第10話(前編)――「荷車4台を買う」
12月上旬、レオンは市場の問屋で帳面を見ていた。
外では朝から細かな雪が舞っている。塩や羊毛の取引で知り合った問屋の主人が、仕入れや運送にかかった金額を書いた帳面を卓上に広げていた。
「最近は品物より、別のものが足りなくなってきた」
「何が足りなくなっているんだ?」
「荷車だよ」
主人は倉庫の外を指した。
「雪が降ると遠くまで行きたがらない御者が増える。馬を冬の間休ませる農家も多い。ところが町では薪も油も酒も食料も要る。冬でも荷を運べる者がいれば、かなり稼げるぞ」
レオンは帳面から顔を上げた。
「品物を仕入れて売るんじゃなく、運賃を取る商売か」
「そうだ。お前は馬にも乗れるし、道にも詳しい。兵を何十人も動かしているなら、御者を何人か雇って荷車を回すこともできるだろう」
「軍務と商売では勝手が違うだろ」
「だから商売の方は俺が教えてやる」
塩や羊毛では大きく儲けたが、値段が大きく動く品物がいつでも見つかるとは限らない。その点、荷車と馬を持っていれば、品物を自分で仕入れなくても運送を請け負うことで繰り返し金を稼げる。
「荷車から揃えるなら、どのくらいの金が必要になるんだ?」
「中古でいいなら1台銀貨20枚から25枚だ。荷馬は1頭15枚から20枚くらいになる」
「荷車を4台動かすなら、馬は何頭必要になる?」
「普通は2頭ずつだから8頭だな」
レオンは必要な金を計算した。
【会計Ⅰ】を得てからは、大きな金額でも項目ごとに分けて考えやすくなっている。荷車4台に銀貨88枚、荷馬8頭に128枚。そこへ馬具や荷縄、修理道具、餌代、御者への前払いまで加えれば、250枚を少し超える。
「分かった。この商売を始める」
主人がレオンを見た。
「本当に荷車を買って、運送を始めるつもりなのか?」
「ああ。まず4台買う」
「全部揃えれば銀貨250枚以上動くぞ」
「そのくらいなら出せる」
主人は少し黙ってから笑った。
「半年前まで市場で銅貨を稼いでいた奴とは思えんな」
「俺もそう思うよ」
その日のうちに、レオンは市場や厩舎を回った。
【観察眼Ⅰ】があるため、中古の荷車でも車軸や車輪の傷みをかなり見分けられる。馬も実際に歩かせれば、脚に悪いところがないか、荷を引くことに慣れているかを確認できた。
最終的に、状態の良い中古荷車4台を銀貨88枚、荷馬8頭を銀貨128枚で買った。馬具と道具に24枚、最初の餌代、御者への前払い、荷車を置く場所の借り賃に20枚を使い、合計は銀貨260枚になった。
御者には、城下町で荷運びの仕事をしていた男4人を雇った。遠出する仕事に備え、荷役と護衛を兼ねる男も4人付ける。
夕食の席でその話をすると、エルザは食事の手を止めた。
「今度は荷車を4台も買ったの?」
「ああ」
「荷馬も8頭買ったということなの?」
「そうだよ」
「それだけ揃えて、銀貨はいくら使ったの?」
「全部で260枚だ」
エルザはしばらく息子の顔を見た。
「あなたが持ち帰る金額も大きくなったけれど、使う金額まで大きくなっているわ」
「適当に使っているわけじゃないよ。どのくらいで元が取れるかも計算している」
ゲオルグが尋ねた。
「その4台で、具体的には何を運ぶつもりなんだ?」
「依頼があれば何でも運ぶ。冬は荷車そのものが足りないらしいから、運賃を取って動かすつもりだ」
「伯爵家の仕事と重なった場合はどうする?」
「もちろん軍務を優先するよ。俺が毎回荷車についていくわけじゃない。御者を雇ったんだから、仕事を取ったら任せればいい」
リナが兄を見た。
「馬が8頭も増えたなら、全部兄さんの馬なの?」
「商売用の馬だけどな」
