第7話(後編)――「4人を任される」
9月下旬、伯爵家は逃げた武装集団の頭領を追っていた。
捕らえた男たちの話によれば、頭領はこの地方の出身ではなく、追手を逃れるための隠れ場所をいくつか用意しているらしい。ただし、部下たちもすべての場所を知っていたわけではなかった。
隊長は兵が集めた情報を地図へ書き込み、頭領が西へ向かっていると判断した。
「このまま西へ抜けられれば、伯爵領の外へ逃げられる。今日中に動く」
西へ向かう道は3本あった。北側の街道、森を抜ける細い道、南へ下って川沿いを進む道である。
レオンは地図を見ながら尋ねた。
「どの道を使うか見ればいいですか?」
「ああ。できれば途中で休む場所まで分かれば助かる」
「やってみます」
レオンは夜明けの戦いで見た頭領を思い浮かべた。大柄な男で、黒い馬に乗っていた。
しばらくすると、古びた水車小屋が見えた。
水車は止まり、屋根の一部が崩れている。その近くで頭領と3人の男が馬を休ませていた。
4人はしばらくすると再び馬へ乗り、西へ向かう。夕方には川へ着き、石の多い浅瀬を渡ろうとしていた。
レオンは目を開けた。
「南の道です」
「川沿いか?」
「はい。途中の古い水車小屋で休みます。そのあと西へ向かって、夕方には川の浅瀬を渡ります」
隊長は地図上の場所を確認した。
「ここだな。今は使われていない水車小屋がある」
問題は時間だった。
頭領たちはすでに移動している。伯爵家の兵が全員で同じ道を追えば、川へ着く前に領外へ逃げられる可能性がある。
隊長は地図にある別の道を指した。
「この丘越えの道なら、渡り場へ先回りできる。ただし道が狭い。大勢では進めん」
ゲオルグも地図を確認した。
「馬なら5人ほどでしょう」
「ああ」
隊長は少し考え、レオンへ顔を向けた。
「レオン、お前が4人連れて先へ行け」
レオンは隊長を見た。
「俺が4人を?」
「頭領が通る場所を見たのはお前だ。前の戦いでも地形を読むのが早かった。丘道を抜けて渡り場へ先回りし、俺たちが追いつくまで頭領を見張れ」
ゲオルグが隊長へ尋ねた。
「まだ16歳ですよ」
「分かっている。だから4人だけ預ける。頭領を見つけても、無理に戦わせるつもりはない。止められるなら止めろ。難しいなら居場所だけ確認して、深追いするな」
レオンは地図を見た。
【地形把握Ⅰ】があるため、丘越えの道と川の位置関係はすでに頭の中へ入っている。【指揮Ⅰ】を得てからは、数人程度ならどこへ置けば互いを助けられるかも考えやすくなっていた。
「やります」
ゲオルグが息子へ念を押した。
「無理はするなよ」
「分かってる」
「昨日もその前も、結局戦っただろ」
「向こうから来たんだから仕方ないだろ」
「今回は自分から追うな」
「約束する」
隊長は騎馬のできる兵4人を選んだ。
「全員お前より年上で、実戦経験もある。分からないことがあれば聞け。指揮を任されたからといって、何でも1人で決めようとするな」
「はい」
「ただし命令する時は、はっきり言え。味方を迷わせるな」
「分かりました」
5人はすぐに城を出た。
丘越えの道は狭く、木の根や石が地面から出ている場所も多かった。それでも【乗馬Ⅰ】と【地形把握Ⅰ】があるレオンは、速度を落とす場所と馬を進められる場所を判断しながら先へ進んだ。
同行していた兵の1人が途中で尋ねた。
「本当にこの道で川へ出るのか?」
「出ます。渡り場より少し東へ下ります」
「地図を見たのはさっきだけだろ」
「俺にも理由は説明できませんが、道のつながりが分かるんです」
兵は笑った。
「お前の占いと道案内は、もう疑わない方がよさそうだな」
昼を過ぎたころ、木々の向こうに川が見えた。
レオンたちは渡り場の東側へ出た。
川幅は広くないが、馬が渡れる場所は限られている。北側には低い藪があり、南側には大きな柳が数本並んでいた。
レオンは周囲を見て、兵たちへ指示した。
