第9話(後編)――「銀貨500枚の百人隊長」
黒松橋の任務を終えて数日後、レオンは市場の大きな問屋から声を掛けられた。
塩の取引で銀貨87枚を稼いだ話は、すでに商人たちの間に広まっている。
「今度は何を買うつもりなんだ?」
問屋の主人が尋ねた。
「まだ決めていない。何か面白い品でもあるのか?」
「それなら羊毛を見ていかないか」
店の裏にある倉庫には、刈り取った羊毛を固くまとめた荷が積まれていた。
主人によれば、北の牧畜地から入る羊毛が減り始め、値段も少し上がっているという。
「冬物の布を作る時期だからな。この先もっと上がるかもしれん」
「今のうちに買っておけということか?」
「俺なら買う」
「それなら俺は、占ってから決める」
「そう言うと思った」
レオンは倉庫の羊毛と、この先の市場を意識した。
最初に見えたのは、今よりさらに多くの羊毛が市場へ積まれている光景だった。
5日後、北から何台もの荷車が到着し、市場へ羊毛が一気に流れ込む。そのため、今より値段が下がっていた。
ところが、さらに10日ほど先へ意識を向けると状況は逆転した。
王都方面から来た商人たちが大量の羊毛を買い付け、市場から品物が急速に消えている。
売値は現在の倍近くまで上がっていた。
レオンは目を開けた。
「今は買わない。5日待つ」
問屋の主人が眉を上げた。
「今より値が下がると見えたのか?」
「ああ。5日後に買う」
「その頃に何か大きな荷が入ってくるのか?」
「北から羊毛が大量に入ってくる。そこで値が落ちる」
5日後、北部の牧畜地から複数の荷車が予定より早く到着した。
本格的な雪になる前に売ってしまおうと考えた牧畜業者たちが、一斉に羊毛を市場へ運び込んできたのである。
一時的に品物が余り、値段は大きく下がった。
レオンはそこで動いた。
銀貨240枚分の羊毛をまとめて買い付けた。
少し前までなら、銀貨240枚を一度の取引へ入れるなど考えもしなかったが、今は家の生活費と商売の資金を完全に分けている。商売用の金は、動かさなければ増えない。
問屋の主人が尋ねた。
「本当に銀貨240枚分、全部買い付けるつもりなのか?」
「ああ。倉庫も借りる」
「ずいぶん思い切ったな」
「安くなると分かっている時に買わなければ意味がないだろ」
レオンは買い付けた羊毛を貸し倉庫へ入れ、値段が動くのを待った。
12日後、王都から2人の大商人が到着した。
西部の守備隊や王都の商家から冬用の毛織物を大量に頼まれ、原料となる羊毛を探しているという。
市場にはすでに十分な羊毛が残っていなかった。
買い手が増えるにつれて値段は上がり、レオンが見た通り、以前の倍近い水準まで達した。
レオンは借りていた倉庫を開けた。
銀貨240枚で買い付けた羊毛は、銀貨450枚で売れた。
倉庫代と運搬費を引いても、利益は銀貨200枚を超える。
代金を確認したところで、視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【会計Ⅰ】を獲得しました》
レオンは取引を記録した帳面へ目を落とした。
仕入れ、売上、運搬費、倉庫代、利益、手元に残る資金が、以前より整理して見える。いくらを次の取引へ回せるのかも、頭の中ですぐ計算できた。
軍務で物資を扱う時にも役に立つ能力だった。
問屋の主人が尋ねた。
「次の取引は、俺と組んでやらないか?」
「条件を聞いてから決める」
「お前が資金を出し、俺が仕入れと保管を引き受ける。利益は8対2でどうだ?」
「俺の取り分が8割ということか?」
「金を出すのはお前だからな」
「悪くない条件だ。ただ、損が出た場合も同じ割合で負担するのか?」
「当然だ」
「分かった。それなら一度考えてみる」
レオンはその場では決めなかった。
ただ、今後さらに大きな商売をするなら、自分ですべての荷を運び、倉庫を借り、売り先を探す必要はない。
信用できる商人へ仕事を任せ、自分は金と判断を出せばよい。
そうすれば、今より大きな金を動かせる。
その日の午後、レオンは城へ呼ばれた。
ハルベル伯爵の執務室には、伯爵と隊長が待っていた。
「レオン・ローデン」
「はい」
「今日からお前を、伯爵家直属の百人隊長とする」
レオンはすぐに意味を理解した。
「必要な任務では、100人まで俺の指揮下に置くということですか?」
「そうだ。普段から100人を連れて歩けという話ではない」
「分かりました」
