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第2話 名乗り出た少女

小柄な女子生徒が、こちらをじっと見ていた。

黒川は思わず息をのんだ。

彼女は、ゆっくりと歩み寄ってくる。

その視線は、まっすぐ黒川に向けられていた。

教室には、まだ帰り支度をしている生徒たちの気配が残っている。

だが、その中で黒川の意識は、目の前の彼女に引き寄せられていた。


「あ、あの……」


かすかに震える声だった。


「黒川くん、だよね」


「うん、そうだけど」


黒川は、慎重にうなずいた。

近くで見ると、やはり見覚えがない。

派手さはないが、整った顔立ちで、どこか緊張した様子が伝わってくる。

胸の奥で、違和感がわずかに揺れる。


「その……机の、手紙のことで」


黒川の思考が止まる。


「手紙?」


「うん……あの」


彼女は視線を落とし、指先をぎゅっと握った。

そして、意を決したように顔を上げる。


「書いたの、私です」


一瞬、意味が理解できなかった。


「……え?」


「別れの手紙」


黒川は、無意識に机の中へと視線を向けた。

あの白い封筒の存在が、現実を裏付ける。


「君が……?」


「はい」


短い返事だったが、はっきりしていた。

黒川は、彼女の胸元に目を向ける。

名札には「白石」と書かれている。


(白石……)


頭の中で知っている数少ない女性を思い出す。

だが、それらしい人物は思い浮かばない。


「ごめんなさい」


白石は、小さく頭を下げた。


「いきなり、あんなの入れて……」


「いや、それはいいんだけど」


黒川は、言葉を選ぶように続ける。


「付き合ってもいないのに別れようだなんて」


率直な疑問だった。

白石は少しだけ戸惑ったように視線を泳がせる。


「……れ、練習、です」


「練習?」


黒川は眉をひそめる。


「別れの……練習」


その言葉に、思わず言葉を失う。


「別れの、練習って」


「はい……」


白石は、ぎこちなくうなずいた。


「うまく、できなくて」


「いや、うまくできるとか、そういう問題なのかそれ」


思わずツッコミが出る。

白石は、びくりと肩を震わせた。


「あ、ごめん」


「い、いえ……」


短い沈黙が落ちる。

教室のざわめきが、遠くに聞こえた。

黒川は、頭の中で状況を整理しようとする。


(この子が手紙を書いた)


(理由は、別れの練習)


(つまり……付き合ってもいないのに?)


理解が追いつかない。


「なんで、僕に?」


黒川は、率直に尋ねた。

白石は一瞬だけ言葉に詰まる。


「それは……」


視線が揺れる。


「……たまたま、です」


「たまたま?」


「同じクラスで……名前、知ってたから」


どこか不自然な説明だった。

だが、それ以上追及するほどの材料もない。

黒川は、軽く息をついた。


(変な人だな)


そう思う。

けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。

むしろ、妙に納得してしまう自分がいる。


「とにかく、ごめんなさい」


白石は、もう一度頭を下げた。


「迷惑、かけました」


その声は、心から申し訳なさそうだった。

黒川は少しだけ考える。

怒る理由は、特にない。

驚きはしたが、それだけだ。


「……まあ、びっくりはしたけど」


黒川は肩の力を抜く。


「犯人は君だったのか」


わざと犯人という言葉を投げかける。


「……ほんとにごめんなさい」


白石が深々と頭を下げる。

肩が震えている。


黒川は、慌てて声をかけた。


「べ、別に気にしてないよ、差出人が分かってスッキリしたし……」


(嘘だ、スッキリなどしていない)


でも、それ以上問い詰めることはできなかった。

その言葉に、白石の表情がわずかに緩んだ。


「……よかった」


小さく息を吐く。

その仕草が、どこかぎこちなくて印象に残る。

再び、短い沈黙が訪れる。

何を話せばいいのか分からない空気だった。


「じゃあ、その……これで」


白石が、そっと一歩下がる。


「え?」


黒川の驚きをよそに、白石は静かに教室を出ていった。

その背中を、なんとなく目で追う。


(……それだけ?)


意味は分からない。

だが、ただのいたずらではない。

それだけは、はっきりしている。

黒川は、机の中の封筒を思い出す。

白い紙。

震えるような文字。

そして、さっきの白石の表情。

胸の奥に、小さな引っかかりが残る。


(……何だったんだ、一体)


答えは出ない。

それでも――

昨日までとは違う形で、白石という存在が意識に残り続けていた。

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