第5話(中編)――「公爵の試し」
7月半ば、グランツ公爵一行はハルベル伯爵領の軍備や道路、農地を順番に視察していた。
レオンは公爵が到着してから数日間、城へ呼ばれることもなく、市場で占いをしたり家で武器の稽古をしたりして過ごしていた。
公爵夫妻を見た時に覚えた違和感についても考えてみたが、答えは出なかった。
自分自身が別人の身体で異世界にいるのだから、前世で知っていた誰かに似た仕草をする人間がいても、それだけなら偶然で済ませることもできる。
昼過ぎ、伯爵家から使いが来た。
「レオン・ローデン殿。グランツ公爵閣下がお呼びです」
「俺に直接ですか?」
「占いについてお聞きになりたいそうです」
話を聞いたエルザは、息子より先に服装を確認した。
「着替えた方がいいわね」
「今日は市場へ行っただけだから、そんなに汚れてないよ」
「公爵様の前へ出るのでしょう?」
「そうだけど」
「それなら着替えなさい」
レオンは反論しても無駄だと分かり、母の言う通りにした。
城へ着くと、これまで使っていた管理棟ではなく、館の一室へ案内された。
室内にはハルベル伯爵とアルベルト公爵が座り、後ろには数人の家臣が控えている。
レオンは【礼法Ⅰ】で身に付いた作法に従い、立ち位置を確かめて礼をした。
「レオン・ローデンです。お呼びと伺いました」
アルベルトは少年を見たあと、ハルベル伯爵へ顔を向けた。
「この少年が例の占い師か」
「ゲオルグ・ローデンの長男でございます。まだ16歳ですが、これまで何度も伯爵家の役に立っております」
「16歳か」
アルベルトは改めてレオンを見た。
「天気だけではなく、馬を選び、相場の動きまで当てると聞いた。どんなことでも分かるのか?」
「分からないことの方が多いと思います。占っても何も見えない時がありますから」
「何も見えなければ、どうする?」
「分からないと答えます」
アルベルトの口元が緩んだ。
「ずいぶん正直な占い師だな」
「分からないのに答えて外したら、次から仕事をもらえなくなります」
「なるほど。商売としても、その方が長続きするわけか」
「俺もそう思っています」
答えたあとで、さすがに少し砕けすぎたかとレオンは思った。
しかしアルベルトは不快そうな顔をせず、面白そうに笑った。
その笑い方を見た時、レオンはまた同じ感覚を覚えた。
相手の返事を聞いたあと、わずかに鼻から息を抜くように笑う。その癖を、前世で何度も見たことがある気がする。
アルベルトは卓上の書類を指した。
「明日は伯爵家の兵を視察する。弓兵、槍兵、騎兵の訓練を見る予定だ」
「はい」
「そこでお前の占いを試したい。明日の訓練で、大きな事故が起きないか見てもらえるか?」
ハルベル伯爵も続けた。
「訓練とはいえ、兵に余計な怪我をさせる必要はない。何も見えないのであれば、そのまま答えてくれてよい」
「分かりました」
レオンは翌日の練兵場を意識した。
兵が隊列を組み、掛け声に合わせて槍を構える姿が見える。騎兵も馬を走らせ、弓兵は的へ向けて矢を射ていた。
しばらく見ていると、槍兵が武器を置く場所だけがはっきりしてきた。
何十本もの槍を立てる木製の棚が傾き、やがて崩れる。槍が一斉に倒れ、近くにいた兵の肩や頭へ落ちていた。
原因を探ると、棚の右側を固定している部分が浮かんだ。
「槍兵が使う武器置き場を調べてください」
アルベルトが確認した。
「槍そのものではないのだな?」
「はい。槍を立てている棚の右側です。そこが外れて、槍が兵の方へ倒れます」
ハルベル伯爵はすぐ家臣に確認を命じた。
しばらくすると、練兵場へ向かった兵が戻ってきた。
「槍棚の右側を留めている木栓に割れがありました。表からは分かりませんが、槍を多く立てれば抜ける可能性があります」
アルベルトは椅子に座ったままレオンを見た。
「本当に見えるのだな」
「俺にも、なぜ見えるのかは分かりません」
「その力を使って市場でも金を稼いでいると聞いた」
「頼まれたことを占って、当たった時に礼をもらうくらいです」
「外すこともあるのか?」
「何も見えない時は仕事を受けません。今のところ、はっきり見えたものは当たっています」
アルベルトはまた、あの笑い方をした。
「それなら確かに外しにくいな」
「無理に当てたふりをするよりは、その方がいいですから」
ハルベル伯爵も笑った。
その直後、レオンの視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【槍術Ⅰ】を獲得しました》
槍の扱い方が、知識ではなく感覚として分かった。
槍先が届く距離、柄を持つ位置、踏み込む時の足の運び方まで分かった。実際に槍を持った経験はほとんどないが、今なら基本的な動きはできそうだった。
レオンが一瞬黙ったため、アルベルトが尋ねた。
「まだ何か見えたのか?」
「いえ。占いとは別のことです」
レオンはそれ以上説明しなかった。
アルベルトも追及しなかったが、そこで部屋の扉が開いた。
入ってきたのはセシリア公爵夫人だった。
「こちらにいらしたのですね」
「明日の兵の訓練について話していた」
アルベルトが答えると、セシリアはレオンへ目を向けた。
「その方が、伯爵様から聞いていた占い師なの?」
「そうだ。今も事故を1つ防いだ」
セシリアはレオンの前まで来た。
「ずいぶんお若いのね」
「16歳です」
「16歳……」
夫人はレオンの顔を少し長く見た。
「お名前を伺っても?」
「レオン・ローデンです」
「レオン……」
セシリアは名前を繰り返したあと、笑った。
その瞬間、レオンの前世の記憶に1人の若い女が浮かんだ。
10年前、自分の夫と関係を持っていた女である。
当時25歳だったその女は、写真の中で少し首を傾けて笑っていた。
目の前のセシリアとは顔も髪の色も違う。それでも、笑う時の仕草がよく似ている。
「どうかなさいました?」
セシリアに尋ねられ、レオンは我に返った。
「いえ。公爵夫人とお話しするのは初めてなので、少し緊張しただけです」
自分でも驚くほど自然に答えられた。【礼法Ⅰ】がなければ、表情や態度にもっと出ていたかもしれない。
「そう。あまり緊張しなくても大丈夫よ」
「ありがとうございます」
レオンは礼をした。
セシリアを前世の女と同一人物だと決めつける材料はない。
しかしアルベルトだけでなく、その妻にも前世の記憶を刺激する癖がある。
2人続けば、偶然だと言い切るには少し気になった。




