第8話(後編)――「12人を動かす」
10月下旬、城下町では秋の収穫市が始まった。
周辺の村から麦、豆、野菜、果物、干し肉、酒などが次々に持ち込まれ、市場だけでは店を出す場所が足りなくなった。城門近くの広場にも露店が並び、普段の数倍の人が町へ入ってくる。
人と金が集まれば、揉め事も増える。
盗み、喧嘩、酔客同士の争い、荷車の衝突まで起きるため、伯爵家は城の兵を町へ出した。
レオンには12人の兵が任された。
朝、隊長は兵の詰所で簡単に命令した。
「今日は市場の西側から穀物倉庫まで、お前に任せる」
「12人を全部使って構わないのですね?」
「そのために集めた。配置も動かし方もお前が決めろ」
「分かりました」
「何か起きても、まずは自分で判断しろ。手に負えない時だけ詰所へ人を寄越せ」
「そのつもりで動きます」
隊長からの指示はそれだけだった。
ゲオルグは同行しない。兵をどこへ置き、何が起きた時にどう動かすかも、すべてレオンが決める。
外では12人が待っていた。
「4人は市場の西側、4人は倉庫通りを担当してくれ。残る4人は俺と広場を回る。昼に一度ここへ集まって状況を確認する。それまでも何かあれば、すぐ俺へ知らせてくれ」
「了解」
兵たちは3組に分かれ、それぞれの持ち場へ向かった。
レオンはブラウンには乗らず、4人の兵とともに広場を歩いて見回った。
収穫市には若い娘も大勢来ていた。
以前から【異性魅了Ⅰ】の効果は感じていたが、人が集まる場所ではさらに分かりやすかった。兵を連れて歩くレオンを、露店や商家の娘たちが何度も振り返る。
果物の店を手伝っている娘は、レオンを見ると林檎を1つ差し出した。
「レオン、これ食べる?」
「もらうなら代金は払うよ」
「1つくらいいいって」
「今は仕事中だから、帰りにまだ残っていたらもらうことにする」
娘が笑った。
一緒にいた兵が小声で言った。
「レオン殿、ずいぶん人気があるんだな」
「俺の顔を見るより、周りを見張ってくれ」
「これは失礼」
「仕事が終わってからなら好きにからかっていいよ」
午前中は大きな問題もなく過ぎた。
昼前に12人を集めて報告を聞くと、喧嘩が2件と盗みが1件あっただけで、どれも兵がその場で収めていた。
ところが午後、穀物商人の1人がレオンを訪ねてきた。
「レオン、少し耳に入れておきたいことがある」
「何か気になる動きでもあったのか?」
「倉庫の辺りで見慣れない男が何度も裏道を確認している。荷物を運ぶでもなく、店へ入るでもない」
「盗みの下見でもしているように見えたのか?」
「そこまでは分からん。ただ、油壺を売る店でも同じ男を見た」
レオンは倉庫通りへ目を向けた。
麦や豆を大量に保管する木造の倉庫が何棟も並んでいる。乾燥した穀物と木造建物が集まる場所だけに、火が出れば被害は大きい。
「その男の顔や服装で覚えていることはあるのか?」
「痩せた男だ。左の眉の上に傷があって、灰色の上着を着ている」
レオンはその男と、今日の倉庫通りを意識して占った。
やがて夕方の光景が浮かんだ。
人通りが減った倉庫の裏で、灰色の上着を着た男が油壺を傾けている。隣にはもう1人いた。
2人は木壁の下へ油を撒き、火のついた布を投げようとしていた。
その少し離れた場所では、別の3人が両替商の店へ近づいている。
倉庫へ火を付け、人々が消火へ向かった隙に両替商を襲うつもりらしい。
レオンは目を開けた。
「そいつらは盗人じゃない。倉庫へ火を付けるつもりだ」
商人の顔色が変わった。
「そんなことをされたら、ここ一帯が燃えるぞ」
「ああ。火事で人を集めて、その隙に別の3人が両替商を襲う。動くのは夕方だ」
レオンは近くにいた兵へ命じた。
「持ち場にいる者も含めて12人全員を集めてくれ。急いだ方がいい」
「分かった!」
ほどなく12人が揃った。
レオンは地面へ簡単に周辺の道と建物の位置を描いた。
「相手は5人だ。2人が倉庫へ火を付け、残る3人が両替商を襲う。火事を囮にするつもりらしい」
兵たちの表情が変わった。
「4人は両替商へ向かってくれ。客や通行人に見える位置で待機する。3人は倉庫の裏へ回って姿を隠せ。残る5人は俺と表通りで待つ」
兵の1人が確認した。
「火を付けようとしたところで押さえればいいんだな?」
「油を撒くところまでは待つ。そこまでやれば言い逃れはできない。ただし、火は絶対に付けさせるな」
「了解した」
「俺が合図するまで動かないでくれ」
兵たちはそれぞれの場所へ散った。
夕方になると露店を片付け始める商人も現れ、人の流れは少しずつ市場の中心へ移っていった。
レオンは倉庫通りの入口で待った。
【観察眼Ⅰ】を使って通行人を見ていると、灰色の上着を着た細い男が現れた。
左の眉の上に傷がある。
男は何度か周囲を確かめてから裏道へ入った。
少し遅れて、別の男が油壺を持って続いた。
レオンはまだ動かなかった。
倉庫の裏へ入った2人が油壺の蓋を開ける。
