第4話(前編)――「雨は3日後」
6月上旬、ハルベル伯爵領では晴天が続いていた。春の雨を吸って伸びた牧草は刈り取りの時期を迎え、町の外では農民たちが鎌を振るっている。
刈った牧草は数日間、日に当てて乾かし、冬に備える干し草にする。十分に乾く前に雨へ当てれば作業が遅れ、何度も濡らせば腐ることもある。この時期の農民にとって、数日先の天気は収穫量そのものに関わる問題だった。
レオンは午前中の剣の稽古を終え、市場へ向かっていた。
馬を買う時期や小麦を積んだ荷車の到着を当てた話が広まり、最近では町を歩いているだけでも占いを頼まれるようになった。失せ物探しから始めた仕事だが、相談の内容は商売や農作業へ広がっている。
市場へ入る少し手前で、荷車から縄を降ろしていた農夫がレオンを呼び止めた。
「レオン、お前の占いで天気まで分かるのか?」
「天気を占ったことはないな。何日先まで知りたいんだ?」
「明日から牧草を刈るつもりなんだが、この晴れが続くか見てほしい」
農夫は町の北に牧草地を持っていた。家族と雇い人を集めれば2日ほどで刈り終えられるが、その直後に雨が降れば、刈った草を乾かせなくなるという。
「空を見る限り、しばらく晴れそうなんだ。だが隣村じゃ、近いうちに雨が来ると言っている奴もいる。3日晴れれば何とかなるし、4日あれば十分なんだがな」
レオンも空を見上げた。白い雲がわずかに浮かんでいるだけで、風も穏やかである。雨の気配など感じられない。
「やってみる。牧草地は町の北なんだな?」
「ああ。北門を出て半刻ほど行ったところだ」
レオンは場所を確かめ、そこに広がる牧草地と数日先の天気を意識した。
初めは何も見えなかった。
それでも意識を向け続けていると、青々とした牧草が視界に広がった。やがて草の葉へ雨粒が落ち始める。雨脚は急に強まり、空を低く厚い雲が覆った。
その光景とともに、3という数字がはっきり残った。
「3日後に雨が来る」
農夫はレオンの顔を見たあと、青空を見上げた。
「今日から数えて3日後か?」
「今日は数えない。3日後の午後だと思う。それも、少し降って終わる雨じゃない」
「それなら明日と明後日は晴れるんだな」
「そこは大丈夫そうだ。ただ、俺なら一度に全部は刈らない。3日後の昼までに納屋へ入れられる量だけにする」
農夫は腕を組み、もう一度空を見た。
「これだけ晴れていると、雨が来ると言われても迷うな」
「俺だって天気を占うのは初めてだ。絶対に当たるとは言えない。ただ、3日後の雨はかなりはっきり見えた」
「外れたらどうする?」
「その時は占い代を取らない。それで勘弁してくれ」
農夫が笑った。
「最初から金を払う約束なんぞしていないぞ」
「それなら俺は何を賭けたんだよ」
「信用だろうな」
「それが一番高そうだな」
農夫は声を上げて笑い、結局、牧草を一度に全部刈る予定を取りやめた。
「今日は家族だけで始める。明日も晴れていたら、乾かせる分だけ増やすことにするよ」
「その方がいいと思う」
農夫が荷車で町の外へ向かうのを見送り、レオンも市場へ入った。
今回は金よりも、初めて占った天気が本当に当たるのか、その方が気になった。
◇ ◇ ◇
翌日は朝から晴れた。
翌々日も空にはほとんど雲がなく、市場では農民たちが今年は天気に恵まれていると話していた。
ここまで空模様が変わらないと、レオンも気になった。
これまでの占いは何度も当たっている。それでも、いつか外れる可能性がないとは思っていない。まして今回は初めて扱った天気である。
ところが3日後の昼前になると、西の空に雲が増え始めた。
午後に入るころには風も強まり、厚い雲が町の上へ流れ込んできた。大粒の雨が落ち始めてから1時間もしないうちに、道のくぼみには水がたまり、荷車も人通りもほとんどなくなった。
夕方、雨脚が弱まったころ、先日の農夫が濡れた外套のままローデン家へやって来た。
「レオン、本当に3日後だったな」
「牧草は無事だったか?」
「ああ。刈った分は昨日までに全部納屋へ入れた。残した分は立ったままだ。多少倒れても、晴れてから刈れば何とかなる」
農夫は腰の袋から銅貨10枚を取り出し、レオンへ差し出した。
「受け取ってくれ」
「外れたら金を取らないって話だっただろ」
「当たったんだから払う。あのまま全部刈っていたら、もっと大きな損をしていた」
そこまで言われれば断る理由はない。レオンが銅貨を受け取った瞬間、視界に文字が現れた。
《占術が的中しました》
《天命が1つ満たされました》
《身体適応が進みます》
《能力【持久力Ⅰ】を獲得しました》
身体の内側へ熱が広がった。ただし腕力を得た時のように、すぐ分かるほど力が増したわけではない。
違いを知ったのは翌朝だった。
家の裏でゲオルグと剣を打ち合わせていても、肩や脚に疲れがたまりにくい。いつもなら一度休みたくなるころになっても呼吸は乱れず、まだ身体を動かせそうだった。
何度目かの打ち合いを終えたところで、ゲオルグが木剣を下げた。
「今日はずいぶん元気だな。まだ続けるつもりか?」
「父さんの方が休みたいなら待つけど」
「馬鹿を言え。昨日までのお前なら、そろそろ肩で息をしていたころだ」
レオンは自分の呼吸を確かめた。
「確かに、今日はまだ余裕があるな」
「このところ急に力が付いたと思っていたが、今度は疲れにくくなったのか」
「16歳だからな。成長期なんだろ」
「お前は何でも成長期で済ませるつもりか」
呆れた顔をしながら、ゲオルグは再び木剣を構えた。
「そこまで元気なら、もう少し付き合ってもらうぞ」
「望むところだよ」
レオンも剣を構え直した。
占いで稼げる金は、銅貨から銀貨へ変わり始めている。それと同時に、占いが当たるたび、レオンの身体には士族として役立つ力が増えていた。
今回得た【持久力Ⅰ】は、長く身体を動かし続けるための力だった。剣の稽古を続けるにも、馬に乗るにも、いずれ戦場へ出ることになっても役に立つ。




