第4話(中編)――「伯爵家の干し草」
6月半ば、雨の日を言い当てた話は農民の間から伯爵家まで伝わった。
ある日の昼前、ゲオルグが城へ出勤したあと、伯爵家の使いがローデン家を訪れた。
「レオン・ローデン殿で間違いありませんか」
「俺がレオンです」
「伯爵家で農地と飼料を管理している者が、あなたに相談したいことがあるそうです。本日の午後、城へお越しいただけますか」
これまで占いを頼んできたのは、市場の商人や農民が中心だった。父の勤め先から正式に呼ばれたのは初めてである。
「分かりました。午後に伺います」
使いの者を見送ると、エルザは息子の服装を上から下まで見た。
「その格好では行かせられないわね」
「そんなに汚れているか?」
「市場へ行く服で伯爵様のお城へ入るつもりなの?」
「伯爵様に会うわけじゃないだろ」
「それでも城へ行くのよ。着替えなさい」
結局、レオンは手持ちの中で最も傷みの少ない上着へ着替えた。新しい服ではないが、エルザが袖口まで確かめ、泥の付いていた靴も磨いてくれた。
ハルベル伯爵家の城は町の西にある丘の上に建っている。厚い石壁が周囲を囲み、門には武装した兵が立っていた。
レオンの記憶にも城へ入った経験は残っているが、自分の仕事で呼ばれたことはない。
案内されたのは伯爵の居館ではなく、倉庫や厩舎が集まる区画にある管理棟だった。
中では50歳ほどの男が待っていた。
「君がレオンか。ゲオルグの息子だな」
「はい」
「私は伯爵家の農地と飼料を預かっている。町の北で、3日後の雨を言い当てたそうだな」
「当たりました。ただ、天気を占ったのはあれが初めてです」
「それで構わん。こちらも最初から全面的に信じて、伯爵家の牧草を全部任せるつもりはない。役に立つかどうか試させてもらいたい」
管理役は卓に広げてあった地図をレオンへ向けた。
伯爵家は城の北と東に広い牧草地を持っている。騎兵や荷車に使う馬を冬の間も養うため、毎年かなりの量の干し草を蓄える必要があった。
「すでに刈り取りを始めている。知りたいのは、これから7日間の天気だ。まとまった雨が降る日があるなら、その前に干し草を納屋へ入れたい」
「7日先まで見えるかは分かりませんが、やってみます。何も見えなければ、そのまま分からないと答えます」
「それでいい。分からないことまで断言される方が困る」
レオンは地図で牧草地の場所を確かめ、そこから先の天気を占った。
前回より範囲も日数も広いせいか、なかなか像が浮かばない。
やがて、刈った草を積んだ荷車が何台も見えた。荷車が納屋へ向かう後ろから強い風が吹き、黒い雲が広がってくる。
激しい雨が牧草地を打つのは5日後だった。
ただし長雨にはならず、翌日には再び晴れている。
「5日後にかなり降ります。それまでは大きな雨はなさそうです」
「雨が来るのは朝からか?」
「昼前から夕方にかけてです。明日から刈るなら、4日目までに納屋へ入れられる量に絞った方がいいと思います」
管理役は地図を見ながら考え込んだ。
「全部を4日で刈って運ぶのは難しいな」
「それなら、最初から全部刈らなければいいでしょう。立ったままの草なら、雨のあとに乾いてから刈れますよね」
管理役がレオンを見た。
「その通りだ」
「納屋へ運び切れる分だけ先に刈る方が安全です」
「分かった。そのやり方で進めよう」
伯爵家では翌朝から人手を増やした。ただし牧草地のすべてへ鎌を入れるのではなく、4日間で確実に乾燥と収納を終えられる範囲だけを刈っていった。
◇ ◇ ◇
5日目の朝には風向きが変わった。
昼前になると西から黒い雲が流れ込み、ほどなく強い雨が降り始めた。
刈らずに残した牧草は雨に打たれたが、すでに乾かして納屋へ入れた干し草に被害はなかった。
翌日、レオンは再び管理棟へ呼ばれた。
「助かったよ。全部を刈っていたら、相当な量を駄目にするところだった」
「そんなに大きな損になるんですか?」
「冬に足りなくなれば、ほかの領地から飼料を買うことになる。何十頭もの馬を春まで食わせる量だ。銀貨数百枚では済まんこともある」
管理役はそう説明し、卓の上へ銀貨5枚を置いた。
「今回はこれを受け取ってくれ」
レオンは銀貨を見た。
「5枚もですか」
「安いと思ったか?」
「逆です。俺がもらってきた報酬では一番大きいので、少し驚きました」
管理役が笑った。
「馬商人にも似たようなことを言ったそうだな」
「もうそこまで話が回っているんですか」
「この町は広くない。まして伯爵家の士族の倅が占いで銀貨を稼ぎ始めれば、嫌でも耳に入る」
レオンが銀貨を受け取ると、視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【弓術Ⅰ】を獲得しました》
レオンは思わず、管理棟の壁に掛けてある弓へ目を向けた。
「弓が気になるのか?」
「いえ。少し目に入っただけです」
城を出て家へ向かいながら、レオンは指先を動かしてみた。
弓を使った経験はほとんどない。それなのに、矢をどうつがえ、左腕をどのように伸ばし、弦をどこまで引けばよいのかが感覚として分かる。
帰宅すると、ゲオルグはすでに仕事から戻っていた。
「伯爵家から銀貨5枚も受け取ったそうだな」
「干し草を守れた礼だって」
「俺が何日働けば5枚になると思っている」
「父さん、その話は馬商人から銀貨2枚をもらった時にもしていたぞ」
ゲオルグが口を閉じ、そばにいたエルザが笑った。
夕食を終えたあと、レオンは父に尋ねた。
「父さん、うちに弓は残っているか?」
「古い物ならある。急にどうした」
「使ったことがほとんどないから、少し試してみたいんだ」
ゲオルグは物置から古い弓と練習用の矢を数本持ってきた。庭の端へ藁束を置き、息子に弓を渡す。
「最初から強く引こうとするな。弦の掛け方と矢のつがえ方から教える」
ところが、レオンは弓を手にした時点で扱い方を理解していた。
矢をつがえ、左腕を伸ばして弦を引く。藁束の中央へ狙いを定め、指を離した。
矢はほぼまっすぐ飛び、藁束の中央に近い場所へ刺さった。
ゲオルグが矢を見てから、息子へ顔を向けた。
「レオン」
「何だよ」
「初めて使うと言ったな」
「ほとんど初めてだよ」
「短剣の時も、剣の時も同じことを聞いた覚えがある」
レオンは苦笑した。
「俺に聞かれても、急に分かるようになるんだから仕方ないだろ」
「本当に困った息子だな」
ゲオルグは弓を受け取り、刺さった矢の位置を確かめた。
「もう一度やってみろ。今度は少し距離を取る」
「分かった」
レオンは矢を拾うため、藁束へ向かった。
占いの相手が農民や市場の商人から伯爵家へ変われば、動く金も大きくなる。それに伴うように、得られる能力にも剣や乗馬と組み合わせて使えるものが増えていた。
市場で銅貨数枚を稼ぐところから始めたレオンは、伯爵家の仕事でも結果を求められるようになっていた。