「今回80人を預けて問題なく動かした。敵の位置を占うだけでなく、兵の配置も戦闘中の判断もできている。これ以上、臨時に兵を付けるだけでは使いにくい」
ハルベル伯爵は書類をレオンへ渡した。
「給金は月に銀貨80枚とする」
「月に80枚ですか?」
「不満なのか?」
「逆です。思ったより多いと思っただけです」
「80人を動かし、穀物24台を守る男へ、父親と同じ銀貨8枚を払うわけにもいかんだろう」
「それでは、さすがに困ります」
隊長が笑った。
「お前は給金より商売の方が稼ぎそうだがな」
「今日、羊毛の売買だけで銀貨200枚以上の利益が出ました」
伯爵と隊長の表情が止まった。
ハルベル伯爵が聞き返した。
「利益だけで銀貨200枚を超えたのか?」
「はい。それくらいです」
「いったい、どんな商売をしたんだ?」
「羊毛の値段が下がる日を占って買い、そのあと値が上がってから売りました」
隊長が呆れた顔をした。
「それを『売っただけ』で済ませる金額ではないぞ」
「やったこと自体は、それだけですよ」
ハルベル伯爵はしばらくレオンを見てから笑った。
「お前は兵だけ率いさせておくには惜しいな」
「商売までやめろとは言わないでください」
「言わん。自分の金を自分で増やしているのだから好きにしろ。ただし、伯爵家の秘密を商売に使うな」
「それはしません」
「なら問題ない」
伯爵はさらに革袋を卓上へ置いた。
「百人隊長の支度金として銀貨200枚を与える」
レオンは袋を持ち上げた。
「必要な装備を揃えたあと、残った分は自分で使ってもいいのですか?」
「まずは百人隊長として必要な物を揃えろ。そのあと残った金は好きに使えばいい」
「分かりました」
城を出たレオンは、ブラウンに乗って家へ戻った。
この1か月だけで、塩の取引から銀貨87枚の利益を出した。黒松橋の任務では銀貨120枚を受け取り、羊毛の取引でも銀貨200枚以上を稼いだ。
さらに百人隊長の支度金が銀貨200枚ある。
必要な装備の分を除いても、レオンが自由に動かせる資金は銀貨500枚を超えていた。
家へ着くと、エルザは息子が持ち帰った革袋を見た。
「今度はどれくらい入っているの?」
「これは百人隊長の支度金で、銀貨200枚だ」
「百人隊長の支度金ということは、役目が変わったの?」
「ああ。今日から百人隊長になった」
台所にいたリナがすぐに顔を出した。
「兄さんが100人の隊長になったの?」
「必要な任務ではな」
「それなら、兄さんが100人に命令することもあるの?」
「ああ。そういう仕事になる」
エルザは金額より先に別のことを確認した。
「今日は危ないことをしたわけではないのね?」
「今日は商売と、城で話をしただけだよ」
「それならいいわ」
レオンは食卓へ座り、自分の帳面を開いた。
「母さん、家の金は今どのくらい残っている?」
エルザも家計の帳面を持ってきた。
「冬の分を別にしても、銀貨100枚以上あるわ」
「それなら、家の金はもう十分だな」
「借金もないしね」
「ああ。もう借金はない」
家計はすでに立て直している。
そこでレオンは、次に家へ金を入れることではなく、金の使い道を考えた。
「屋根と窓は直そう。母さんが前から気にしていたところも、まとめて全部やる」
「そこまで直しても大丈夫なの?」
「十分払える。でも、それ以外の金は商売に回すつもりだ」
ゲオルグが帰宅してからその話を聞き、息子へ尋ねた。
「銀貨500枚以上あるのに、まだ増やすつもりなのか?」
「増やすよ」
「そこまで金を作って、何に使うつもりなんだ?」
「今はまだ決めていない」
レオンは正直に答えた。
「でも兵を100人動かすだけでも、馬、食料、武器、荷車が必要になる。これからもっと上へ行くなら、金がないよりある方がいい」
ゲオルグは少し考えてからうなずいた。
「それはそうだな」
「それに、必要になってから誰かに頭を下げて金を借りるのは嫌なんだ」
前世で仕事を失った時、手元の金が減っていく怖さをレオンは知っていた。金だけですべてを解決できるわけではないが、馬や武器、食料、人手を揃えるには金が要る。
今のレオンには占いがあり、剣と馬もある。さらに百人隊長となったことで、必要な任務では100人の兵を動かせる立場まで得た。そのうえ、自分で増やした金も銀貨500枚を超えている。
家族4人が食べていけるようにするという最初の目標は、すでに達成していた。16歳で百人隊長となったレオンは、この先どこまで上へ行けるのか、そのためにどれだけの金を作れるのかを考える方が面白くなっていた。




