第10話(後編)――「副隊長と新しい家」
12月下旬、レオンの運送仕事は予想以上に増えていた。
雪が降るたびに荷車を出せる者は減り、城下町では冬物資の運賃が上がっている。
レオン自身が毎回ついていく必要はなかった。4人の御者が荷車を動かし、仕事の受け付けや商人との連絡は、塩や羊毛の取引で付き合いのできた問屋の主人にも手伝ってもらっている。
そこへ、これまでより大きな依頼が入った。
南東にある倉庫から、油、酒、乾燥魚、豆などを18台の荷車で運びたいという。
レオンが持っている荷車は4台しかない。
問屋の主人は言った。
「あと14台借りれば受けられる。問題は天気だ。今日から集めても、出発は明日の昼になる」
「荷を取りに行って戻るまで、3日は必要なんだな?」
「余裕を見るなら3日は欲しい」
「4日目までかかると、雪の影響が出そうなのか?」
「大雪になるという話も出ている」
「分かった。3日で戻せるか見てみる」
レオンは南東へ続く道と、18台の荷車を意識した。
1日目と2日目は問題なく進んでいる。3日目の夕方には最後の荷車が城下町の門を通ったが、その夜から雪が降り始め、4日目の朝には街道が白く埋まっていた。
「3日目の日暮れまでに戻せば間に合う」
問屋の主人が尋ねた。
「本当に18台まとめて動かすつもりなのか?」
「ああ。足りない14台は借りる」
「荷車だけじゃなく、御者も集めなければならんぞ」
「集めてくれ。今回は普段の5割増しで払う」
「5割も上乗せするのか?」
「3日で終わらせる仕事だからな。必要なところで金を惜しむつもりはない」
【交渉術Ⅰ】と【会計Ⅰ】があるため、どこまで賃金を上げても利益が残るかは計算できる。さらに【兵站Ⅰ】を使えば、18台の荷車に必要な馬、餌、御者、荷役人、予備の縄や車輪まで短時間で割り出せた。
翌日の昼、18台の荷車が城下町を出た。
レオンは最初の半日だけ同行し、そのあとは経験のある御者に現場を任せる。
「遅れた1台を待って、18台全部を止める必要はない。2台ずつ組ませて動かしてくれ。故障した場合は近い組だけ残し、ほかは先へ進ませる」
「分かった」
「3日目の日暮れまでには、最後の1台まで町へ入れてくれ」
「任せろ」
レオンは途中で城へ戻った。
軍務の仕事がある以上、運送だけに付きっきりになるわけにはいかない。何より、自分がいなければ動かない商売では、荷車を増やしても規模を広げることはできない。
3日目の夕方、18台の荷車が次々に城門へ入った。
最後の荷車が倉庫へ着いたのは、日が沈む少し前だった。
その夜から雪が降り、翌朝には南東の街道で大型荷車の通行が止まった。
依頼した商人たちは、予定していた冬物資をすべて雪の前に町へ入れることができた。高い運賃を払っても十分利益が出る品だったため、約束した金額はその日のうちに支払われた。
借りた荷車代、御者と荷役人への賃金、馬の餌、道中の費用をすべて引いても、レオンの利益は銀貨300枚を超えた。
帳面へ最後の数字を書いたところで、視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【経営Ⅰ】を獲得しました》
18台すべてへ自分で命令しなくても、信用できる者へ必要な金と権限を渡せば仕事は動く。逆に、自分で判断しなければならない部分を他人へ任せすぎれば、商売そのものが危うくなる。
どこまで任せ、どこから自分で決めるべきか。その境目が以前より分かりやすくなっていた。
問屋の主人が笑った。
「その顔を見ると、まだ荷車を増やすつもりらしいな」
「仕事があるなら増やすよ」
「いったい、銀貨をどこまで増やせば満足するんだ?」
「そこまでは決めていない」
金を増やすことだけが目的ではないが、金があれば商売を広げ、兵に必要な物資を揃え、家族の暮らしも良くできる。何かをしようとした時に、金が足りないという理由だけで諦めるのは嫌だった。
