第6話(後編)――「逃げる頭領」
8月下旬、伯爵家は北街道を荒らしていた盗賊をまとめて捕らえる準備を進めていた。
先に捕らえた6人から話を聞き、兵が周辺を調べた結果、盗賊たちは北の丘陵地帯にある古い石切り場を根城にしている可能性が高いことが分かった。
ただし、石切り場の周囲には使われなくなった作業道や獣道がいくつもある。兵を正面から入れただけでは、頭領や仲間に逃げられる恐れがあった。
レオンは再び城へ呼ばれた。
兵の詰所へ入ると、隊長が周辺の地図を広げて待っていた。
「根城の場所はほぼ分かった。今度は別のことを見てほしい」
隊長は石切り場の南側を指した。
「兵が踏み込んだ時、頭領がどこから逃げるのか占えるか?」
「頭領の特徴は分かりますか?」
「捕まえた連中の話では、40歳くらいの大柄な男だ。右の頬に傷があり、首へ赤い布を巻いているらしい」
「分かりました。見てみます」
レオンは頭領の特徴と石切り場を意識した。
【地形把握Ⅰ】があるため、地図から土地の形を考えることはできる。ただし今回は地形を読むだけではなく、兵が踏み込んだ時に頭領がどこへ動くのかまで見る必要があった。
やがて、頭の中に石切り場へ入っていく伯爵家の兵が浮かんだ。
盗賊たちは慌てて散り、何人かは北へ逃げようとして捕まっている。その中で、赤い布を首に巻いた大柄な男だけが南へ走った。
男は石切り場の裏手から乾いた沢へ下り、そのまま西へ続く細い道へ入っていく。
「頭領は南へ逃げます」
隊長は地図へ目を落とした。
「南側のどこを通る?」
「石切り場の裏に乾いた沢があると思います。そこへ下りてから、西へ向かう細い道へ入ります」
隊長が眉を寄せた。
「この地図には沢など載っていないぞ」
「でも、俺にははっきり見えました」
隊長は近くにいた兵へ命じた。
「この辺りを知っている猟師を呼んでくれ。南側に沢があるか確かめたい」
呼ばれた猟師は地図を見て、すぐにうなずいた。
「ありますよ。雨の多い時だけ水が流れる沢です。今の季節なら乾いていますし、西の林へ抜ける細い道もあります」
隊長は配置を決めた。
「なら、そこへ6人回す。正面から入る部隊とは別に伏せさせよう」
ゲオルグも今回の討伐に加わることになっていた。
「レオンは城へ残せませんか?」
「今回は連れていかん」
隊長は迷わず答えた。
「根城も逃げ道も分かった。ここから先は兵の仕事だ」
レオンも異論はなかった。
「俺も城で待ってるよ」
ゲオルグが少し意外そうな顔をした。
「珍しく素直だな」
「この前、盗賊に短剣を向けられたばかりだからね。わざわざもう1回行きたいとは思わないよ」
「そのくらいでいい」
翌朝、伯爵家の兵が石切り場へ向かった。
レオンは城で結果を待った。昼を過ぎても兵たちは戻らず、夕方近くになってようやく門の方が騒がしくなった。
討伐に出た兵たちが、捕らえた盗賊を連れて帰ってきたのである。
泥で汚れた服のまま詰所へ来た隊長は、レオンを見つけるとすぐに結果を伝えた。
「お前の占い通りだった」
「頭領は南へ逃げましたか?」
「ああ。赤い布を巻いた大男が、例の沢から出てきた。待たせていた兵がその場で捕らえたよ」
頭領を含む盗賊の大半が捕まり、石切り場からは奪われた荷物も見つかった。持ち主が分かる品については、順次返されるという。
隊長から報告を聞いたところで、レオンの視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【指揮Ⅰ】を獲得しました》
剣術や格闘術を得た時のように、身体へ直接変化が起きた感覚はなかった。
