第9話(前編)――「塩を60袋買え」
11月上旬、レオンは市場の塩問屋で足を止めた。
店先には南部から届いた塩袋が山のように積まれていた。冬が来る前に運び込まれた品だが、今回は荷が多すぎたらしく、問屋の主人は普段より安い値段を付けている。
「今日はずいぶん安く出しているな」
レオンが声を掛けると、主人は積み上がった塩袋を指した。
「南から3つの隊商が同じ日に着いたんだ。置いておくだけでも倉代がかかる。まとまった数を買うなら、もう少し安くしてやるぞ」
「10袋以上まとめて買った場合、1袋いくらになるんだ?」
「銀貨2枚だ」
「まだ下げられる余地はあるのか?」
「また値切るつもりか」
「安く仕入れなければ、商売にならないだろ」
主人は笑った。
「それで、何袋くらい買うつもりなんだ?」
「まだ決めていない。少し待ってくれ」
レオンは店先に積まれた塩と、この先の値動きを意識した。
やがて頭の中に、10日ほど先の市場が浮かんだ。
今は塩袋で埋まっている店先から荷がほとんど消え、南へ続く道には雪が積もっている。峠の手前では、大きな荷車が先へ進めず引き返していた。
さらに先を見ると、市場で売られる塩の値段が上がっていた。
1袋銀貨4枚。
峠を再び荷車が通れるようになるのは、それから20日ほど先らしい。
レオンは目を開けた。
「60袋まとめて買うなら、1袋いくらまで下げられる?」
問屋の主人から笑顔が消えた。
「60袋も買うつもりなのか?」
「ああ」
「それだけの代金をすぐに払えるのか?」
「払える」
ローデン家の借金は8月のうちに返し終えていた。その後は軍務の報酬や占いで得た金を蓄え、家の生活費とは別に、レオン自身が自由に動かせる銀貨も100枚を超えている。
借金を返し、家族が食べていけるようにする段階はすでに終わった。
これからは、持っている金を使ってさらに金を増やせばよい。
「60袋なら、1袋銀貨1枚半まで下げる」
「全部で90枚だな」
「そうだ。ただし、今日中に全部引き取ってくれ」
「置き場所まで用意できるのか?」
「隣の貸し倉庫が空いている。金を払えばすぐ使えるぞ」
銀貨90枚は大金だが、生活費に手を付けるわけではない。仮に値上がりの時期がずれても、塩は簡単に腐る品ではなく、いずれ売ることができる。
「その条件なら60袋全部買う」
主人は念を押した。
「本当に60袋すべてでいいんだな?」
「ああ。全部引き取る」
レオンは銀貨90枚を払い、さらに銀貨3枚で貸し倉庫を借りた。塩60袋はその日のうちに問屋から運び出し、まとめて倉庫へ入れた。
夕食の席で商売の話をすると、エルザはさすがに驚いた。
「銀貨93枚も一度に使ったの?」
「使ったというより、銀貨を塩60袋に替えたんだよ」
「値段が上がらなかったら、どうするつもりなの?」
「その時は塩が60袋残るだけだ。腐るものじゃないから、時間をかければ売れる」
「そういう話をしているんじゃないでしょう」
「分かってるよ。家の生活費には手を付けていないから、その点は心配しなくていい」
ゲオルグが口を挟んだ。
「塩の値が上がるところまで占いで見えたのか?」
「ああ。10日ほどで南の峠が雪に閉ざされる」
「それなら、伯爵家にも先に知らせた方がいいんじゃないか?」
「そのつもりだ。明日、城へ行った時に話しておく。伯爵家が必要な分を先に買うなら、そっちを優先してもらうよ」
自分が儲けるために、伯爵家や城下町を塩不足にするつもりはなかった。
翌日、レオンは城の管理役に、10日ほどで南の峠が雪に閉ざされる可能性を伝えた。伯爵家ではすでに冬用の塩を十分に備蓄しており、追加で買い入れる必要はないという。
それを確認してから、レオンは自分の商売を続けた。
10日後、南部へ続く峠で大雪が降った。
塩を積んだ荷車は峠を越えられなくなり、市場へ入る量が急に減った。数日もすると塩の値段は上がり、1袋銀貨4枚近くで取引されるようになった。
そこでレオンは、市場の商人3人を倉庫へ呼んだ。
「今の相場なら、1袋銀貨4枚でも売れる。それでも俺は3枚で出す」
商人の1人が尋ねた。
「相場より安く出すのには、何か理由があるのか?」
「長く抱えるつもりがないからだ。それに、町の塩が高くなりすぎれば困る人間も増える」
「どのくらいの数を売るつもりなんだ?」
「60袋全部だ。ただし、3軒で分けて買ってくれ。1軒だけに全部渡して、そこからさらに値を吊り上げられるのは困る」
相場より安く、しかも十分な利益が取れる値段だったため、商人たちはその条件を受け入れた。
銀貨90枚で仕入れた塩60袋は、銀貨180枚になった。倉庫代の銀貨3枚を引けば、利益は銀貨87枚である。
代金を受け取ったところで、レオンの視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【交渉術Ⅰ】を獲得しました》
文字が消れると、目の前にいる商人たちとの話し方まで以前とは違って感じられた。どこまで強い条件を出せるのか、どこで譲れば相手が納得するのか、話をまとめるための加減が自然に分かる。
これなら、今後もっと大きな商売をする時にも使えそうだった。
家へ戻ると、レオンは今回の売上を食卓へ並べた。
エルザは銀貨を数えてから息子を見た。
「本当に増えたわね」
「銀貨93枚を使って、180枚になった」
「倉庫代まで引いて、87枚の儲けということなの?」
「ああ。それが全部利益だ」
ゲオルグは杯を置いた。
「伯爵家の任務より商売の方が儲かっているんじゃないか?」
「今回はそうだな」
「お前、士族だったよな?」
「士族が商売をしてはいけない決まりでもあるのか?」
「そんなことは言っていない」
「それなら問題ないだろ」
リナが銀貨の山を見ながら尋ねた。
「これだけあったら、お肉は何回食べられるの?」
「そろそろ肉で金額を考えるのはやめた方がいいぞ」
「だって、それが一番分かりやすいんだもん」
レオンは笑った。
ローデン家にはもう借金がなく、冬の食料を心配する必要もない。今では銀貨を使って商品を買い、その商品を売ってさらに銀貨を増やせる。
前世では仕事を失うたびに貯金が減っていくことを恐れていたが、今では手元にある金を次の金を作る元手として使える。銀貨100枚を200枚にできるなら、いずれ200枚を500枚、500枚を1,000枚へ増やすこともできる。
レオンは、ようやく金を使って金を作る面白さを知り始めていた。