その日の午後、レオンは家へ戻るとエルザへ話した。
「母さん。今の家を直すのはやめて、新しい家を買おうと思う」
エルザは驚いた。
「今の家を買い替えるつもりなの?」
「ああ。屋根と窓を直すために見積もりも取ったけど、家そのものがかなり古い。そこまで金を入れるなら、別の家へ移った方がいいと思う」
ゲオルグも仕事から戻ると話に加わった。
「それで、どこへ移るつもりなんだ?」
「東門の近くに売り家がある。2階建てで厩舎も付いている。荷車も2台なら置ける」
「値段はいくらなんだ?」
「銀貨350枚」
ゲオルグが黙った。
「やっぱり高すぎると思うか?」
「高いに決まっている」
「でも払えるよ」
「そこが一番怖いんだ」
レオンは笑った。
「家を買っても商売に使える金は銀貨700枚以上残る。荷車と馬もあるし、百人隊長の給金も入る」
エルザは夫を見た。
「私は一度その家を見てみたいわ」
「母さんが気に入れば、かなり話は早くなりそうだな」
「まだ見てもいないでしょう」
翌日、家族4人で売り家を見に行った。
石造りの1階の上に木造の2階があり、今の家より部屋数が多い。台所には大きな炉があり、その隣には食料を置くための貯蔵室もあった。
裏には厩舎と物置があり、井戸も近い。
リナは2階の小部屋へ入ると、すぐに兄を振り返った。
「ここを私の部屋にしてもいい?」
「もう買ったつもりなのか?」
「駄目なの?」
「それは母さんに聞け」
エルザは窓や床を確かめながら部屋を見て回った。
「今の家よりずっと暖かそうね」
ゲオルグは厩舎まで一通り見たあと、最後まで渋い顔をしていたが、やがて息子へ言った。
「本当に買っても金に困らないなら、買えばいい」
「父さんが一番最後まで迷ったな」
「俺は銀貨350枚もする家を買ったことがないんだ」
「俺だって初めてだよ」
「お前の『初めて』は、もう信用していない」
「まだそれを言うのか」
数日後、必要な手続きを済ませ、家は正式にローデン家のものになった。
年が変わる前に引っ越すことも決まった。
同じころ、レオンは伯爵家の年末の宴へ招かれた。
宴へ出るため新しい上着を仕立てると、服屋は採寸しながら首を傾げた。
「夏に測った時より肩が広くなっているな」
「まだ16歳なんだから、成長したんじゃないか?」
「背も少し伸びている。来年にはまた作り直すことになるかもしれんぞ」
「それは少し困るな」
鏡を見ると、自分でも変化は分かった。
異世界へ来たころも身体は16歳の少年だったが、今では剣と槍を使い、馬に乗り、実戦を重ねた身体になっている。肩や胸には以前より厚みが付き、声も少し低くなった。顔つきからも、半年ほど前の幼さが薄れていた。
占いが当たるたびに身体の適応は進んでいるが、48年間を女性として生きた記憶が失われたわけではない。その経験も含めて、今のレオンを形作っている。
城の宴には伯爵家の家臣や士族、商人とその家族が集まっていた。
レオンが会場へ入ると、若い女性から何度も視線を向けられた。
【異性魅了Ⅰ】の影響はあるだろうが、理由はそれだけではない。
半年前のレオンは、貧しい士族の16歳の息子にすぎなかった。今では百人隊長として名を知られ、200人を率いて勝ち、自分の馬と剣を持ち、商売でも大金を稼いでいる。
士族の娘がレオンへ声を掛けた。
「レオン様は、本当に200人の兵を率いたのですか?」
「その任務の時だけですよ。普段から200人を連れて歩いているわけではありません」
「それだけの敵を前にして、怖くはなかったのですか?」
「もちろん怖いですよ。相手も武器を持っていますから」
「それでも、ご自分で前へ出られたのでしょう?」
「部下だけを戦わせて俺が後ろにいたら、次から誰も命令を聞いてくれなくなるでしょう」
娘は楽しそうに笑った。
