族へ手を上げ、4人の騎兵とともに町を出た。
◇ ◇ ◇
冬の街道では、思うように距離を稼げなかった。
雪の浅い場所なら馬を走らせることもできるが、林沿いには凍った轍が残り、日陰では馬の足を取られやすい。急いでブラウンを傷めては意味がないため、レオンたちは暗くなる前に宿駅へ入り、6日かけて王都を目指した。
王都へ近づくにつれ、街道を行き交う荷車の数が増えていった。毛皮、酒樽、小麦、鉄製品を積んだ荷車が何台も続き、中には4頭の馬で大荷物を引いているものもある。
「王都には毎日、これくらいの荷物が入るのか?」
レオンが隣を走る騎兵へ尋ねると、男は前方の荷車を見た。
「冬ですから、今は少ない方ですよ。春になればもっと増えます」
「これで少ないのか」
「王都には王宮も軍もありますし、住んでいる人間の数が違います。食料だけでも相当な量が必要ですよ」
レオンは街道を埋める荷車を改めて眺めた。
ハルベル伯爵領では、荷車18台をまとめて動かせば十分な大仕事だった。ところが王都へ向かう街道では、それ以上の荷車が次々に目の前を通り過ぎていく。
扱われる品物の量がこれほど違えば、商売で動く金も違う。
「王都なら、かなり大きな商売ができそうだな」
「陛下に呼ばれている途中で、もう商売のことを考えているのですか」
騎兵が面白そうに聞き返した。
「王様に会うことと、金を稼ぐことは別だろ」
「普通なら、今ごろ拝謁の方で頭がいっぱいになると思いますがね」
「緊張してないわけじゃないよ。ただ、6日間ずっと王様のことだけ考えていても仕方ないだろ」
実際、レオンにも緊張はあった。
国王に直接会うのは初めてである。しかし、すでに武装集団との実戦を経験し、200人の兵を率いたこともある。さらに自分の中には、48歳まで生きた高瀬真理子の記憶が残っていた。
王の前だからといって、見えもしない未来を見えたふりをするつもりはない。占えることだけを答えればよい。
その方が、無理に取り繕うより自分らしかった。
王都が見えたのは、出発から6日目の午後だった。
街道の先に長大な城壁が現れ、その向こうには塔や尖った屋根がいくつも見えている。門の前には荷車、商人、旅人が長い列を作り、武装した兵が通行証を確認していた。
「ずいぶん大きいな」
ハルベル伯爵の城下町も、レオンにとっては十分に大きな町だった。しかし目の前の王都は規模が違う。城門だけでも伯爵家のものよりはるかに大きく、左右へ続く石壁は遠くまで延びていた。
伯爵家の騎兵が王命の書状を見せると、門番はレオンの名前を確かめた。
「レオン・ローデン殿ですね。王宮から連絡を受けています。中で迎えの者が待っております」
「分かりました」
門を抜けると、石を敷いた大通りが町の中心へ延びていた。
3階建ての商館や宿屋が並び、通りの両側には食料、衣服、金属製品、陶器などを扱う店が続いている。焼いたパンや肉の匂いに馬と煙の臭いが混じり、商人の呼び声や荷車の車輪が立てる音も絶えない。
レオンはブラウンを進ませながら、左右の店や倉庫へ目を向けた。
故郷では大金だった銀貨700枚も、この町で動く金全体から見れば、それほど大きくないのかもしれない。しかし、それは悪い話ではなかった。
大きな市場には、大きく稼ぐ機会もある。
何が不足し、どこで値が動き、何を買えば利益になるのか。占術まで使えば、今までとは桁の違う商売ができる可能性があった。
もっとも、今すぐ市場へ飛び込むわけにはいかない。
大通りの先には、町のどこからでも見えるほど大きな王宮が建っていた。
「まずは王様だな」
レオンはブラウンの手綱を整え、迎えに来た王宮の騎兵に従って進んだ。




