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第3話 奇妙な関係の始まり

翌日、黒川は教室の扉の前で一瞬だけ立ち止まった。

理由ははっきりしている。

白石の存在が、意識から離れないからだ。

昨日のやり取りは、結局何も解決していない。

むしろ、分からないことが増えただけだった。


(……気にしすぎか)


小さく息を吐いて、教室に入る。

いつも通りの朝の光景が広がっていた。

だが、その中に一つだけ、意識してしまう対象がある。

視線をさりげなく巡らせると、すぐに見つかった。

白石は、自分の席で静かに座っている。

黒川と目が合うと、わずかに肩を揺らした。


「……おはよう」


ほんの少しだけ間を置いて、白石が口を開く。


「お、おはよう」


黒川も返す。

それだけのやり取りなのに、どこかぎこちない。

互いに、それ以上言葉が続かない。

白石はすぐに視線をそらし、教科書に目を落とした。


(なんだこれ)


ただの挨拶なのに、妙に重たい。

昨日までなら、話すことすらなかった相手なのに。

今は、無視するほうが不自然に感じる。


(避けられてる……?)


いや、違う。

完全に避けているわけではない。

むしろ、さっきの挨拶のように、接触しようとはしている。

だが、その距離の取り方が妙だった。

近づこうとして、途中で止まるような感覚。


(……掴みどころがない)


授業が始まる。

黒川はノートを取りながらも、何度か視線を感じた。

振り向くと、白石が慌てて目をそらす。

その動きが、余計に意識を引きつける。


(絶対、何かあるよな)


聞きたいことはある。

なぜ別れの練習なんてことをしたのか。

なぜ自分だったのか。

だが、それを口に出すタイミングがつかめない。

昨日の様子を見る限り、強く踏み込めば固まる気がした。


(……タイミングが悪いだけか)


結局、その日はそれ以上の会話はなかった。




***




数日が過ぎる。

状況は、少しだけ変わった。

挨拶は、毎日交わすようになった。

短い言葉が、ぽつぽつと増えていく。


「おはよう」


「おはよう」


「今日、暑いね」


「う、うん……」


それ以上は続かない。

だが、完全な無言ではなくなった。

それだけでも、変化ではある。


(進んでる……のか?)


黒川は、自分でも整理しきれない感覚を抱えていた。

関係があるようで、ない。

距離が縮まっているようで、一定の線を越えない。

白石は、相変わらずぎこちない。

けれど、逃げてはいない。


(……やっぱり、不思議な人だ)


そう思う。

だが、目が離せない。

気づけば、白石の動きを追っている自分がいた。




***




放課後。

教室には、まばらに生徒が残っている。

黒川は帰り支度をしながら、ちらりと白石を見る。

白石は席で何かを書いていた。

便せんらしい紙に、ペンを走らせている。


(手紙……?)


一瞬、この前のことが頭をよぎる。

そのときだった。

白石が立ち上がり、まっすぐ黒川の方へ歩いてくる。

足取りは、明らかに緊張していた。


「あ、あの……」


声が小さい。


「黒川くん」


「うん?」


黒川が振り向く。

白石は、真っ赤になっていた。

手に持っていた封筒を、差し出す。


「これ……」


一瞬、ためらうように手が止まる。

それでも、ぐっと前に出した。


「よかったら、読んで」


それだけ言うと、白石は顔を伏せた。


「え……?」


黒川が受け取る前に、白石は一歩下がる。


「じゃ、じゃあ……」


そのまま、くるりと背を向ける。


「ちょ、ちょっと」


呼び止める間もなく、白石は教室を飛び出していった。

ぱたぱたと、足音だけが遠ざかる。


黒川は、その場に立ち尽くした。

手元には、折りたたまれた紙が残っている。

白石の体温が、かすかに残っている気がした。


(……また、手紙!?)


指先で、紙の端をなぞる。

この前の封筒と同じで、ただ『黒川くんへ』とだけ書いてある。

胸の奥に引っかかる感覚はよく似ていた。


黒川は、落ち着かない手つきでその封筒を開いた。

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