そのあとも別の娘から馬について尋ねられ、商家の娘からは占いの話を聞かれた。
レオンは女性を前にして、必要以上に自分を大きく見せようとはしなかった。相手が話している途中で遮らず、自分の話ばかり続けることもない。48年間を女性として生きてきた経験から、何をされれば嫌なのかもよく分かっている。
そのためか、話をした娘たちからはかなり好意的に受け取られていた。
宴の途中、ハルベル伯爵がレオンを前へ呼んだ。
隣には、これまで伯爵家の兵をまとめてきた隊長が立っている。
「レオン・ローデン」
「はい」
「この1年、お前は占いによって多くの損害を防ぎ、兵を率いて領内の治安を守った。先日の戦いでは200人を預けても問題なく指揮している」
会場にいる者たちの視線がレオンへ集まった。
「そこで本日より、お前を伯爵家軍務副隊長とする」
レオンは伯爵を見た。
「軍務副隊長ですか?」
「そうだ。通常は百人隊を預かれ。必要な場合は300人まで指揮する権限を与える。給金は月に銀貨180枚とする」
会場がざわめいた。
「給金も月に銀貨180枚になるのですか?」
「不満なのか?」
「その質問、毎回しますね」
伯爵が笑った。
「お前も毎回金額を聞き返すだろう」
「今回はさすがに大きかったので、確認しただけです」
隣にいた隊長が口を開いた。
「これからは俺の副官だ。俺がいない時は、お前が兵をまとめろ」
「分かりました」
「城の中では、俺より先に帰ろうとするなよ」
「家では父さんがいるので、できれば早く帰れる方が助かるんですけどね」
「それは俺の知ったことではない」
周囲から笑いが起きた。
レオンは改めてハルベル伯爵へ礼をした。
「任せてもらった仕事は果たします」
「期待している」
宴が終わり、家族で帰る途中、エルザが息子へ声を掛けた。
「レオン、少し話があるの」
「どうしたんだ?」
「今日、あなたのことを私に聞きに来た方が3人いたわ」
「伯爵家での仕事について聞かれたのか?」
「違うわ」
「それなら、何を聞かれたんだ?」
エルザは笑った。
「自分の娘をどう思うかって」
レオンは足を止めた。
「俺はまだ16歳だぞ」
ゲオルグが隣で笑った。
「百人を率いて、商売で銀貨を何百枚も稼いで、今日から軍務副隊長だ。そんな16歳を放っておく方がおかしいだろ」
「この世界では、それくらいでもう結婚相手として見られるのか?」
「十分見られる」
リナが兄を見上げた。
「兄さん、女の人に人気だね」
「お前まで言うなよ」
「誰と結婚するの?」
「まだ誰とも結婚しない」
「選び放題なのに?」
「どこでそんな言葉を覚えたんだ」
家族3人が笑った。
レオンも苦笑しながら歩き出した。
前世では夫から離婚を求められ、最後には捨てられる側だった。それが今では男として女性から見られ、その親からまで結婚相手として意識されている。
ただ、好意を向けられたからといって相手を軽く扱うつもりはない。女性として48年間生きてきたからこそ、その点だけは間違えたくなかった。
数日後、ローデン家は新しい家へ移った。
リナには小さいながら自分の部屋ができた。エルザは広くなった台所と食料庫を何度も見て回り、ゲオルグは厩舎の一角を自分の武具を手入れする場所に決めた。
年末の夕食には、焼いた鶏、肉と野菜の煮込み、白いパン、チーズが並び、ゲオルグは少し上等な酒を開けた。
リナは自分の皿を見ながら言った。
「最初のころより、お肉がすごく増えたね」
「まだ覚えていたのか」
「兄さんが最初に約束したんだよ」
「そうだったな」
レオンは笑った。
家の借金はなくなり、雨漏りする屋根に悩む必要もなくなった。エルザが食費を気にして肉を減らすこともない。
レオン自身は軍務副隊長となり、必要なら300人まで兵を率いる権限を得た。ブラウンと自分の剣を持ち、荷車4台と荷馬8頭を使う運送仕事も始めている。銀貨350枚の家を買ったあとでも、自由に動かせる現金は700枚以上残っていた。
