第7話(中編)――「夜明けの襲撃」
9月半ば、白岩坂で捕らえた男たちから話を聞いたことで、伯爵家は武装集団の規模を把握した。
頭領の下には40人近い男がおり、周辺の領地を移動しながら、収穫期の村や荷車を狙っていたらしい。白岩坂で捕らえられた者や負傷した者を除いても、まだ20人ほどが残っている。
隊長は兵の詰所へレオン、ゲオルグ、数人の兵を集めた。
「東の2つの村から運ぶ麦がまだ残っている。荷車は8台だ」
レオンは地図を見た。
「また狙ってきますか?」
「可能性は高い。仲間を失った以上、普通なら逃げるところだが、収穫期を逃せば大量の食料を奪う機会も減る」
「俺なら逃げますけどね」
「銀貨30枚を手にして、ほとんど家へ入れるお前と一緒にするな。連中は人から奪わなければ食っていけん」
レオンは横にいる父を見た。
「父さん、また話したの?」
「別に恥ずかしいことではないだろう」
「そうだけど、どうして隊長まで知ってるんだよ」
隊長は笑ったあと、地図へ手を戻した。
「東の村から城までは荷車で1日では着かない。途中の休憩地で1晩泊まる。狙うなら、そこだろう」
「夜か夜明け前ですね」
「俺もそう思う。見えるか?」
「やってみます」
休憩地の北側には林があり、南側には浅い川が流れている。東西には街道が伸びていた。
レオンは、そこへ8台の荷車と兵が泊まっているところを意識した。
やがて、夜が明ける少し前の薄暗い景色が浮かんだ。
荷車の周囲では何人かの兵が休んでいる。その南側にある川原を、武装した男たちが足音を立てないよう進んでいた。
北の林にも数人いる。
しかし人数が違う。南から来る者の方が明らかに多かった。
「夜明け前です。南から大半が来ます」
「北からは?」
「北の林にも4人か5人います。でも南は15人くらいです。北へ兵を向かわせて、その間に南から入り込むつもりだと思います」
「頭領は?」
レオンはさらに意識を向けた。
川原を進む集団の中に、大柄な男がいた。黒い馬に乗っている。
「南です。頭領らしい男もそっちにいます。黒い馬に乗ってる」
隊長はすぐに配置を決めた。
8台の荷車は予定通り休憩地へ入れ、外から見た限りでは普通に野営しているように見せる。北側にも兵を置くが、主力は南側の川原と荷車の陰へ隠す。
「今度はレオンにも最初から戦ってもらう」
ゲオルグが隊長を見た。
「昨日が初陣だったばかりですが」
「分かっている。だが昨日の動きなら、後ろへ置いて守るより、自分で動ける位置にいた方がいい」
隊長はレオンへ尋ねた。
「馬に乗ったまま戦ったことは?」
「ありません。馬には乗れますけど、騎乗して武器を使ったことはないです」
「なら俺の近くにいろ。槍を持て。無理だと思ったら馬から降りろ」
「分かりました」
翌日、8台の荷車と護衛の兵たちは東の村を出た。
夕方までに予定の休憩地へ到着し、荷車を守りやすい位置へ並べた。外から見れば普通の野営だが、日が落ちると弓兵が南の川原へ移り、北の林にも兵が入った。
レオンはゲオルグとともに荷車の近くで待機した。
「昨日のこと、まだ頭に残ってるか?」
「残ってるよ」
「眠れたか?」
「何度か目が覚めた」
「最初はそんなものだ」
「父さんも?」
「俺も初めて人を斬った夜は、ほとんど眠れなかった」
レオンは父の顔を見た。
「何歳だったの?」
「19だ」
「俺より3つ上か」
「だから、お前に平気な顔をしろとは言わん。怖くても、必要な時に動ければいい」
「それが難しいんだけどね」
「だから稽古するんだ」
「まあ、そうだな」
夜が深くなると、兵たちは交代で休んだ。レオンも毛布へ横になったものの、夜明け前に襲撃が来ると分かっているため、深く眠ることはできなかった。
空がわずかに白み始めたころ、南の川原から小石を踏む音が聞こえた。
近くにいた隊長が剣を抜いた。
「来たぞ。予定通り動け」
北側の林で見張りの兵が声を上げた。
「敵だ!」
何人かの兵が北へ向かう。
外から見れば、伯爵家の兵が北側の襲撃へ釣られたように見えたはずである。
その直後、南の川原から武装した男たちが一斉に駆け上がってきた。
占いで見た通りだった。
レオンの視界へ文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【騎乗戦闘Ⅰ】を獲得しました》
馬上で武器を扱う時の感覚が変わった。馬の速度と槍の間合いを別々に考える必要がなくなり、どこで脚へ力を入れ、どこで手綱を引けばよいのかも自然に判断できる。
隊長が鞍へ上がった。
「レオン、来い!」
「はい!」
レオンも馬へ乗り、槍を構えた。
南から来た男たちは、川原へ隠れていた弓兵と荷車の陰から現れた兵を見て動揺した。
「罠だ!」
誰かが叫んだ。
黒い馬に乗った頭領が声を張った。
「西へ抜けろ!」
数人が西側へ走り出したため、隊長が馬を進めた。レオンもその後へ続く。
前方から剣を持った男が1人、レオンの馬へ向かってきた。
狙っているのは馬の脚だった。
レオンは進路をわずかに変え、剣が届く前に槍を突き出した。穂先が男の肩へ入り、男はその場へ倒れた。
さらに別の男が近づいてきた。
今度は槍の柄で剣を持つ腕を打った。男が剣を落としたところへ後続の兵が入り、そのまま取り押さえる。
前日の白岩坂では、父を守ろうとして相手の胸を刺した。今日は最初から戦いへ加わっているが、殺さずに倒せる相手には急所を外す余裕があった。
「レオン!」
ゲオルグの声が聞こえた。
振り返ると、父は徒歩の兵とともに北側から回ってきていた。
「大丈夫だ!」
レオンはすぐに返した。
人を殺すことへ慣れたわけではない。それでも昨日のように身体が固まることはなく、戦いの中で自分が何をすればよいのかが少しずつ分かり始めていた。
頭領は不利を悟り、数人の仲間を連れて西へ馬を走らせた。
「頭領が逃げる!」
隊長も追いかけようとしたが、荷車の周囲ではまだ抵抗している者がいる。
「追うな! 荷車を守れ!」
隊長が馬を止めた。
レオンも従った。
残った男たちは間もなく武器を捨て、北側にいた者も捕らえられた。合わせて13人を捕らえたものの、頭領と数人には逃げられた。
戦いが終わったあと、隊長はレオンが持つ槍を見た。
「馬の上で槍を使うのは初めてだったな?」
「そうです」
「初めてには見えなかったぞ」
少し離れたところにいたゲオルグが答えた。
「こいつの『初めて』は、もう気にしない方がいいですよ」
「父さん、その言い方はやめてくれよ」
「俺は何度驚かされたと思ってるんだ」
隊長が笑った。
「まあ、役に立つなら構わん」
レオンは馬から降りた。
前日は父を守るために1人を斬り、今日は最初から戦力として槍を振るった。それでも、実戦の怖さがなくなったわけではない。
ただ、士族として戦うことは、もう自分と無縁の仕事ではなかった。
隊長は逃げた頭領が向かった西の街道を見た。
「ここまで来たら逃がさん。次で捕まえるぞ」




