第8話(中編)――「8人を率いる」
10月半ば、レオンは1人で兵の詰所へ呼ばれた。
ゲオルグは別の任務に出ていたが、隊長はそれを気にする様子もなかった。レオンが入ってくると、卓上へ地図を広げた。
「今日はお前に8人預ける」
「8人ですか。今度はどんな任務なのですか?」
「税銀が消えた」
伯爵領東部の村から税として集めた銀貨を運んでいた徴税役が、予定の日を過ぎても城へ戻っていなかった。
持っていた税銀は90枚である。
徴税役には護衛が2人付き、3人とも馬に乗っていた。それが全員まとめて行方不明になっている。
「徴税役本人が銀貨90枚を持って逃げた可能性も調べているのですね?」
「もちろんだ。ただし、俺はその可能性を低く見ている。あの男は15年以上勤めているし、家族も城下にいる。銀貨90枚のために全部捨てるとは考えにくい」
「最後に姿を確認した者は、どこで見ているのですか?」
「東の村を出たところだ」
隊長は地図を指した。
「本来ならこの街道を通って城へ戻る」
レオンは地図を見た。
街道の途中には林があり、その先で道が2つに分かれている。北へ行けば城へ続き、南へ行けば古い礼拝堂や牧草地のある一帯へ出る。
「分かりました。徴税役と税銀が今どこにあるのかを見ます」
「ああ。生きているなら、一刻でも早い方がいい」
レオンは徴税役と銀貨90枚を意識して占った。
すぐには何も見えなかった。
しばらくすると、石造りの古い建物が頭の中へ浮かんだ。
屋根の一部が崩れ、扉も傾いている。その中では中年の男が柱へ縛られていた。
少し離れた場所には護衛の1人が倒れ、もう1人は壁にもたれて座り、片脚から血を流している。
銀貨を入れた袋は建物の外に止めた荷車へ積まれていた。
武装した男が5人いる。
そのうち2人は、荷車から馬へ荷物を移していた。
「街道を南へ外れています」
隊長が地図へ顔を寄せた。
「場所の見当は付くのか?」
「石造りの古い建物です。屋根の一部が崩れていました。この辺りに使われていない礼拝堂はありませんか?」
「ある。ここだ」
隊長が地図上の印を指した。
「何年も前から使われていない礼拝堂だ」
「徴税役は生きています。護衛も少なくとも1人は意識がありました。相手は5人です。銀貨を馬へ積み替えていたので、長居するつもりはなさそうです」
隊長はすぐに立ち上がった。
「8人はもう用意してある。説明は道で済ませろ。すぐ出ろ」
「分かりました」
レオンが詰所を出ると、8人の兵が馬を用意して待っていた。前回の任務で一緒だった者も2人いる。
「レオン殿、今日はあんたの指揮で動けばいいんだな?」
「ああ。時間がない。東門から街道へ出て、そのまま東へ向かう」
レオンはブラウンの鞍へ上がった。
8人の兵も、指揮する者が16歳だということを気にする様子はない。レオンが馬を進めると、その後ろへ隊列を作った。
一行は東街道を急いだ。
途中の分かれ道へ着くと、レオンはブラウンを止めた。
普通に見れば、どちらの道にも新しい馬蹄や荷車の跡がいくつも残っている。
ところが【観察眼Ⅰ】を得た今は、それぞれの跡の違いが以前よりはっきり分かった。
「南へ入っている。こっちだ」
兵の1人が地面へ目を向けた。
「これだけ馬蹄の跡が重なっていても判別できるのか?」
「荷車の轍が新しい。それに馬も3頭以上、同じ方向へ入っている」
「なら南で間違いなさそうだな」
レオンはそのまま南の道へ入った。
しばらく進むと、占いで見た崩れた礼拝堂の屋根が木々の間から現れた。
「ここだ。全員、馬を止めろ」
レオンは馬を降りた。
「4人は俺と正面へ回る。2人は北側、残り2人は南側へ回って逃げ道を塞いでくれ。こちらが声を掛けるまでは姿を見せなくていい」
「分かった」
兵たちはすぐに分かれた。
レオンは4人を連れて礼拝堂へ近づいた。
中から男たちの話し声が聞こえる。
「日が落ちる前に出るぞ」
「銀貨90枚だ。これだけあればしばらく遊べる」
占いで見た通りだった。
レオンは剣を抜いた。
「正面から入る。逃げた者は左右へ回した兵に任せるぞ」
4人も武器を構えた。