「2人は北の藪へ。1人は南の柳の陰へ隠れてください。残る1人は俺と東側で待ちます」
兵たちはそれぞれの場所を確認した。
「相手が4人で来たら?」
「まず止めます。無視して渡ろうとしたら道を塞いでください。ただし、こちらから追いかけません。隊長たちが来るまで時間を稼ぎます」
「分かった」
夕方が近づき、川面へ当たる日差しが傾いてきた。
やがて東の道から馬蹄の音が聞こえた。
黒い馬に乗った大柄な男が先頭にいる。その後ろには3人が続いていた。
占いで見た4人だった。
その瞬間、レオンの視界に文字が浮かんだ。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【胆力Ⅰ】を獲得しました》
《強い緊張や恐怖の中でも、判断と身体の動きを保ちやすくなります》
敵が近づけば怖さはある。胸の鼓動も速くなったが、頭の中ははっきりしていた。
頭領たちは渡り場の手前でレオンたちに気付いた。
「伯爵家の兵か」
頭領が馬を止めた。
レオンは馬上から相手を見た。
「武器を捨てろ。仲間の大半はもう捕まっている」
頭領は少年の顔を見て笑った。
「ガキが俺に命令するのか?」
「ここは通さない」
「退け」
「通すつもりはない」
頭領の後ろにいた男が剣を抜いた。
レオンも剣を抜いた。
「この先へ行くなら戦うことになる。追手もすぐ来る。今なら武器を捨てて投降できるぞ」
頭領は後ろの道を見た。
まだ追手の姿はない。
それからレオンと隣にいる兵を数えた。
「2人か」
レオンは何も答えなかった。
残る3人は藪と柳の陰に伏せている。
頭領は突破できると判断したらしい。
「行くぞ!」
黒い馬が一気に走り出した。
「出ろ!」
レオンの合図で、藪と柳の陰から3人の兵が飛び出した。
突然左右から兵が現れ、後ろにいた馬が進路を変えた。1人が鞍から落ち、別の1人は南側へ逃げようとしたが、柳の近くにいた兵に道を塞がれた。
頭領だけは黒い馬を止めず、そのままレオンへ向かってきた。
剣が振り下ろされる。
レオンは相手の刃を受け流しながら馬を右へ動かした。
「小僧!」
頭領はすぐに馬を返し、再び斬りかかってくる。
力だけなら明らかに相手が上だった。正面から何度も打ち合えば押し負ける。
レオンは【騎乗戦闘Ⅰ】で間合いを取り、頭領が馬を加速させたところへ逆に踏み込んだ。
剣同士がぶつかり、レオンは相手の刃を外へ流した。
勢いを利用された頭領の上体がわずかに崩れる。
レオンはその隙に剣の柄で男の手首を強く打った。
「ぐっ!」
頭領の剣が地面へ落ちた。
それでも男は諦めず、馬上からレオンへ身体ごと飛びつこうとした。
レオンは馬を横へ動かした。
つかむ相手を失った頭領は鞍から落ち、地面へ転がった。
「押さえろ!」
近くにいた2人の兵がすぐに飛びつき、男の腕を後ろへ回した。
「離せ!」
「動くな!」
縄を掛けられても頭領は暴れたが、大人2人に押さえられては立ち上がれない。
残る3人も間もなく捕らえられた。
それからしばらくして、東側の街道から馬の一団が姿を現した。
隊長とゲオルグたちだった。
ゲオルグは渡り場へ着くと、縛られた頭領より先に息子を見た。
「怪我は?」
「ないよ」
「戦ったのか?」
「向こうが突っ込んできた」
「無理なら戦わないと言っただろ」
「俺は追ってないよ。約束は守った」
「そういう問題ではないんだがな」
ゲオルグは言い返そうとしたが、息子の身体に傷がないことを確かめると、それ以上は何も言わなかった。
隊長は捕らえられた頭領を見た。
「足止めを頼んだつもりだったんだがな」
「俺だけで捕まえたわけじゃありません。4人が動いてくれたからです」
先回りした兵の1人が報告した。
「レオンの指示は分かりやすかったですよ。伏せる場所も悪くなかった」
隊長はレオンを見た。
「初めて人を預けられた割には上出来だ」
「ありがとうございます」