1人が木壁へ油を撒き、もう1人が布へ火を付けるため火打ち石を取り出した。
「今だ! 押さえろ!」
レオンの声と同時に、裏へ回していた3人の兵が飛び出した。
「何だ!」
男が驚いて火打ち石を落とした。
レオンも正面から走った。
「火を持っている方を先に押さえろ!」
2人は抵抗しようとしたが、周囲を兵に囲まれ、逃げることはできなかった。
その直後、両替商の方でも怒鳴り声が上がった。
「伯爵家の兵だ! 武器を捨てろ!」
残る3人も、店へ押し入る直前に捕らえられた。
倉庫から火は出ず、両替商の金も奪われなかった。
5人をすべて縛り上げたところで、レオンの視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【指揮Ⅱ】を獲得しました》
12人の兵を見渡すと、次に誰をどこへ動かせばよいのかが、それまで以上に早くまとまった。捕虜を運ぶ者、倉庫に残す者、両替商を確認する者を迷わず分けられる。
「4人は捕虜を城へ連れていってくれ。3人は倉庫に残り、撒かれた油を処理する。商人は安全が確認できるまで中へ入れないでくれ。残りは俺と両替商へ向かう」
「了解!」
兵たちは命令を聞くとすぐに動いた。
レオン自身も、命令を出したあとに迷い直すことがなくなっていると分かった。
翌日、レオンはハルベル伯爵の前へ呼ばれた。
「昨日は倉庫への火付けを未然に止めたそうだな」
「油を撒いたところで捕らえました。火は出していません」
「その間に両替商を狙っていた者まで捕らえたと聞いている」
「5人とも同じ仲間でした。火事で人を集めている間に店を襲うつもりだったようです」
ハルベル伯爵は報告書へ目を落とした。
「倉庫へ火が回っていれば、麦や豆を大量に失うところだった。収穫直後にそれをやられれば、冬の値段にも響く」
伯爵は銀貨40枚をレオンへ与えた。
「受け取れ」
「ありがとうございます」
「それと、今後は10人や20人程度の兵なら、お前に任せる」
レオンは少し考えてから答えた。
「そこまで任せてもらえるなら、こちらも指揮する前提で動きます」
「もうそのつもりで12人を動かしていたのだろう」
「昨日は必要だったのでやりました」
「城の兵も、お前の命令で問題なく動いたと報告を受けている。占いだけが役に立っているわけではないということだ」
「分かりました」
「ただし、大勢を動かす時ほど自分1人で何でもやろうとするな。任せることも覚えろ」
「肝に銘じます」
城を出ると、隊長が詰所の前にいた。
「伯爵様から話は聞いたか?」
「これからは20人程度まで任せると言われました」
「そうなると思っていた」
「隊長は最初から、そのつもりで俺に12人を預けたのですか?」
「俺が伯爵様へ報告した。最終的に決めるのは伯爵様だから、先に余計なことは言わなかっただけだ」
「なるほど。それなら納得しました」
隊長はレオンの肩を軽く叩いた。
「次から俺は任務の内容だけ説明する。細かい配置までいちいち聞きに来るなよ」
「そこまで任されたなら、自分で決めますよ」
「言うようになったな」
「今さらでしょう」
レオンは笑った。
家へ帰ると、ゲオルグは庭で剣の手入れをしていた。
「今日はずいぶん遅かったな。報酬まで出たのか?」
「帰って最初に聞くのが金の話なのか?」
「怪我をしていないのは見れば分かる。なら次に気になるのは稼ぎだ」
「銀貨40枚」
「そうか」
「もう驚きもしないんだな」
「お前の稼ぎに毎回驚いていたら疲れる」
「それは助かるよ」
レオンは父の隣へ座り、自分の剣を抜いた。
ゲオルグが息子の剣を見た。
「自分で手入れする気になったのか?」
「自分の剣なんだから当たり前だろ」
「ブラウンの世話は済ませたのか?」
「餌も水もやった。蹄も見たよ」
「なら、もう俺から言うことはないな」
少し前までは、ゲオルグが稽古の仕方から武器の手入れまで1つずつ教えていた。今では父と息子が並び、それぞれ自分の剣を手入れしている。
しばらくして、ゲオルグが言った。
「もう俺が、お前の仕事についていく必要はなさそうだな」
レオンは剣から目を離さなかった。
「気付くのが遅いよ」
「それくらい言うようになった方が安心だ」
「こっちはとっくに1人で行っているだろ」
ゲオルグは笑い、レオンも笑った。
その夜、食卓には肉の煮込みと白いパンが並んだ。以前なら特別な日にしか食べられなかったものだが、今では月に何度か食卓へ出るようになっている。
レオンには自分の馬があり、自分の剣がある。伯爵家から兵を預けられ、自分で配置を決め、自分の判断で動かすことも当たり前になってきた。
この1か月で得た【観察眼Ⅰ】【追跡Ⅰ】【指揮Ⅱ】も、それぞれ実際の任務で役に立っている。
仕事を任され、自分で判断し、結果を出して報酬を受け取る。10月が終わるころには、それがレオン・ローデンの日常になっていた。