レオンは礼拝堂の前へ出た。
「伯爵家の兵だ! 武器を捨てて、その場から動くな!」
中にいた男たちが振り向いた。
「どうしてここが分かった!」
「裏から逃げろ!」
2人が裏手へ走った。
「左右から出ろ!」
レオンの声で、北と南へ回していた兵が姿を現した。
逃げようとした男たちは足を止めた。
残る3人は剣を抜いた。
「押し通すぞ!」
1人がレオンへ向かってくる。
白岩坂で初めて人と斬り合った時には、相手へ刃を入れることに迷いがあった。今は違う。
殺す必要がなければ殺さない。それでも、武器を向けてくる相手を止めることには迷わなかった。
レオンは男の剣を外へ流し、脇腹へ蹴りを入れた。身体が崩れたところで手首を打ち、剣を落とさせる。
「そいつを押さえてくれ!」
後ろの兵が男を地面へ伏せさせた。
別の2人も短い戦いの末に取り押さえられた。
レオンは徴税役と護衛を解放し、税銀を確認した。
「まず銀貨を数えてください。90枚すべて残っていますか?」
徴税役は震える手で袋を確かめた。
「あります。全部あります」
レオンは続いて護衛の2人を見た。
「2人とも城まで戻れそうですか?」
「俺は大丈夫です。こいつは脚をやられているので、荷車へ乗せた方がいいでしょう」
もう1人も頭を打って倒れていただけで、命に別状はなかった。
3人とも生きている。
その時、レオンの視界に文字が浮かんだ。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【追跡Ⅰ】を獲得しました》
周囲へ目を向けると、足跡や折れた草、土のわずかな乱れから、人がどちらへ動いたのかを以前より読み取れるようになっていた。
礼拝堂から、1人だけ先に出ていった者がいる。
レオンは地面に残る跡を追った。
「ここから先に、もう1人出ていった跡があるな」
徴税役が驚いた。
「そこまで分かるのですか。最初は6人いたんです。1人だけ、朝のうちにどこかへ出ていきました」
森へ続く足跡は、まだ追えそうだった。
しかし、今の任務は逃げた1人を捕らえることではない。税銀90枚と徴税役たちを無事に城へ戻すことが先だった。
「今回は追わない。税銀と負傷者を城へ戻す方を優先する」
兵の1人もうなずいた。
「それがいいでしょう。逃げた1人を追って、銀貨90枚を危険にさらす必要はありません」
「捕虜5人を縛れ。負傷者は荷車へ乗せる。銀貨は隊列の中央に置いて、前後を兵で挟む。準備が済み次第、城へ戻るぞ」
兵たちはすぐに動いた。
夕方、一行は税銀と徴税役たちを連れて城へ戻った。
隊長は銀貨90枚が揃っていることと、徴税役と護衛2人が生きて戻ったことを確認すると、レオンを詰所へ入れた。
「よくやった。全員無事に戻したそうだな」
「占いで場所を見つけただけじゃありませんよ。8人にはかなり働いてもらいました」
「報告は聞いている。配置も捕縛も問題なかったそうだ」
「俺の命令通りに動いてくれたからです」
「兵は、命令が曖昧なら動けん。そこまで含めて指揮する者の仕事だ」
隊長は銀貨の入った小袋をレオンへ渡した。
「報酬は20枚だ」
「銀貨90枚を取り戻したとはいえ、20枚も出るのですか?」
「税銀は全部戻り、徴税役も護衛も助かった。それを考えれば安いくらいだ」
レオンは袋を腰へ下げた。
「この調子だと、次に呼ばれる時はもっと人数が増えそうですね」
隊長が笑った。
「自覚が出てきたじゃないか」
「どうせまた俺に任せるつもりなんでしょう?」
「その通りだ」
レオンも笑った。
家へ帰ると、ゲオルグはすでに夕食を食べていた。
「今日は何人預けられたんだ?」
「8人。税銀を奪った連中を捕まえてきた」
「任務は無事に済んだのか?」
「こっちは全員無事だ。税銀90枚も全部取り戻した」
「それなら十分だ」
ゲオルグはそれだけ言って酒を飲んだ。
以前なら、危険はなかったのか、怪我をしなかったのかと何度も確認しただろう。
今は息子が1人で任務へ出て、兵を連れて無事に戻ったことを、そのまま受け入れている。
レオンも、その方が気楽だった。