「私が名前を付けてもいい?」
「8頭全部に付けるつもりなのか?」
「うん」
「御者が覚えられないような名前だけはやめてくれよ」
「ちゃんと考える」
リナが8頭分の名前を考え始め、レオンは笑った。
翌日には、さっそく最初の仕事が入った。
南東の村にある倉庫から、油、乾燥豆、酒を城下町まで運んでほしいという依頼である。荷車4台で2往復する量があり、通常よりかなり高い運賃を払うという。
問題は天候だった。
南東へ向かう道は2本ある。北寄りの街道ではすでに雪が深くなり始め、もう1本の川沿いの道も、このまま雪が増えれば荷車が通れなくなる可能性があった。
商人がレオンへ尋ねた。
「この雪でも、荷車を出せると思うか?」
「全部の荷を、いつまでに運び終えればいいんだ?」
「5日以内なら助かる」
「分かった。どちらの道を使うべきか見てみる」
レオンは2本の道と、この先5日間の天候を意識した。
北側の街道は、2日後には積雪で荷車の車輪が深く埋まっていた。一方、川沿いの道では3日後の夕方まで荷車が走っているが、4日目の朝には雪が強まり、道の大半が白く覆われていた。
「川沿いの道を使う。北側は2日後には荷車が通れなくなるが、川沿いなら3日目の夕方まで動ける」
「今日出発すれば、2往復とも間に合うのか?」
「ああ。今日向かって明日1回目を戻す。そのまま2回目へ向かえば、3日目の夕方までに終えられる」
「御者たちが、その日程を引き受けると思うか?」
「きつい分だけ追加で払う」
レオンは雇った御者4人を集めた。
「3日で2往復してもらう。普段よりきつい仕事になるから、今月の給金とは別に銀貨1枚ずつ付ける」
御者の1人が尋ねた。
「途中で雪が強くなる心配はないのか?」
「3日目の夕方までは通れる。そこを過ぎると危ないから、今回は遅れないことを優先する」
「それなら分かった。銀貨1枚付くなら引き受ける」
残る3人も同意した。
レオン自身は、最初の往復だけブラウンで同行した。
馬をどこで休ませるのか、餌をどれだけ積むのか、どの順番で荷を降ろせば時間を無駄にしないのか。今後は人へ任せる仕事だからこそ、最初だけは自分の目で一通り確かめておきたかった。
2日目の朝、4台の荷車は最初の荷を積んで城下町へ戻った。
荷を降ろす間に御者を休ませ、馬へ水と餌を与える。午後には再び4台を南東へ向けて出発させた。
3日目の夕方、2回目の荷を積んだ4台が城下町へ戻った。
最後の荷車が倉庫へ着いてから数時間後に雪が強くなり、翌朝には川沿いの道でも大型荷車の通行が難しくなっていた。
商人から運賃を受け取り、御者や荷役人への賃金、餌代、道中の費用を差し引くと、最初の仕事だけで銀貨100枚以上の利益が残った。しかも荷車4台と馬8頭は売ったわけではなく、レオンの財産としてそのまま残っている。
帳面へ最後の数字を書き込んだところで、視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【兵站Ⅰ】を獲得しました》
荷車4台と馬8頭を見るだけで、何日動かすなら餌をどれだけ積むべきか、何人付ければ無理なく回せるか、荷の重さをどう分ければ馬への負担を抑えられるかを以前より細かく計算できる。
その感覚は運送だけに限らなかった。兵を大人数動かす時にも、食料、馬、荷車、人員をどの程度用意すればよいのかを組み立てられる。
塩や羊毛は売れば手元からなくなるが、荷車と馬は仕事を続ける限り何度でも運賃を生む。人を雇い、自分が毎回現場へ出なくても利益が残るようにすれば、荷車の数を増やして商売を広げることもできる。
レオンには、金を増やす新しい手段ができた。