「だが、これで一人前になったと思うなよ」
「父さんにも似たようなことを言われます」
「2人から同じことを言われるなら、覚えておけ」
ゲオルグが横から言った。
「俺もそう思う」
「父さんまで重ねて言わなくていいだろ」
頭領と残った3人は、その日のうちに城へ連行された。
数日後、レオンとゲオルグはハルベル伯爵の前へ呼ばれた。
「今回はよく働いた」
伯爵は隊長から受け取った報告書を卓上へ置いた。
「白岩坂で襲撃地点を当て、麦を守った。次の護衛では夜明け前の襲撃と敵の来る方角を当て、最後には頭領の逃げ道まで見つけた。そのうえ4人の兵を率いて先回りし、頭領を捕らえている」
「俺1人の手柄じゃありません」
「もちろんだ。兵がいなければ何もできなかっただろう」
「はい」
「だが、敵の動きが分からなければ、兵がいても先回りはできん」
伯爵は革袋をレオンの前へ置いた。
「報酬として銀貨50枚を与える」
「50枚ですか?」
隣にいたゲオルグが先に口を開いた。
「俺の給金と比べるなよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「今、計算した顔をした」
ハルベル伯爵が笑った。
「ゲオルグの給金なら6か月分を超えるな」
「伯爵様まで言わないでください」
レオンも笑いながら革袋を受け取った。
ハルベル伯爵はさらに続けた。
「それと今後、お前が伯爵家の任務へ出る時には、城の馬と武具を使わせる」
レオンは銀貨よりそちらに驚いた。
「俺が使っていいんですか?」
「任務中だけだ。自分の馬が欲しければ、自分で買え」
「それはそうですね」
「これまでは占いのできるゲオルグの息子として見ていた。だが、もうそれだけではない。剣も槍も使え、馬にも乗れる。兵を4人預けても仕事を果たした。まだ16歳だが、士族として実戦で働けることは分かった」
ゲオルグは隣に立つ息子を見た。
「何?」
「少しは士族らしくなったと思っただけだ」
「まだ少しかよ」
「ここで一人前だと言えば調子に乗るだろう」
「そのつもりはないよ」
ハルベル伯爵が2人を見た。
「続きは家でやれ」
「申し訳ありません」
ゲオルグが頭を下げ、レオンもそれに続いた。
家へ帰ると、エルザは銀貨50枚より、息子がまた実戦へ出ていたことを気にした。
「本当に怪我はないの?」
「ないよ」
「お父さんも?」
「俺も無事だ」
ゲオルグが答えた。
リナは革袋をのぞき込み、銀貨の数を聞いてから兄へ尋ねた。
「50枚あったら、お肉は何回買えるの?」
「またそれか」
「だって、その方が分かりやすいもん」
「全部肉にしたら食べ切れないぞ」
「毎日食べればいいじゃない」
「そのうち飽きるぞ」
「私は飽きないよ」
レオンは妹の答えに笑った。
異世界へ来たころは、リナへ肉を食べさせる金をどう稼ぐかを考えていた。それが半年ほどで、伯爵家の兵とともに実戦へ出て、1度の任務で銀貨50枚を受け取るまでになった。
この1か月で得た【反射Ⅰ】【騎乗戦闘Ⅰ】【胆力Ⅰ】は、どれも実戦に直結する能力であり、実際にレオン自身の命を守っている。
白岩坂では初めて人を斬り、次の護衛では最初から戦力として戦った。最後には自分より年上の兵を4人任され、自分で配置を決めて頭領を捕らえた。
前世の記憶が消えたわけではない。48年間を女性として生きたことも、離婚したことも、占い師として働いたことも、すべて覚えている。
それでも、今の身体を借り物だと思うことはなくなっていた。この半年で金を稼いで家族の暮らしを良くし、父を守るために剣を使い、伯爵家の兵と肩を並べて戦った。それらはすべて、レオン・ローデンとして自分が経験したことである。
翌朝もゲオルグとの稽古が待っている。実戦を経験したからこそ、まだ足りないところがあることも分かった。次に剣を握る時には、昨日までより少しでも強くなっていたかった。