異世界へ来たころに望んでいた「家族が食べていける暮らし」は、すでに手に入っている。それでも占いも剣もまだ伸ばせるし、軍務でも商売でも先へ進める余地は大きい。
48歳まで女性として生きた記憶を持ちながら、今はレオン・ローデンとして家族を支え、兵を率い、商売で金を稼いでいる。16歳の身体を借りているという感覚も、いつの間にかなくなっていた。
「兄さん、何を笑っているの?」
リナに聞かれ、レオンは答えた。
「今年は悪くない1年だったと思っていただけだよ」
「来年はもっと良くなるの?」
「もっと良くするつもりだ」
ゲオルグが杯を上げた。
「大きく出たな」
「できると思っているから言ってる」
「ならやってみろ」
「ああ」
レオンも杯を持った。
その時、玄関の扉が叩かれた。
ゲオルグが扉を開けると、外には伯爵家の使いが立っていた。
「レオン殿に、ハルベル伯爵様からお知らせです」
「俺宛ての知らせなのか?」
「王都から書状が届きました。伯爵様から、すぐに城へ来るようにとのことです」
レオンは杯を置いた。
「王都から俺宛てに書状が来たのか?」
「詳しいことは伯爵様がお話しになります」
レオンは支度を整え、そのまま使いとともに城へ向かった。
案内された部屋には、ハルベル伯爵が1人で待っていた。卓の上には、厚手の封書が置かれている。
「来たか、レオン」
「王都から俺宛ての書状が届いたと聞きました」
「ああ。間違いなくお前宛てだ」
伯爵は封書をレオンの前へ差し出した。
レオンは手を伸ばしかけ、そこに押された紋章を見て動きを止めた。
王冠と剣を組み合わせた、アルディナ王家の紋章だった。
「これは王家の紋章ですよね?」
「そうだ」
ハルベル伯爵はレオンを見た。
「国王陛下がお前を王都へ召される」
「国王陛下が、俺を王都へ召すのですか?」
「西部から上げた軍務報告を陛下がお読みになったらしい。占術によって敵の動きを読み、200人を率いて武装集団を破った16歳の士族がいるとなれば、興味を持たれても不思議ではない」
レオンは封書を受け取り、慎重に封を切った。
書かれている内容は長くなかった。
新年が明け次第、王都へ出頭せよ。
王命である。
レオンは文面をもう一度読んだ。
「本当に俺宛ての王命なんですね」
「王命を偽物にするほど命知らずな人間は、この国にはそう多くない」
「それもそうですね」
ハルベル伯爵は椅子の背へ身体を預けた。
「お前はこの1年でずいぶん変わった。最初は天気を当てる妙な士族の倅だと思っていたが、今では軍務副隊長だ。必要があれば300人まで預けられる。商売でも金を作っているそうだな」
「自分で動かせる金なら、銀貨700枚を少し超えました」
「16歳が普通に口にする金額ではないな」
「去年までは、妹に肉を食べさせる金の心配をしていましたよ」
伯爵は笑った。
「だからこそ、陛下も見てみたいのだろう」
レオンは王家の紋章が押された封書へ目を落とした。
半年ほど前には、国王も王都の大貴族も自分とは遠い世界の存在だった。今は伯爵家軍務副隊長となり、必要なら300人まで兵を指揮できる。商売を始め、銀貨700枚を超える現金も自分の判断で動かせるようになった。
それでも、国王から見れば西部の下級士族の倅にすぎない。
「分かりました。新年になったら王都へ向かいます」
「そのつもりで支度をしておけ。お前の父にも話しておく」
「はい」
レオンは書状を丁寧に畳んだ。
王都にはアルベルトとセシリアがいる。前世の夫である修一と、自分から夫を奪った沙也香である。
しかし、今回の王都行きは2人を追いかけるためではない。
国王から届いた王命に従い、伯爵家軍務副隊長レオン・ローデンとして王都へ入るのである。
新年、レオンが相手にする世界はハルベル伯爵領の外へ広がる。