ところが詰所へ戻ってくる兵たちを見ていると、誰をどこへ立たせれば周囲を見渡しやすいか、捕虜と回収した荷物をどのように分けて運べば手間が少ないかが、以前より分かりやすくなっていた。
もちろん、今のレオンに隊長を差し置いて兵へ命令する権限はない。自分の中にそうした判断ができる感覚が生まれたことだけ確かめ、口は出さなかった。
翌日、レオンとゲオルグは伯爵家の館へ呼ばれた。
今回は管理役でも隊長でもなく、ハルベル伯爵本人が2人を待っていた。
レオンは【礼法Ⅰ】で身に付いた作法に従って礼をした。
「レオン・ローデン、参りました」
「楽にしてよい」
ハルベル伯爵は卓上に置いていた革袋へ手を伸ばした。
「今回の盗賊討伐では、お前の占いが大いに役立った。最初の待ち伏せで6人を捕らえ、さらに頭領の逃走路まで当てた。北街道が安全になれば、商人も農民も安心して通れるようになる」
伯爵は革袋をレオンへ差し出した。
「報酬として銀貨30枚を与える」
受け取った革袋には、これまでの報酬とは比べものにならない重さがあった。
「銀貨30枚もですか?」
「少なかったか?」
「逆です。父さんの給金なら何か月分になるのか考えてしまいました」
横にいたゲオルグが顔をしかめた。
「伯爵様の前でそれを言うな」
ハルベル伯爵が笑った。
「ゲオルグの給金なら3か月を超えるな」
「伯爵様まで計算なさらないでください」
「息子に稼ぎで抜かれるのがそんなに嫌か?」
「嫌ではありませんが、父親にも立場というものがあります」
レオンは2人のやり取りを聞きながら、革袋を受け取った。
ハルベル伯爵は続けた。
「今後も必要があれば、お前を城へ呼ぶ。占いだけでなく、剣や弓も身に付けていると聞いている。士族の倅として、そちらの稽古も怠るな」
「はい」
「ゲオルグ、お前もきちんと鍛えてやれ」
「承知しております」
館を出たあと、父と息子は並んで丘を下った。
「銀貨30枚か」
ゲオルグが息子の持つ袋を見た。
「母さんに渡すよ」
「少しくらい自分で持っておけ」
「またそう言うと思った」
「これから剣帯や靴を買い替えることもある。いつまでも稼いだ金を全部母さんに渡していればいいわけじゃない」
「それなら5枚だけ残しておくよ」
「それくらいでいい」
家へ帰ってエルザへ銀貨の袋を渡すと、母は中身を数えた。
「本当に30枚あるわね」
「5枚は俺が持つことにしたから、家には25枚ね」
エルザはしばらく家計のことを考え、使い道を決めた。
「20枚は借金の返済に回しましょう。残りの5枚は冬に備えて取っておくわ」
「それでいいよ」
横から袋をのぞいていたリナが口を挟んだ。
「お肉は?」
「お前は銀貨30枚を見ても肉なのか」
「だって兄さん、最初にお肉を食べさせるって言ったじゃない」
「分かったよ。明日は肉も買おう」
「やった!」
数か月前には、肉を買うにもゲオルグの給金日を待たなければならなかった。それが今では銀貨20枚を借金の返済へ回し、レオンが自分用に5枚を残しても、家には冬へ備える金が残る。
食事を少し良くするところから始まったレオンの稼ぎは、ようやくローデン家の借金そのものを減らせる金額になっていた。
レオン自身にも変化がある。この1か月だけで【異性魅了Ⅰ】【格闘術Ⅰ】【指揮Ⅰ】を得て、占いだけではなく戦いや兵を動かすための力まで増えた。
市場で人の相談を聞いていた少年が、今では伯爵家の盗賊討伐にも関わっている。
そして8月が終わるころには、16歳のレオン・ローデンとして生きている自分を、いちいち高瀬真理子だったころと比べることも少なくなっていた。




